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戦争を知ることから、誰かの人生を想像する

最近、戦争について考える機会が続きました。

管理栄養士をしていて、「戦争と食」は、
切っても切り離せないな、と感じています。

今回は、終戦の季節に私が感じたことを読んでいただければ嬉しいです。



まずは、映画の話から。

最近、

『あの花が咲く丘で、君とまた巡り会えたら』

の2回目を観て、どちらも泣きました😭

母子家庭で、何もかも嫌になっていた百合が、突然、戦時中へタイムスリップする。

そこで出会った特攻隊員や、鶴さんたちとの交流を通して、少しずつ擦れた心が変わっていくー

最初は、現代を生きる私たちからすると、
あまりにも遠い時代の話に感じるんです。

でも、物語が進むにつれて、

好きな人、家族、夢、食べたいもの。

私たちと変わらない普通の暮らしがあって、

「今の私たちと、全然変わらない…」

ということに気付きます。

最後は、涙なしでは観られませんでした…

そして今、続編となる

『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい』

が公開されているので、観に行く予定です✨

これは、映画館で絶対泣きますね💦



手塚治虫さんが見た戦争


8月12日に、手塚治虫さんの半自叙伝の戦争漫画の実写ドラマを観ました。

空から、たくさんの爆弾が落ちてきた時

「わー!」

と思わず声が出ました。

大阪大空襲。

手塚治虫さんは、これを実際に体験されたんだ…

そう思いながら観ていると、

漫画を描きたい気持ちの原点を感じました。

描き続けること。

それが、戦争を体験した手塚治虫さんの中に残った想いを、後世に伝える一つの方法だったのかもしれないなと思いました。

悲しかったのは、京子ちゃんの夢が潰えてしまったこと…

そして、終盤の米兵とのやりとり。

ここは、胸にくるものがあります…

すごく、はっとさせられる場面なんですよね。

YouTubeでも漫画版を見ることができます。
気になる方は是非。

ただ、戦争の描写がつらく感じる方もおられると思いますので、無理のない範囲で🙂‍↕️

作品の中で、特に印象に残った言葉がありました。

「戦争の漫画は読まれない」

戦後、戦争を題材にした作品は、
必ずしも読者に受け入れられやすいものではなかったのかもしれません。

戦争を経験した人にとっては、あまりにもつらく、思い出したくない記憶でもあるんですよね。

それでも、

「読みたいです」

と言ってくれる人がいて、描いた。

描いてくれたからこそ、
私たちは今、知ることができる。

このことから、私も戦争について書くときに、重いテーマを伝えることの難しさを感じていました。

きれいごとを並べても伝わらないし、
言いたくもない。

実際、自分自身も、きれいごとを言われてもあまり心に響きません。

ただでさえ、みんな大変な中を生きている。

その中で、どうしたら「ちょっと知ってみようかな」と思ってもらえるんだろう。

どんな言葉なら、押しつけずに届くんだろう。

そんなことを、ぐるぐる考えてしまいます。

それでも、私たちが学んだことを、
次の世代へ伝えていくことには意味がある。

そのことだけは、強く感じています。


戦争を経験した人から、私たちへ


戦争を経験された方のお話を聞いたり、
記録を読んだりしていると、

「話せるようになるまでに、長い時間が必要だった」

という言葉に出会うことがあります。


あまりにもつらい経験は、なかなか言葉にできないこともあるんですよね。

ようやく語れるようになった頃には、人生の終盤を迎えている。

そういう方もおられるのだと思います。

戦後の社会には、今とは違う空気もあったでしょう。
話したくても話せなかったり、話すこと自体をためらったりした方もいたのかもしれません。


経験された方も減ってきて、自分が話さないと、誰もいなくなる。

そう思って、語り始めた方もいるように感じました。

もしかしたら、これまで語られてこなかった出来事が、少しずつ表に出てきたのかもしれませんね。

だからこそ、私たちが知る必要があるのかもしれません。


管理栄養士の私にできることは、

「食」から伝えられることがあるんじゃないか、ということです。

戦争と食は、切っても切り離せない。

食料がなければ、人は生きていけません。

戦争には、飢えや食糧難の問題が、大きくのしかかります。

戦争という難しいテーマを、
戦争そのものから語るだけではなく、食べ物や暮らしを入り口にすることで、少し身近に感じてもらえるかもしれない。

管理栄養士だからこそ見える視点で、
分かりやすく伝えて、少しずつ興味を持ってもらえたらいいなと思っています😌



「知らない人」を 少しだけ想像してみる


戦争について学んでいるとき、こんな出来事がありました。

私が止めていた自転車が、少し邪魔だったようで、通れないほどではなかったのですが、通りかかったおばあちゃんが、

「邪魔ねぇ」

そして、

「あ、信号が変わっちゃったじゃない」

と、ぼそっと言われました。

私は、ちょっとムッとしてしまいました。

「避けて通ればいいじゃない」

って。

ちょっとしたことで、気に障ることってありますよね😅

でも、その後、戦争について学んでいる中で、ふと、ある考えが頭をよぎりました。

もしかしたら、この人も、ものすごく大変な経験をしてきた人なのかもしれない、と。

そういえば、私は、この方の過去を何も知りません。

これまでどんな人生を歩んできたのか。

どんな時代を生き、何を経験してきたのか。

実際のことは、何も分かりません。

でも、

私が知らないだけで、この人にも、私には見えていない物語があるのかもしれない。

そう思うと、はっとしたんですよね。

知らないまま相手を悪く思ってしまったら、もしかすると、あとで後悔することになるかもしれない。

「よくなかったな」と、ちょっと焦りました…

こういう感覚は、学生のころからありました。

「あれ、今の言動、まずかったかも…」

と、あとになって気づくことがあったんです。

でも、戦争について学ぶようになってから、その感覚を以前より強く意識するようになりました。

私には見えていない、その人だけの物語がある。

そう考えると、人を尊重することの大切さを学んだ気がしました。



人には、見えていない物語がある


これは、介護の仕事をしていても感じることがあります。

介護施設には、日常生活の中で一人では難しいことが増えてきた方がご利用されています。

私たちスタッフは、その方の生活をサポートする仕事をしています。

だからこそ、つい、

「できない人」

として見てしまう危うさがあります。

気付かないうちに、子どもに接するような言葉遣いになってしまうこともあるんです。

でも、その人にも、私たちが知らない長い人生があるんですよね。
いくつもの時代を生き抜いてきた。

今、目の前にいる姿だけでは、
人生のほんの一部分しか見えていないのに…忘れそうになる。

人を表面だけで判断しないこと。

知らない部分を、想像するようにすること。

戦争について学ぶことは、過去を知るだけではなく、目の前にいる人を見る目も変えてくれるのかもしれません。



さいごに


私は、これからを生きていくためにも、
戦争のことは知っておくべきことの一つなんじゃないかなと思っています。

なぜそう思うのか。

それは、戦争について知っていくことで、過去の出来事だけではなく、今を生きる人や、自分自身のことまで、少しずつ見えてくる気がするからです🙂‍↕️

だから私は、これからも学び続けたい。

そして、食べ物や暮らし、食文化、映画や人の物語を入り口に、難しいことを少しだけ身近にして届けていきたいと思っています。

それが、管理栄養士であり、
表現者でもある私にできることなのかなと思っています。

私もまだ、勉強の途中です。

だからこそ、一つひとつ知ったことを、
自分の言葉で。

これからも、誰かが「ちょっと知ってみようかな」と思えるような記事を書いていきたいです😊



私が戦争について初めて書いたのは、
オードリー・ヘップバーンの『ローマの休日』の記事でした💡

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