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大阪府阪南市|【地方創生】東京疲れの人へ!元・黄金期の住人が語る「阪南市」の爆発的ポテンシャル

最近、関東に身を置いているのですが、離れてみて痛感するのが日本の「歪み」と、我が地元・大阪府阪南市の「もったいなさ」です。

私、阪南市が一番勢いのあった1990年代をド真ん中で生き抜き、その後のリアルな栄枯盛衰を見てきた人間です。今回は、関東、大阪市内の現状と地元の歴史を絡めながら、「阪南市を生かし切る道」をポップにサクッと書いてみます!

1. 都会の過密デスマッチ vs 友達の吸い込み現象

ここ10年の関東近郊は、まさに「狭いところに、高い家」のギチギチ状態。物価も家賃も高すぎる。国の政策で働く女性のサポートが手厚くなり女性の社会進出真っ只中です。
その反面、多くの女性が仕事と育児に追われ、「今日一日を生き延びるだけで必死!」というハードモードな人生を送っています。
まさに私もそうです。

これ、かつて私が幼少期に阪南市で過ごした「広い家、広い庭、趣味の時間に没頭するのがデフォルト」だった生活と真逆すぎて、個人的には本当にキツイなと感じます。
しかし、生活の基盤を関東に置いた以上、たとえば阪南市へ引っ越す…案は家族からは大反対されます。
家族がいるって難しいですね。まず「大阪弁が喋れない」というハードルが一つあるそうです。
子どもが巣立ってから検討ということ、将来の楽しみにもしています。

じゃあ大阪はどうかというと、地元の友達は就職や結婚を機に、大体みんな大阪市内へ引っ越していきます。
高校生の頃からあの「過酷な長距離電車通学」に揉まれ、すっかり疲れ果てているんですよね。
大人になったらタイパ重視で「会社の近くに住もう」と都市部に吸い込まれていくのは、当然の傾向かもしれません。

2. 関東にいるから見える、阪南市の「眠れる武器」

でも、都会の過密地帯にいるからこそ、阪南市の規格外の魅力が眩しいくらいに見えてきます。

最大の強みは、何と言っても「国際空港(関空)がすぐ近くにあること」
東京で言えば、羽田空港と成田空港を掛け合わせたような巨大な国際拠点が目と鼻の先にあるんです。

もし関空近くに先進的なオフィスやリモートワークサテライトがもっとあれば、ビジネスパーソン向けの最強の街になれるはず。
海も山もすぐ近くにあって、窓を開けるだけで心が洗われます。
神奈川の逗子葉山のようになってくれないかななんて思っています。
ただの「遠いベッドタウン」のままは、本当にもったいない!

また東京では空港の側に劇場を作るなど文化的な施設も空港の近くにあります。同様のことができれば、外から来る人が増えるのかななんて考えたりもします。

3. 阪南市の歩み:90年代の黄金期から現在へ

阪南市が歩んできた歴史を、超ざっくり振り返ります。

  • 1950〜70年代(高度経済成長期): のどかな地域から、大阪市内の過密化を受け一大「ベッドタウン」へ大改造。ニュータウンが次々と誕生!

  • 1980〜90年代(私が目撃した黄金期): 1991年に「阪南市」が誕生し、94年の関空開港で最高潮に。人口約6万人弱のピークを迎えます。

  • 2000年代〜現代(減少期): ニュータウンが一斉に高齢化し、若者は電車通学疲れで大阪市内へ流出。現在は人口減少という、日本の地方都市あるあるな課題に直面中です。

つまり、「昭和・平成初期のベッドタウンのシステム」のまま、
令和の「限界共働き社会」を迎えてしまった
ギャップが、今の寂しさに繋がっています。

ただ寝に帰る街から、心を満たし、世界と繋がるクリエイティブな街へ。
我が地元、阪南市。まだまだこんなところで立ち止まっているようなタマじゃありません! 離れた地にいるからこそ、私はこの街の未来を言葉の力で全力応援し続けたいと思っています。

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