京都大学総合人間学部とかいう、ニッチな学部に関して(受験生むけ)
こんにちは罪悪感です。
今回は受験生向けに以下の内容を話していきます。
総人志望じゃなくても、うちの学部に興味を持ってくれたらいいなあ。という感じで書いていきます。
始まるよ。泣かないで。
総人とは何なのか

①総合人間ってなんの勉強するの?
これ、一番よく聞かれます。
大抵の回答は「広く浅くいろんな分野を勉強できる、だから文学、理学、文化、経済、いろんなことを勉強できるよ。」だと思うのですが
罪悪感はこう言いたい。
「浅く広くだと思ってたら意外に深くて草」
ご存知の通り総人に入った人は文系理系問わず様々な分野を専攻することができます。(入試の文理すら不問です)
また、総人特有の科目もあります。(美術とか音楽とか)
そして他の学部に比べて単位の制限が緩いので、とにかくなんでも勉強できますし、他学部聴講という制度も活用すれば、他学部の専門科目も自分の単位として加算できるのでとにかく好きなことを好きなように極められます。
ガチれば、普通にその学問の対象学部(ex 経済学んでるなら経済学部)の人の知識と同等になると思います。
「じゃあ、元からその学部に行けばいいじゃん。」
それな。
ただ、罪悪感みたいにやりたいことが多すぎる人は門戸が開きまくってた方が嬉しいでしょ。
それを叶えてくれるのが総人なんです。
すごい(小並感)
②総人の「自由」は本当に自由なのか、それとも放し飼いなのか

これに関しては両方です。めっちゃ放し飼いだし、くっそ自由です。
罪悪感はとにかく自由に生きまくってたので、卒業できるか怪しくなっちゃいましたし、これからどうしたら卒業できるのかわかりません。
ただ自由なお陰で、いろいろな経験ができました。本筋とズレるので詳しくは言いませんが、20人規模のサークルを二つ作ったり、人材派遣事業、個人塾などをやったりしていました。自己実現しやすい場所だと思います^^
罪悪感みたいに事業やりたかったり、無限に遊びまくりたい人は総人一択です。
あと、放牧とは言ったものの、総人には特別なイベントがあります。
罪悪感が知っているのは
①総人有志たちの新歓
②総人合宿
③OC動画作成
の三つです。
①について
これは総人の先輩たちがいろんなイベントを総人広場で開いてくれます。
年によって違うのですが、飯食わせてくれたり、みんなで大文字山に登ったりなど、新入生と先輩たちが関われる場所となっています。
罪悪感は寝坊して行かなかったのですが、行った友達は先輩たちと仲良くなっていて羨ましかったです。
(こういうイベントは参加しましょうね)

②総人合宿について
これは名前の通り、総人の学部1年生〜OBまで参加する1泊2日の合宿です。
京都の森の中のロッジみたいなところで合宿をします。
2回生の時に行ったんですけど、あんま覚えてないので次に行きます。
あ、確か総人Tシャツがもらえました。ダサいけど通気性がいいので今も着てます。
③OC(オープンキャンパス)動画作成

これは知ってる人も多いかと思います。
総人に入って何ヶ月かすると、招待メールが来ます。
それで自由参加って感じです。
罪悪感はこれに演者として入ったのですが、超しんどかったけど超楽しかったです。
台本から編集まで全部自分たちでやるので、みんなで協力し合うことが大切になってきます。なので参加メンバーとは20人くらいいたんですけどみんな友達になれました。
(あと、ここが多分総人の友達を作る最後のチャンス)
ここでの映像制作を機に映画の歴史(?)みたいなのを選考するようになった人とかもいるので、結構印象深いイベントになるかと思います。
次の受験編を厚く描きたいので一旦ここまでにします。
受験編
ここからは罪悪感の経歴と、どう受かっていったのか、受験で感じたこと、そして僭越ながらアドバイスをさせていただければと思います。
罪悪感のプロフィール(軽く)
出身:愛知県
高校:岡崎北高校
高3次の成績:偏差値60程度、オープンD判定、通ストE判定
浪人:河合塾名駅校SOW京大文系
これを前提に話していきます。
①罪悪感の高三時代
罪悪感は、総人志望になったのはかなり遅くて、高三の夏頃なんです。
それまでは「愛知教育大学」を目指していました。
『なんで総人志望に変えたの?』
割と軽はずみな理由なんですが
高三の春頃に、友人に「お前多分もっといい大学行けるよ、神戸大とかどうよ」
って言われて、神戸大志望になりました。
その後、神戸大を目指していたのですが良い判定が出なくて悩んだ結果
「神戸大より上の大学を目指したら神戸大の求めるよりも賢くなれるはず!」と思い大阪大学を目指しました。
するとだんだん大阪大学に行きたくなってきて、一週間ほどで
「阪大より上の大学を目指したら阪大の求めるよりも賢くなれるはず!」と思い京大を目指しました。
それがきっかけで京大志望になり、もともと理系になりたかったのに高二の頃の教師の嫌がらせで文系になってしまったので、理系になれる総人を目指しました。

