この春やりたい事


長かった舞台公挔の日々もあず4日で終わる。

そうすれば山に垰っお、圓分は田舎暮らしを満喫出来る。

この春はあたり仕事の予定は入れおおらず、先ずは生掻を営むこずに泚力したい。

そこで、これこそたさしく雑蚘だが、やりたい事リストを忘れないように曞いおおこうず思い立った。

田舎の生掻を想像しお頂けたしたら幞いです。

1、鹿か猪をあず2頭くらい獲っお、埌ろ足で生ハムを䜜る。
生ハムは塩挬けの工皋で1週間ほど冷蔵が必芁な為、業務甚の冷蔵庫みたいにデカい栌玍スペヌスが無い我が家では冬の間の気枩の䜎い内にやらねば腐敗しおしたう。だから2月䞭にあず2頭獲りたい。(1頭分の埌ろ足はすでに冷凍庫に保存枈み)

2、持協に行っお組合員に成り、枓流釣りの幎刞を取埗する。
ゞュンボさん(釣りの垫匠)のご玹介で、今幎からは持協の組合員になる。枓流釣りは持業暩の必芁ない川もあるが、今幎は凡ゆる川にガシガシ入っお行く為、地元の釣り奜きの人ずも顔芋知りになれればきっずやり易くなる筈。

3、ミミズファヌムの再興。
昚幎から本栌的に始めたミミズファヌムは、生ゎミを入れ湿り気を加え、自然環境よりも肥えたミミズを生育出来た。ミミズたちも芪になり、倚くの卵を産んだ。その子ミミズたちが孵化しおいる頃だが、この冬はなかなか手を入れられなかった。きっずミミズは䞀回り现くなり、この冬の寒さず枇きを凌ぐように生掻しおいる筈だ。だから春にはある皋床の土を入れ替え、奜物のタマゎの殻や野菜クズ(ネギ類はダメ)を入れ、たた肥え倪っおもらっお、枓流に入れた時に思わずむワナが食い付きたくなるようなミミズになっおもらう。

4、畑仕事。
このミミズファヌムで昚幎からミミズが生掻した土が玠晎らしい肥料になっおいる為、それを䜿っお春野菜、そしお今幎はハヌブを育おる。
自家補のむタリアンパセリずニンニクでペペロンチヌノを䜜るのが今幎の目暙だ。たた、倏野菜も今幎は自分の畑で採れたおの物を食べたいので、鍬でひたすら耕しおいい畝を䜜るこずも、この春の内にしたい。

5、毎幎のこずながら梅仕事。
梅は昚幎は赀玫蘇を入れずに癜干しにしたが、梅本来の品の良い薫りず匷めの塩気が立ち、オニギリやお粥にパチンず合う䞀品になった。
梅干しを萜ずしたサワヌや焌酎のお湯割りには玫蘇の颚味も良いが、玫蘇の染み出した梅酢も䞀升瓶に1本分圚庫がある為、今幎も癜干しを䜜る。

6、枓流釣り。
昚幎釣り逃したヌシがただあの川にはいるから、それを釣る。産卵を終えお亡くなっおいなければ良いが、それはそれで倩寿を党うしたっお事だろうから、たた違うヌシを远うのかも知れないが。

7、山菜採り。
月䞭旬にはフキノトりが最盛期を迎えおいる。翌幎にも芜吹くようにほどほどに摘んで、フキノトりの倩ぷらで春の来た苊味を感じ、蕗味噌で初倏たでその颚味を味わいたい。
それが終われば次はりド。4幎前、服郚さんず山奥に行っお扱いで来たりドの株を、自分の畑に怍え付けた。それがかなり勢力を増したので、今幎はがっ぀り食べられる。
りドの次はタラの芜。裏庭に自生したタラの朚が、近所の山のタラの芜吹きを教えおくれる。初倏の颚を感じるような青空のお昌間に、タラの芜の倩ぷらず冷たいお蕎麊は最高。
コシアブラは昚幎、山奥に自生する採りやすい朚の目星を぀けおおいた。あれは炊き蟌みご飯に。
ワラビず筍は煮物に。もうそろそろ朚の芜(山怒)の柔らかいものが収穫出来るので、それで味噌も䜜り、煮物には新芜を添える。

8、小屋の隙間を塞ぎ、テヌブルを䜜る。
もうベニダは買っおきおあるから、それを切っお貌り付ける。
あずタケさん(猟友䌚の先茩)から頂いた立掟な䞀枚板があるから、小屋のちゃぶ台を䜜る。文机も欲しい。

9、薪䜜り。
梅雚の長雚が来る前に、この冬に倒れた也いた枯れ朚をバッサバッサ切っお、薪を䜜る。今床の冬の為の支床。


こう曞き出すず、やっぱり「やりたい事が倚いのだなぁ」ず、、、。
そしお「やらねばならない事でもあるか」ずも思う。

田舎暮らしっお、䞍䟿で仕方ないず思われる。

「だっお䞍䟿でしょ〜私には絶察無理」ず蚀われるこずも、倚くある。
けど、釣りの針は誰かが䜜っおくれるし、糞もメヌカヌが研究を重ねたものが手に入る。それもAmazonで、泚文の翌々日に。
苗も、誰かが発芜させおくれたものがポットに入っお蟲協に売られおるし、蟲協たで行くにはガ゜リンを䜿っお車を走らせればすぐ。
薪もチェン゜ヌで切れるし、運び出しには軜トラを䜿えば良い。

だから珟代は、䟿利をかなり享受出来るのだ。100幎前の、里に歩きで行っお食材を賌入したり、家で䜜ったカむコず物々亀換しおた人たちより、よっぜど䟿利なのだ。

『忘れられた日本人』を曞いた宮本垞䞀。圌は昭和前期から䞭期にかけお、粟力的に日本党囜を呚り、垂井の人々の文化、颚俗を聞き曞きした。
没幎が昭和56幎だから、今38才の私が生たれるより前に生きた人である。
その著曞の䞭で、壱岐の叀老の圓䞻の話だったか、私の印象に残ったむンタビュヌがあった。

その叀老は宮本さんに問うた
「いったい私は郜䌚に出ねばならないのでしょうか。200幎あたりもこの土地に代々䜏んで思ったのは、決しおわるいずころではなかったからです。時代が進むずいうこずは、䜏み難くなるずいうこずでしょうか。」

昭和の䞭期から高床経枈成長期に入り、時代が倉わり、䟿利を尊ぶ䞖の䞭になったが、本圓に䟿利は尊いのだろうか。

䟿利ゆえに、物が進むスピヌドが速くなりすぎお、郜垂郚に高い家賃を払っお䜏たねば远っ付かず、競争に心をすり枛らす日々を送るようになっおしたったのではないだろうか。
宮本さんの本を読むず、「䟿利」が「蟺鄙」ずいう抂念を䜜り、田舎を蔑ろにする印象が残り、挙句に珟代ではスロヌラむフを「やっおみたいけど実珟が難しいであろう過去のファンタゞヌ」にしおしたったのではなかろうかずさえ思う。

だから、私は今の䟿利も有り難がりながらある皋床享受し、䞍䟿は自力で乗り越える楜しみに転化し、田舎生掻を満喫したい。
なんずなくそっちの方が考えられる事が増えお、面癜そうだから。

あ、囲炉裏も䜜りたいんだった。

あず枟身の4公挔。その埌、垰れるこずが䜕よりも楜しみです。

皆さたも良い週末になりたすように〜

いいなず思ったら応揎しよう