見出し画像

【サマソニ2026】夏の終わりに経験する「最もパンクな行為」

音楽大好きなソロプレナーのHIDEです。

2026年の夏も、いよいよ終わりに近づいてきましたね。皆さんはどんな夏を過ごされましたか?僕は先日、サマーソニック2026大阪の最終日に行ってきました。

そこで体験した、マウンテンステージの大トリDavid Byrne(デヴィッド・バーン)のステージが、音楽的にも、そして今の時代を生きる一個人としても、あまりにも衝撃的で深いインスピレーションを与えてくれるものだったので、熱が冷めないうちにnoteに書き留めておきたいと思います。

徹底した生音へのこだわりと、圧倒的な没入感

ステージが始まった瞬間、そこはまるでニューヨークのブロードウェイでした。映像と踊り、そして演奏が見事に融合したシアトリカルな空間。

しかし、最も心を打たれたのは、「口パク」や「音ハメ(同期音源)」が一切無い、徹底的な完全生演奏だったことです。今の時代のライブエンタメにおいて、テクノロジーに頼らず人間の肉体と楽器だけでグルーヴを生み出すその姿には、「あくまで自分は一人のミュージシャンである」という彼の強い矜持を感じずにはいられませんでした。

そして特筆すべきは、その「音質の良さ」です。

今回の会場は複合ステージの野外ライブということもあり、かなりの音量制限が設けられていました。実際、他のアーティストたちはこの制約の中で苦戦しており、客席のノリが悪かったり、ステージに相当近づかないと満足できないような音の薄さが目立っていました。

しかし、デヴィッド・バーンのステージは全く違いました。

制限された音量の中でも、音が信じられないほど「太く」響いてきたのです。夜という時間帯がもたらす暗闇も相まって、野外とは思えないほどの非常に高い没入感の中で、極上の音楽に身を委ねることができました。

最もパンクな行為としての「Love and Kindness」

そんな完璧なライブパフォーマンスの中で、彼が提示した一つのテーマがありました。

それは「Love and Kindness(愛と思いやり)」。

ステージの上で、彼はこう語りかけました。

 

「今のこの時代の風潮において、『Love and Kindness』を掲げることが最もパンクな行為なのだ」


通常、ミュージシャンが政治的、あるいは社会的な想いを伝える際、よく使われる言葉は「Love and Peace(愛と平和)」です。では、彼が語った「Kindness」は何が違うのでしょうか。

僕の解釈ですが、「平和(Peace)」という言葉は、どうしても国家間規模の大きなスケールや、少し遠い世界の出来事を連想させてしまいます。しかし「親切、思いやり(Kindness)」は違います。ただ自分の手の届く範囲内の人に、自ら手を差し伸べること。彼はその圧倒的なミクロの視点、個人的なアクションの重要性を説いているのだと感じました。

分断された世界で、僕らにできること

今、世界を見渡せばどうでしょうか。

パンデミックをきっかけに定着した完全リモートでのやり取りは、便利さと引き換えに人々の直接的な触れ合いを減らしました。世界は保護主義や保守主義へと傾倒し、ドローン技術の発展は「安全な場所からのゲーム感覚での虐殺と破壊」を現実のものにしてしまいました。過剰なポリティカル・コレクトネスと、それに対する激しい拒絶反応。

今の世界は、分断されたそれぞれの安全な立場から、お互いのイデオロギーをただぶつけ合い、闘わせているように見えます。

この張り詰めた緊張を解くために、一番重要なことは何なのか。

それは、「闘う相手も、自分と何ら変わらない生身の人間である」と理解することです。

家族や親友に親切にするように、自分のできる範囲で、直接的には関わりのない人にも助けの手を差し伸べ、思いやりを持つ。もし、そんな「Kindness」が世界中の人にとっての当たり前になれば、国家間の「Peace」も、少しは絵空事ではなくなるのかもしれません。

イデオロギーで武装して相手を論破することが持て囃される現代において、たしかに「目の前の人に優しくしよう」と素直に掲げることは、ある意味で最大のカウンターカルチャーであり、最もパンクな行為です。

デヴィッド・バーンの音楽に酔いしれるだけでなく、ソロプレナーとして、また一人の人間としてどう生きるべきか。そんな深いインスピレーションのメッセージをもらえたことに、心から感謝した夏の終わりの夜でした。

皆さんは今日、誰かに「Kindness」を向けられましたか?

音楽の力って、やっぱり素晴らしいですね。

HIDE


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集