総人志望になり、罪悪感は本気で頑張ろうと思い髪の毛を丸刈りにしました。5厘です。
ただ、全く効果はなく、夏は汗が垂れてきて邪魔だし、冬は寒いのでお勧めしません。あと当時の彼女に「なんで勝手に坊主にしたの」ってキレられて振られました。マジでいいことない。
そんなこんなで受験期はこれらの参考書を勉強していました。
共通テスト
現代文、古典、数学
▶︎勉強していません
英語
▶︎学校で配られた謎の教科書のみ
理社
▶︎Z会のやつ

二次試験
国語:過去問25カ年
数学:過去問、青チャート、せか京、理系プラチカ、1対1対応の演習
英語:過去問、水色の100問のやつ(解釈)、英文読解の透視図
日本史:諦めていました
勉強時間は当時のスタプラの記録が残っていないので適当ですけど
平日:5時間
土日:10時間
ほどだったと思います。
坊主にしたての夏休みの時期は気合が入っていたので
朝4時起き勉強、夜は2時に寝るという化け物みたいなスケジュールを2ヶ月間こなしていました。お陰で数学は学校の中ではだいぶできるようになったのですが信号の赤と青の区別がつかなくなり事故りかけたのでお勧めしません。
ちゃんと寝ましょう。
そして、そんなに頑張っていた罪悪感くんですが
共通テストでとんでもないことが起きます。
そう、数学の平均点が85点とかだったあの超難化が起きます。
なので足切りを恐れ経済学部に変更、京大受験は続行。
(ちなみに併願は神戸大後期のみです。共通テスト利用は出し忘れました)
ほんで、現役時代の結果は?

