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    楜園の暇 ― もんたん亭日乗


     

            その16            私たちは歎史の䞭を生きおいる〜「ファミリヌヒストリヌ」を玡ぐ


 
 挫画家やなせたかしの半生を描いた朝ドラ『あんぱん』も぀いに最終週。初回からすでに故人だった䞻人公の父は柳瀬枅さんずいっお、私の倧䌯父父の䌯父ず、戊前、䞊海にあった日本人孊校「東亜同文曞院ずうあどうぶんしょいん」の同期生であった。「ややこしいなあ、それがどうした」ず蚀われそうだが、父は生前、この䌯父のこずをよく口にしおいた。

 ここでいささかナニヌクなわが家族の系図を玹介しおおこう。私の曜祖父駒蔵ずいうには奥さんが人いお、その人は仲が良く、亀互に生んだ子䟛が少なくずも18人はいたそうな。そのうち、私の祖父にあたる人は「戞籍䞊の劻」の偎で番目に生たれたので䞉郎ずいう、もう䞀方の「内瞁の劻」の偎に生たれた子も、男子は駒蔵の姓を名乗った。子䟛たちは人の母の家を行ったり来たりしお成長した。わが家も、䞡方の芪戚ず芪しく付き合っおきた。
 駒蔵の生たれは安政1857幎だから、圓時はそれほど珍しいこずではなかったのかもしれないが、自分の芪族が二぀に枝分かれしおいる、ずいうのは子䟛心にも䜕だか面癜かった。母もそういうのが奜きな人で、ややこしい家系図を広告玙の裏に描いお解説しおくれるし、父は数倚あたたいる芪戚の面癜゚ピ゜ヌドを、たぶん色を぀けおだが、よく語った。家系図の末端に自分の名があるのも楜しいものだった。

 その埌䜕十幎が過ぎお、私は物曞きの端くれになった。その頃、曜祖父の末嚘圓時85歳を含む芪戚が䜕人か集たる機䌚があり、せっかくだから昔の話を聞いおおこうず、急遜、座談䌚ずなった。テヌプも回しお、父の埓兄匟の䞀人が内容を曞き起こしおくれた。そこではわが父も、芪戚のおじさんおばさんから聞いた話を生き生きず語っおいる。うちの䞀族っお面癜いかも、ず思い、い぀か小説にするぞず決意したものの、父からちらほら話を聞く皋床。ぐずぐずしおいるうちに父は他界し、お悔やみに来おくれた末嚘のおばあさたも、その埌、107歳の倧埀生を遂げた。
 昔を知る人のほずんどが鬌籍に入っおから、ようやく小説に着手。もっず早く始めおいれば、もっず詳现に父の話も聞けたのにず悔いは残る。が、これもご先祖さんの決めた良き時機だったこずにしお、座談䌚の曞き起こしず、協力するず蚀っおくれた父の埓兄匟による調査や蚌蚀をもずに、えいやっず曞き始めた。

 思いがけず、力匷い味方が珟れた。「囜立囜䌚図曞通デゞタルコレクション」である。囜䌚図曞通に保存されおいる膚倧な資料がPDF化されおいお、利甚者登録すれば、自宅に居ながら、キヌワヌド怜玢で読みたい資料の倚くに觊れられるシステムである。デゞタル時代のたさに革呜的なツヌルだ。怜玢ノりハりも埐々に習埗しおくるず、官報や玳士録の情報にもずんでもない歎史が隠れおいるのに気づく。今では博芧匷蚘の倧先茩であり、頌りになる盞談盞手のような存圚だ。

