【小説 定年おじさん①】送別会
今日は会社の飲み会だった。
定年退職する僕の送別会だ。
今の会社に勤めて30年。部下もたくさん見送ってきた。
今は午後8時22分。
駅までは傘を差して歩いてきた。ベンチに腰を下ろし、額に滲んだ汗をハンカチで拭う。
鞄の持ち手を握る。
雨に濡れた革が、手のひらに冷たかった。
10年前、家内が勤続20年のお祝いにとプレゼントしてくれた鞄だ。
鞄の内ポケットからもう一枚ハンカチを取り出し、革の表面に残った雫をそっと拭った。
濡れたホームの床が、蛍光灯の光を白く反射している。
ベンチの隣には、今日もらった花束を置いていた。
あー、本当はまだ飲み足りない。
「部長、長年のお勤めお疲れ様でした!」
「今日はありがとう。皆も頑張ってな。」
そう言って、店の前で皆と別れた。
時刻表を確認すると、次の電車は午後8時32分。
あと10分か。
よし、決めた。
一人で2次会をしよう。
駅前の焼き鳥屋は、今日は開いているかな。あそこのぼんじりは美味しいんだよなあ。
それとも、2つ先の駅にある小料理屋にするか。
昔、部下を連れてよく行った店だ。
自販機の低い唸りだけが聞こえる。
次の電車まで、あと10分。
さて、どっちにしようか。