最低点-42点だったと思います。
「おれ、数学、得意、だったよな」
浪人しました。
②罪悪感の浪人時代
3月
浪人確定

マジでなんもしませんでした。ずっとぼーっとしてました。
4月(基礎シリーズ)
河合塾は初手サクセスクリニックをやります←きらい
これで席順が決まり、罪悪感くんはクラスで8位ということになりました。
「俺、賢くね???」
クラスの他の人の出身は怪物高校ばかりだったのでびびっていたのですが、思わぬ好順位に慢心しかけるも、罪悪感は謙虚に過ごし、友達を誰1人として作りませんでした。話しかけられても完全無視でした。
あと、親から「落ちたらトラックの運転手になりなさい」って言われてたので自動車学校に通いながら勉強していました。
5月〜7月
とにかく全ての時間を勉強に費やし、誰とも喋りませんでした。
でも寂しかったので、スタプラで思いを吐き出すことにしていました。
当時罪悪感は「魯迅」という名前でスタプラをやっていて、公開アカウントだったのでクラスの中で「魯迅とかいう奴がスタプラで暴れ散らかしてるんだけど」という噂が立つようになりました。(当時はスタプラでネタツイみたいなのは主流じゃなかった)
あと、6月に運転免許を取り終わったので、この時期はこれまでよりも勉強時間が増えました。
8月
転機が訪れます。それが京大オープン。罪悪感は総人志望内で8位だったので冊子に掲載されました。それを機に、魯迅=罪悪感だということを突き止めた人がたくさん話しかけてくれるようになりました。寂しかった僕はすぐに友達になりました。
また、夏期講習は2コマしか取っていなかったので身軽だったこともあり、基礎シリーズのテキストをアホみたいにやっていました。
基礎シリーズの勉強に関して
「罪悪感は基礎シリーズの勉強は何をしてたの?」
▶︎河合塾のテキストとターゲット1900しかやってないです
数学の先生が「あのな、基礎シリーズのテキストは本当によくできてるから、これちゃんと毎日やってね。8月までに最低5周はしておかないと落ちるからな。」
って言ってたのでビビりまくって国語以外のテキストを10周ほどしました。
多分ここで現役時代に付けきれなかった基礎を固めれたので、オープンで好成績を残せたんだと思います。
ちなみに、通ストの勉強はしていないです。
9月~11月
せか京や河合塾模試の過去問などに注力しました。
基礎シリーズの成功体験をもとに、数学も反復を重要視するようになったので、一問一問をなんども丁寧にやり込みました。が、夏ほどの熱量はありませんでした。
なので、秋のオープンにて罪悪感くんはとんでもなく低い点数をとってしまいました。
C判定でした。
「冊子掲載のこの俺が、C判定だと??」
オープンの結果の紙は、その場で破り捨てて食べました。食べきれなかった分はトイレに流しました。
なので結果は残っていません。
そして11月22日、罪悪感くんは発狂します。
数学の授業中に何かを思いつき、その日の授業は全て切り、なぜか秋田県への航空券を買いました。
「きりたんぽ食べる😡」
そう家族に言いつけ、罪悪感くんは秋田へと飛び立ちました。
そして一週間ほどの失踪ののち、罪悪感は普段通り塾へ行きました。
罪悪感は秋田県に惚れ込んでいました。
罪悪感は秋田県にある「国際教養大学」への進学を考え始めました。
12月~1月
罪悪感くんはもう京大の勉強が手につきませんでした。
ただ、やらないと家族に顔向けできないので、最低限テキストの復習や過去問はやっていました。
また、国際教養大学は通ストを重視する大学なので(確か7割くらい入る)
共通テストの勉強も始めました。
そして共通テスト本番・・・
罪悪感くんは書類などの管理がへたくそなので
共通テストの受験票がボロボロでした。
なので、試験会場で少し目立ってしまいました。
ただ、受験には特に問題がなかったので、破っても大丈夫です。

結果
国語:145/200
日本史:78/100 倫政:73/100
数学:139/200
理科:83/100
英語:168/200
合計686/900
国際教養大学:E判定
京都大学総合人間学部:E判定
ど、どわー。
現役時代よりも下がってました。
一応出していた、同志社大学経済学部(通スト利用)▶︎不合格
「まあ、俺二次型だしリラックスする」
罪悪感くんはリラックスしました。
2月
罪悪感くんは、圧倒的な点数の低さに逆にリラックスをしていました。
京大の勉強もきちんと「基礎からしっかり復習しよう」
国際教養大学の勉強も「論述は添削をしてもらって自分で考察しよう」
とてもリラックスして勉強を進めました。
そして罪悪感くんに浪人期初の二次試験が訪れます。
日程はこんな感じです(うろ覚え)
2/6 同志社
2/8 国際教養大学
2/12 慶應法
2/13 慶應文
2/14 同志社合格発表
2/15 国際教養大学合格発表
2/17 慶應SFC
2/25,26 京大二次試験
2/6. 同志社大学経済学部(一般)
試験3日前まで出願したことを忘れていて全く勉強していませんでしたが・・

なんとか合格!数学満点取れたので、罪悪感くんは有頂天です!
このまま絶頂に乗り、残りの二日間は京大英語と国際教養大学の勉強のみに絞り・・・国際教養大学を受験。
出来はあんまり良くないけど、慶應があるので合格発表までは慶應の勉強に注力・・・するつもりだったつもりなのですが
2/8 国際教養大学受験後、罪悪感くんは東京へ逃亡しました。
「まあ、慶應受験までは東京であそぼう!」
友達の家に行き、たくさんのバカをやり、慶應の勉強はしませんでした。

