【ASD】文章はスラスラ読めるのに自動券売機が読めない――同じようで異なる「読む」能力のパラドックス
僕の妻には、ずっと「説明のつかない謎」があった。
数カ国語を自在に操り、どんな外国人ともすぐに打ち解けるのに、なぜか日常の小さなことになると急に立ちすくむのだ。料理の「さじ加減」が分からない。スーパーで棚を前に固まる。最初のうちは「不器用なんだな」と笑っていたけれど、心のどこかでずっと引っかかっていた。
その「謎」が、ついに噴き出したのは、たしか結婚15年が経ったころの海外旅行だった。
空港から市内に向かうトラムに乗るため、自動券売機の前に立ったとき。
妻が突然、顔面蒼白になった。
「どうしたの?」
「……わかんない、ちょっとよく分からないの」
そう言うなり、近くにいた人のもとへ駆け出し、必死に何かを尋ねている。
初めて来た国でも堂々と現地の人と会話できてしまう彼女に「やっぱり言語の天才だ」と思いながら、券売機の画面をのぞき込む。
……あれ?これ僕でも分かるぞ?
現地語と英語で書かれた案内は、至極シンプルだった。
①お金を入れる
②人数を選ぶ
③行き先を押す
④切符が出る
たったこれだけの手順。 これなら僕にだって分かる。いったいどうしたと言うのだろう。
やがて、親切な人を見つけて戻ってきた彼女は、その方に助けてもらいながら券売機を操作している。
ホッとした顔で「きっぷ買えたよ」と言う彼女に、僕は思わず聞いてしまった。
「どうしたの?何かおかしかった?」
「読めるかなーと思ったんだけど、全然意味が分かんなかったんだ」
「だって、大きく“①”って書いてあったよ?」
「……その“①”が見つけられなかったの」
彼女はいわゆる「識字障害」とかではない。本を読むのは好きだし、なぜだか外国語の文章だってスラスラ読める。
昨日の記事でも触れたが、彼女は言語に関しては天然の天才なのだ。
その彼女が、券売機の簡単な説明を読めなかった。
実のところ、これは単なる“うっかり”とは全く異なる次元の問題だった。もっと根の深い、世界の見え方そのものの違いなのだ、ということを当時の僕はまだ知らなかった。
僕は、これまでずっと「理解したつもり」で、彼女の世界を見ていなかったのかもしれない。
この旅のあとしばらくして、僕たちはある診断にたどり着いた。
彼女が抱えていたのは単なる「発達障害」ではなく、 自閉スペクトラム症(ASD)という心のOSの違いのせいで “世界の感じ方”そのものが異なるという障害だった。
「外国語の原書もスラスラ読めるのに券売機の簡単な説明が読めない」
その不思議な矛盾の奥に、僕たちが探していた“地図”が隠れていた。
この記事は、以前に公開した記事「15年かけて妻の“発達障害”にたどり着いた日――「普通じゃない」の謎が解け、世界が再起動した話」からの切り抜きです。
なぜ、天才的な彼女が、日常の些細なことで“遭難”してしまうのか。その理由は、“おっとり”とか“のんびりさん”などという生易しいものではなかったのです。
本編では、刺激を好むADHDの夫とノイズに弱いASD妻 という、絶望的に相性の悪い二人が、互いの“OS”を認識できるまでの15年間の試行錯誤の全記録です。
もしあなたの隣にいる大切な人に「良くわからない何か」を感じるなら、この記事は、その壁を壊す“設計図”になるかもしれません。
本編はこちらから👇
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