【発達障害】迷惑をかけているのに平然としているように見える人たち――その理由は「編集履歴が見えない世界」にあるのかもしれない
【この記事の概要】
① 困りごと: 周囲が必死に火消ししているのに、本人だけが妙に平然としている。なぜそうなるのか分からず、怒る側も巻き込まれる側も消耗する。
② 困りごとの本質: 一部のASD者やADHD者では、ミスそのものより「誰かが補修した後の完成版」だけが強く残りやすいことがある。問題は愚かさでも怠慢でもなく、補修履歴が見えにくいことだ。
③ この先で渡すもの: 前半では、このすれ違いを日常語でほどき、無料部分だけでも使える一つの問いを置く。後半では、責めるか黙って直すかの二択で終わらないための足場まで下ろしていく。
ADHDとASDを併発している親戚の子が、職を転々としている。
ある日、親戚の集まりで母親がこぼしているのを耳にした。
「うちの子、ミスが多いらしくて。周りにカバーしてもらってるんだけど、本人に自覚がないって注意されるのよ」
職場では、こんなことを言われたらしい。
「なんでそんなにヘラヘラしてるんだ」
「カバーしてもらったなら、どこかで自分も埋めようと思わないのか」
母親が本人に聞いてみると、返ってきたのはこうだった。
「ミスしちゃったのは覚えてる。でも、カバーは……されたのかな。よく分かんない」
そこで僕は、少し言葉が止まった。
最初に聞いた時は、つらすぎて都合の悪い部分から目をそらしているのだと思った。
でも、自分の若い頃を思い返すと、あれは「目を背けていた」というより、途中が見えていなかったに近かった。
もしかするとここで起きているのは、反省不足ではない。
補修された後の完成版だけが、本人の中に強く残ってしまうことなのかもしれない。
その人が見ているのは、途中ではなく完成版かもしれない
このズレを別の形で見たのは、妻がiPhoneで写真を撮っていた時だった。
撮り方はかなり危なっかしい。逆光だし、少し手も震えている。
でも撮れた写真は、驚くほどきれいだった。傾きも、逆光も、手ブレも、ほとんど見えない。
僕は「でもこれって自動補正の……」と言いかけて、はっとした。
そういうことか。
親戚の子が見ているのは、「自分のミスが、なぜか分からないまま補修された後の完成版」なんじゃないか。
自分の仕事が雑だったこと。
確認が抜けたこと。
誰かが気づいて直した段取り。
崩れた予定を別の人が埋めたこと。
そういう途中のぐちゃぐちゃが、本人の中では薄くなる。
最後になんとか回っている完成版だけが、強く残る。
だから本人は、本気でこう感じてしまうことがある。
「そこまで大ごとじゃなかったよね」
「結果的に回ったんだから、そんなに責められる話?」
「なんでみんなそんなに怒ってるの?」
平然としているのではない。
補修された後の完成版を、そのまま現実だと受け取っているのかもしれない。
ミスが「迷惑」に見えるまでには、途中の橋が何本もある
これは、愚かさや怠慢の話ではない。
本人の中では、「ミスをした」と「でも回った」が並んでいるだけで、そのあいだにあった補修履歴が残りにくいことがある。
このズレを言葉にすると、少なくとも次の橋がある。
自分が何をしたかを覚えておく
そのズレが何を起こすかを想像する
破綻していないなら、誰かが途中で補修したと気づく
その補修が誰の手間になったかまで結びつける
僕たちはつい、「ミスしたんだから迷惑くらい分かるだろ」と言ってしまう。
でも、こうして並べるとかなり重い処理だと分かる。
この工程が飛ぶこと自体は、誰にでも起こりうる。
ただ、ADHDやASDの傾向があると、このどこかが飛びやすかったり、つながりにくかったりすることがある。
だから「なんで分からないの?」への答えは、
分かる気がないからではなく、
途中の橋が細いから
なのかもしれない。
だから「もっと反省して」は外しやすい
巻き込まれた側からすると、腹が立つのは当然だ。
自分が火消しをしている横で、本人だけが深刻さを分かっていないように見えるのだから、言葉がきつくなるのも無理はない。
でも、このタイプのすれ違いに
「周りを見て」
「相手の立場で考えて」
「空気を読んで」
と返しても、届かないことが多い。
言っている側には当たり前でも、本人からすると途中の橋を全部飛ばした命令になっているからだ。
必要なのは、精神論ではない。
補修履歴が見える形に戻る言葉だ。
「直したほうが早い」が積み上がった先