そして、罪悪感くんはとんでもないことになります。
慶應受験前日、友人宅付近のケバブ屋に行きました。
そこでケバブサンドを二つ注文し、食べたところ・・・
「なんかこのキャベツ、味がおかしい」
翌日、食中毒になりました。
慶應受験は全てキャンセル。療養が必要とのことで2/16まで友人宅で療養。
京大受験の勉強も全くできなくなってしまいました。
「なんでこの俺がッ、キャベツごときに___!」

しかし、2/15の時点で国際教養大学に合格したことがわかったため、罪悪感くんはとてもリラックスしていました。
そして実際に国際教養大学に受かった罪悪感は、
「もう京大とか、よくないか。」
と思うようになり、京大受験を取りやめることにした。
直前期特有のアパシーです。
なので2/8~2/19まで、ほとんど勉強していないことになります。
そして、2/20
それを高校の先生に言ったところ、ど叱られたので一応記念として受験することにしました。
やるからには頑張ろうと思い、今から応用は無理だと悟っていた罪悪感くんは基礎をやり直しました。
久しぶりに持つペンになかなか力が入らないことに、少し後悔を感じながらも、ひたすら基礎や過去問をやり続けました。
で、結果は?
ガッツリ受かりました。


③考察
罪悪感くんの受験エピをかなりかいつまんで書きました。ここまで読んでくれてありがとうございました。
他にも、京大までドライブしに行った話とか、模試の休憩で二郎食べて周りにデバフかけた話とか色々あるんですけど割愛します。
それで、ここからお話ししたいのが、なぜこんな変な受かり方をしたのか、です。
先に結論を言うと「基礎やりすぎた」です。
ありきたりですね。
もうすでに気づいて方もいるかと思いますが、
京大の二次試験は「ガチで基礎」です。
「嘘つけ」って思うかもしれませんが、それは誤解をしていると思います。
基礎=簡単
と言う考えは間違っています。
基礎がいっちゃん難しいです。大学に入るとなお実感します。
京大が、全ての科目で共通して聞いていることって、「君はこの問題をどう考えるのか私に見せてほしいな」なんですよね。当たり前ですけど。
だからなんていうか、正しい引き出しを正しく見つけ出せば必ず解けるような構造になっているんです。(うーん)
追記:なんていうか、「対話」だと思います。
問題の向こうにいる京大の教授に話しかけるような感じです。
受験期からかなり時間が経ってしまったので当時ほどの解像度はありません。なので説明が難しいのですが、要は自分の考え方を貫けばいい訳です。それを高く評価するような気がします。
研究と一緒ですね。最初の仮定をとことん追求する、的な。
(もちろん的が外れていたら数打ってもあたりません)
罪悪感は国語の問題でこれに気付いた時、なぜか数学、英語もできるようになりました。
かなり抽象度が高くなってしまいました。
罪悪感は、かなりの量の過去問を解いていました。
現代文35年分、数学50年分、英語15年分、日本史1年分(日本史嫌いなんです)
これだけ過去問をやっていると、マジで京大の言いたいことがわかってきます。ただ、こんだけやるのは流石に重すぎるので時間と相談してほしいです。おすすめは国語をやりまくることです。(夏終わるまでは数学やってね)
極まると、京大の問いたいことがわかりすぎて問題文を見なくても回答できるようになります。
2008~2013年くらいが好きだった気がする。
ちなみにですが、古典は全くと言っていいほどやらなかったので国語の点数自体は低かったです。単語帳すらやってませんでした。というか無くしてました。
一応、浪人期にもいろいろ参考書はやっていたので、ここまでで挙げていない身になったものを以下に書きます。