 さお、冒頭の倧䌯父の話に戻る。私の父にずっお、その人誠治郎は、倧奜きな䌯父さんだったらしい。圌が孊んだ「東亜同文曞院」のこずも、私は父から聞いた。
 それは1901幎から1946幎たで、䞊海に実圚した。䞭囜゚キスパヌトを逊成し、ビゞネス、囜際亀流を通じお、日䞭の真の提携を図り、アゞアの平和を実珟する、ずいう理念から蚭立された。孊生は党囜各府県で行われる詊隓で遞抜された公費留孊生で、孊費や生掻費も府県が負担、毎幎、60〜80名䜙りが党寮制生掻で、勉孊ず䞭囜語の習埗に励んだ。日本の敗戊で40䜙幎にわたる歎史を閉じおいる。
 通り䞀遍の近代史を孊んでも、歎史の闇に朜り蟌んで容易には出おこない存圚だったのではないかず思う。実際私も、高校たでの歎史の授業で習った蚘憶はなく、父が教えおくれなければ知らないたただったろう。関連資料を読み始めるず、知らなかった事実がどんどん目の前で立ち䞊がり、それが面癜くおたたらず、倜䞭に目を血走らせるこずもしばしばである。「デゞタル」によっお怜玢の効率が栌段に䞊がったずはいえ、出おきた資料を䞹念に読み蟌む䜜業は同じで、資料の数が膚倧であればあるほど、さらに分析力も問われる。いずれにしおも倧倉な䜜業ではあるのだが。
 それでも、曜祖父以降の人たちが、日本の近代史の䞭に確かに息づいおいたず実感できるのは嬉しい。もちろん䞍明なこずは倚いので、資料ず蚌蚀をもずに、想像力も最倧限に膚らたせ、「実圚の資料、蚌蚀を元にしたフィクション」ずしおの「ファミリヌヒストリヌ小説」を、幎前からこちらで連茉䞭である。


 ちょうど「東亜同文曞院」の恒䟋行事である「倧旅行」を回にわたっおしたためたずころだ。孊生は最終孊幎時、いく぀かの班に分かれおか月もの間、䞭囜党土を汜車、汜船、埒歩で螏砎しお囜情を調査する。これがこの孊校の個性あふれる教育過皋の䞀環だった。小説では、誠治郎ず人の隊員による調査旅行を、たるで芋おきたように曞いおいるが、「デゞタルコレクション」で発芋した、圌らの実際の手蚘を倧いに参考にしたのはいうたでもない。
 手蚘の最埌には、かなり過酷だった旅が終わり、このたた垰るのも惜しいず「銙枯」に向かうこずになった若者たちの歓喜ぶりも描かれおいお、実に埮笑たしく感じたこずをこの堎で付け加えたい。日本党囜から遞抜され、日䞭の未来を倢芋お孊んだ、いわば゚リヌト孊生たちの垣間芋せた若者らしさ。なあんだ、昔の若者も今の子たちず同じじゃない、ず芪しみが湧いた。それが、父ず亀流のあった芪戚のおじさんであるこずも、なんだか誇らしいような。
 もう䞀぀付け加えるず、この手蚘は、期ごずに線集・刊行され、第13期の線集長を務めおいるのが、のちの人気挫画家の父、柳瀬枅さんなのであった。圌は卒業埌、講談瀟に就職し、その埌、倧阪朝日新聞から䞭囜に掟遣され、若くしお客死しおいる。そんなこずも『あんぱん』では䞀郚觊れられおいお、歎史ず身近な出来事が結び぀いたように感じ、心躍った。やなせパパず、わが倧䌯父が、同期以䞊の関係にあったかもしれないず想像するのも楜しい。
 さらに第13期には、のちに「阿片王」ず呌ばれ、戊時䞭、満州で暗躍する里芋甫さずみはじめずいう有名人もいた。父からは四囜に遊びにきた、ずの話も聞いおいる。倧䌯父ず小説的にどう絡むのか、これからわが劄想を逞しくするばかりである。


参考資料 栗田尚哉「䞊海東亜同文曞院 日䞭を架けんずした男たち」新人物埀来瀟、瀟団法人滬友䌚監修「実録 䞭囜螏査蚘 䞊海東亜同文曞院 倧旅行蚘録」新人物埀来瀟、東亜同文曞院第拟䞉期生線「暮雲暁色」支那䞊海東亜同文曞院 柳瀬枅線集・発行、藀田䜳久線著「愛知倧孊東亜同文曞院倧孊蚘念センタヌ叢曞 東亜同文曞院卒業生の軌跡を远う」株匏䌚瀟あるむ刊

䞍定期掲茉です。



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