ここまで、本人の側の話を書いてきた。
でも、この状況には、もう一人当事者がいる。
職場で、黙って火消しをしている側だ。
カバーする人には、毎回、小さな分岐がある。指摘するか、自分で直すか。
指摘すれば、説明が要る。どこがどう違うのか、なぜそれが問題になるのかを、順に話すことになる。伝わらなければ、もう一往復する。最近は、言い方ひとつでハラスメントになりかねない、という警戒もそこに乗る。
自分で直せば、三分で終わる。
だから毎回、直すほうが選ばれる。その場の判断としては、たぶん間違っていない。
ややこしいのは、正しい判断を積み上げた先に、いつのまにか「気づけば自分が全部直している」という状態ができあがっていることだ。
しかも、この積み上がりは、自分でも数えていない。
だからしんどさを説明しようとしても、「なんとなく大変」以上の言葉が出てこない。職場で相談しても、たいてい「まあ、お互い様だから」で流れていく。
そのうち、こういう考えが出てくる。
「障害なんだから仕方ない。それは分かっている。
でも、毎回イライラしてしまう自分は、心が狭いんだろうか」
ここは、はっきり書いておきたい。
これは、優しさの量の話ではないと思う。数えていない仕事が、積み上がっているだけだ。
後始末まで、あなたの担当とは限らない
ここまで読んで、「うちの職場にも、この感じがある」と思った人へ。
無料部分で先に渡したいのは、一つだけだ。
理由が分かったことと、あなたが後始末を引き受けることは、別の話だ。
補修履歴が見えにくいという仕様は、たしかにある。でも、その仕様を先に理解した人が、そのぶん多く埋めなければいけない理由は、どこにも書かれていない。理解は、担当を決める根拠にならない。
だから、次にまた何かがこぼれた時、手を出す前に一度だけ確認する。
「これは本来、誰の担当か」
顧客・安全・金銭・動かせない期限に直結するなら、その場は止めていい。そこは迷わなくていい。
そうでないなら、すぐには自分で埋めない。
一度止まるだけで、「気づいた人がやる」が「担当の人がやる」に戻る余地が生まれる。
本人に何かを気づかせる話ではない。自動であなたに落ちてきていた分岐を、一回だけ手前で止める。それだけだ。
原因が分かっても、明日また同じ穴が空く
ここまでで、あの人が平然として見える理由は分かったと思う。無神経なのではなく、補修されたあとの完成版だけが残っている。だから「なんで分からないの」が届かない。
ただ、理由が分かっても、明日また同じ場所に穴が空く。そして、そこに最初に気づくのは、たぶんまたあなただ。
無料部分で渡した「これは本来、誰の担当か」という確認にも、弱点がある。一度止まったところで、誰も拾わなければ、こぼれたまま残る。 止まるだけでは、仕事は動かない。動かすには、返す先と、返す言葉が要る。
理由が分かっても、あなたが背負う必要はない。この先で扱うのは、見えない後始末を、あなた一人の善意から、組織の判断へ戻す手順だ。
渡すものは、四つに絞った。
その場で止める仕事と、恒常的に引き受けなくていい仕事を分ける判定表
担当と判断を、本人・責任者・上司へ返す三つの一文
「大変です」を「業務がこれだけ後ろへ動いています」に変える、七日間の記録
組織が動かない時のための、撤退線
長い面談も、相手の反省も前提にしていない。次に一件こぼれた時から使える形にした。
この先が向いているのは、カバーがもう日常になっている人だ。
自分の仕事が、毎週のように後ろへ押されている
強く言えばハラスメントになりそうで、結局、黙って直している
相談したいのに、愚痴か相性の話で終わりそうで切り出せない
イライラする自分のほうが悪いのでは、と責めている
この四つの道具に980円をつけた。相手を変えるためではない。あなた一人の仕事として消えていた時間を、職場が判断すべき問題として扱える形に戻すためだ。
次にあの人の後ろで穴が空いたとき、誰の担当かが決まらないまま埋めるか、決めてから動くか。この先で変えるのは、そこだ。
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普通ができない人の構造翻訳アーカイブ Vol.1
▶︎「頑張ってるのに報われない」を構造で解く。発達凸凹のキャリア論まとめ。 原因の切り分け → 再設計の手順 → テンプレまで入っています。
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