進路に関して
ここからは軽く総人を卒業したらどんな未来が待ち受けているのか、罪悪感くんの友人の例をもとに軽ーく話していきます。

標本が罪悪感の友人なので、類とも的な感じでこんなグラフになっているのかもしれませんが、留年率は高いです。
そういえば入学した際のガイダンスで、
総人の偉い人がこんなことを言っていました。
「皆さんに確認があります。大学とは何年間あるものだと思いますか。
少なくともこの総合人間学部は、『4年間』であります。」
この発言からも分かるように、総人は京大の中でも比較的高い留年率を誇ります。
「単位取得簡単なくせに???」
これが分からない。
一応友人たちの留年理由について聞いてみました。
Aくん
サークルが忙しかったっていう建前だけど、怠惰だったな。
Bくん
パチプロ目指してたやんね。
Cくん
他に研究したいことができたから。
Dちゃん
毎日遊んでばかりだったから。舐めてた。
Eちゃん
公認会計士の資格を取ろうと思って
本当に多様な理由ですね。
総人は留年も休学もかなり気軽にできるので、選択肢がとにかく多いです。
ですからこのような留年率になっているのだと思います。
また、留年がマジョリティなのでそれも関わっているかと思います。
就職する人たち
言っちゃ悪いんですけど、まあ無難ですよね。そんな尖った就職先に行く人はいません。割と堅実だなーって人か、留年したら親に怒られる〜って焦っている人たちです。
就職する総人生に仲良い友達がほとんどいないので、次に行きます。
進学する人たち
罪悪感の友人で最も多いのが大学院への進学です。(留年した人も進学目指してます。)
進学先は、9割が人環、ほかが東大・東京理科大・東工大・京大の理学研究所みたいな感じです。
専攻分野はホンッットうにいろんなのがあります。
一番多いのは、人環の『情報系』です。プログラミングとか、脳の研究みたいなことですかね?詳しくわかんないんですけどそんな感じのことを言っていました。
次に多いのが『哲学』
総人生はほんっとうに人生の話が好きです。
罪悪感が最初に仲良くなった子との一番最初の話は『死生観』でした。
京大から自転車で京都駅まで爆走しながら、各々の魂の話をして親友になりました。
この子達は結構ちゃんと勉強しているイメージがあります。
あんまり詳しくないんですけど、『現象学』が人気ですかね?フッサールとかメルロ=ポンティとか。
あとシンプルにフロイト行く人とかもいます。哲学系の授業はかなりあるので楽しいです。
ちょっと脱線しますが罪悪感が好きだった授業は『犯罪心理学』です。船曳教授だっけな?過去の犯罪を取り上げて、その事件の内容や犯人の生い立ちなどから動機や未然に防ぐ方法を考えるやつです。

小話
総人の先生は割と変な人が多いです。
例えば、大学に入ったら必ず出てくるε-δ論法というものがありまして。
ε-δ論法
xがaに近づくときの関数f(x)の極限がLであるとは、以下のように定義される。
任意の正の実数 ε > 0 に対して、ある正の実数 δ > 0 が存在して、
0 < |x - a| < δ を満たす全ての x に対して、
|f(x) - L| < ε が成り立つ。
これを説明するために、とある教授がεとδになりきって、教壇の上でぴょんぴょん飛び跳ね続けたりしていました。
他にも『お酒持ってきたよ。20歳超えてる人は一緒に飲もう』と言ってくれる教授や、『今から映画を見ます』と言い、エッチなシーンが流れると途端に嬉しそうな顔になる先生などいました。
総人生の活動範囲には、人以外もかなりいます。
外国語の授業は基本的に四共という棟で行われるのですが、たびたびそこの駐輪場にニワトリが現れます。
彼らは吉田チキンといい、保護すべき対象なので優しく見守ってあげましょう。
あと、クジャクとウマがたまに出現します。レアです。
あと、ネコがたくさんいます。確か、「ねこサークル」なるものがあったのでねこ好きにはおすすめです。
総人という選択
ここまで読んでくれてありがとうございました。
どこか役に立つ部分があったり、こんな感じでも受かるんなら自分もいけるっしょと自信を持ってくれたら幸いです。
今は休学中の身ですが、来年から復学しますので、もしかしたら会うかもしれません。その時はよろしくお願いします。
僕は在学中に、総人であることを一度も後悔したことはないし、たまに「このクソウジンが!」とキレることはあったのですがなんやかんやこの学部が好きです。
応援してます。
以上
