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YouTuberになって得たもの、失ったもの。「悪意」と「正しさ」に縛られる私のリアル

YouTubeをはじめたのは4年前。

こちらの動画が思いがけず再生回数が伸び、収益化。

YouTubeで収入を得るようになった。

ありがたいことである。

そこから3年。
もうすっかり動画を作ることが、生活の一部になった。

いや…
生活の大部分を占めているかもしれない。

そんな大きな存在になってしまったYouTube活動。

正直なところ、やめたいと思ったことは何度もある

今ここで、YouTuberになって得たものと失ったものを振り返ってみようと思う。


YouTube活動で得たもの

①収入が増えたことへの安心感

「初っ端からお金の話かい!」と思うかもしれないけれど、やっぱりこれが一番大きい。

正直な話、以前の「夫の収入+私のパート代」では、貯金はほぼできなかった。

特にコロナの時は、夫の収入が激減し、せっかく貯まってきていた貯金が年間100万円ずつ減っていった

ただ、YouTube収入だっていつ途絶えるか分からない。

その不安もあり、生活費は仕事での収入のみでまわし、YouTube収益には手をつけずにすべて貯金している。

生活水準自体は上がらないが、貯金ができているという安心感は心の余裕を産んでいる。

②リアルでは出会えない人からの共感

YouTubeでは、思わぬ出会いがあった。

リアルでは出会えない、自分と同じような考えを持っている人たちだ。

私は、深い話をするような友人がいない。

そのせいか、

  • こんな風に考えているのは自分だけだろうか?

  • こう感じている自分は少数派?

  • みんな楽しそうだ、悩みがなさそうだ

そんな風に思っていた。

しかしYouTubeで発信をはじめたら、
『共感できます』
『私も同じ』
『自分のことかと思った』

などというコメントをたくさん頂くようになった。

え?みんなどこにいたの?

自分だけだと思っていたが、YouTubeの中にはたくさん仲間がいる。

しかし、これとは逆にコメントを通して心がえぐられる思いをしたこともある。

それが、YouTubeをやめたくなったキッカケだった。

ここから先は、YouTubeの枠内ではどうしても語りきれなかった、私のもう少し生々しい本音の話。

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