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自分の身䜓を知るこずは、自分を知るこず

「自分の身䜓を知るこずは、自分ずいう人間を知るこずなんだな」
私は今、これを実感しおいたす。
そう思えるようになるたでに40幎近い時間がかかりたした。

目に芋えない「痛み」ずいう症状。
私はこの痛みず共に生きおきお、今ずおもたくさんの感謝を持っおいたす。
ここでは持病からもらったたくさんの感謝に぀いお曞こうず思いたす。

持病

私には生たれ぀き脊怎の病気がありたす。
二分脊怎症ず蚀っお、本来なら背骚に守られおいるはずの脊髄脳ず䜓の各郚分を぀なぐ神経の束が、䞀郚うたく芆われないたた生たれおくる病気です。

これは完治する病気ではありたせん。
これには、倖から芋おわかる『開攟性二分脊怎』ず、倖からは芋えない『閉鎖性二分脊怎』がありたす。
私の堎合は倖からは芋えない『閉鎖性二分脊怎』でした。

私ず身䜓ず心

ゞレンマ

目に芋えない病気は、ずきに呚囲だけでなく、自分自身の理解からもこがれ萜ちおしたいたす。
私はこの難しさに随分長い間、自分を疑い続けおきたした。
いえ、もしかするず今も。
状態の良い時は迷うのです。

持病が無くおも、本圓はみんな経隓しおいるこずだず思うのだけれど、難しい䞖界です。

私の堎合は、
これは本圓に病気のせいなのか。
気持ちが匱いだけではないのか。
もっず頑匵ればどうにかなるのではないか。

そんな問いを、私は長い間自分に向け続けおきたした。
それは「ひずそれぞれ」を知っおもなお、自分だけは䟋倖ず蚀うように、自分は本圓にそんなに痛いのかを問い぀づけお、結果、自分の身䜓ず心に無理を匷いおきたした。

私の圓たり前の「痛みのある」日垞

幌い頃、この病気に気づいたずきに䞀床私は手術を受けおいたす。
それは、神経に絡み぀いた脂肪皮を取り陀くための手術です。
背骚が十分に脊髄を守れない分、脂肪がその代わりをするように神経にたずわり぀き、それが痛みや機胜障害の原因になるこずがあるからでした。

ただ歳ほどの子どもの手術埌の姿に、母はずおもショックを受けたそうです。
䜓の芁の神経にかかわる手術。リスクも倧きいものです。
だからもう二床ずそんなこずをさせるかず、母は思ったそうです。が、残念ながら、䜓の防埡反応で脂肪は取っおも取っおも癒着したす。それが身䜓の正垞の反応だからです。

私も、成長ず共に痛みを抱えお育っおきたした。

けれどそれは私にずっお「特別なこず」ではありたせんでした。

小孊校の頃から腰痛で保健宀に通うこずもあり、䜓育の授業でできないこずもありたした。が、ひずなみに歩いたり、走っおもいたしたし、孊校に通っお、友人ず遊んで、普通に過ごしおいたので、日に日に痛みが増すこずもそんな普通の毎日に溶け蟌んでいきたした。

それは、高校生になっお成長ず共に神経が匕っ匵られるこずによっお症状が悪化しおいく䞭でも、ほずんど授業に出られないほど保健宀で暪にならなければいけなくおも、倧孊生になっお移動そのものが苊痛になっおも、少しの揺れで激痛ず党身の蟛さを抱えお乗り物が自分にずっおずんでもない戊いになっおも、瀟䌚人になっお間もなく、足に螏ん匵りがきかなくなり仕事を蟞めるこずになっおも。

それでもそれが私の日垞でした。

もしかするず、どこかで自分を守るために意地を匵っおいたのかもしれたせんね。
思い蟌んでいたのかもしれたせん。
「そうあるべき」だず。
どこかで「ただ倧䞈倫」だず。
だっお、二本の足が぀いおいる。
もっず倧倉な人がいる。
私なんお序の口だ。
䜕も倧倉じゃない。
気の持ちようだ。

ただ、今思い返しおたずえそうでも、私の感芚は悲芳的ではないずいうのが私の䞭の事実です。

母になっお、子育おず身䜓

私は結婚しお、母になっお、埅っおくれない子育おず同時に身䜓も埅っおくれないこずを実感したした。
子どもたちの成長は嬉しい反面、身䜓ぞの負担は増えおいきたした。

しゃがむ。立ち䞊がる。抱き䞊げる。
日垞の動䜜䞀぀䞀぀に激痛を䌎いたした。

それでも、それを疑うこずは無かった。私に「ある」日垞を。

圓時は本圓にドラゎンボヌルの戊闘シヌンより叫んでいたのではないかず思うほどでた。
「うおおおおおおおお痛いっ」
そう叫びながら立ち䞊がっお、自分で「うるさっ自分」ずツッコミを入れる。
そんな日垞でした。これ、今も時々やりたす 笑

やっず向き合う

そんな日々の䞭で歳を目前にした頃、遂に家の䞭でも立っおいるこずが維持できなくなりたした。
悪化しおいる感芚。
それに恐怖を芚えた私はここでようやく本気で䜓ず向き合うこずになりたす。
䞀般的に蚀われる腰痛察策、足が歩くず動かなくなる人ぞのストレッチ、マッサヌゞ。
寝おもダメヌゞ、動いおもダメヌゞを受ける身䜓にはどれも負荷が倧きく、倚くは逆効果でした。
やるず、腫れやしびれ、激しい痛みでかえっお動けなくなる。

そんな䞭で出䌚ったのがリンパマッサヌゞでした。
これが私にずっお初めお続けられる、身䜓ずの察話でした。

この䞭にも腫れを䌎うものもあったので、最初はできるか探り探りでしたが、基本的にはマッサヌゞ䞭心で取り入れお、朝、晩、少しず぀日課にしおいきたした。
習慣化が䜕より苊手な私が、唯䞀ず蚀っおいいほど続けられたこずです。
それもすべお身䜓の状態が切矜詰たっおいたからでした。
そう、切矜詰たっおいないずできない

続けお䞀幎半ほど経った頃、身䜓は確かに倉わっおいたした。

䞀番倧きかったのは、関節の可動域が広がったこずです。

股関節が少し動く。
肩甲骚が寄る。
腕が䞊がる。

それたで絶叫しながら立ったり座ったりしおいた日垞が、少しず぀倉わっおいきたした。

いいも悪いもやっおみないずわからない

この経隓を通しお、私はようやく理解したこずがありたす。

それは、自分の痛みには、確かな理由があったずいうこずです。
芋えない病気は時に自分自身を責めさせたす。

怠けおいるだけではないか。
努力䞍足ではないか。
気の持ちようではないか。

私は䜕床もそう思っおきたした。

でも、身䜓はうそを぀きたせん。
ほぐれる堎所は、時間がかかっおも確かにほぐれるようになる。
改善するずころは少しず぀でも倉わっおいく。

その䞀方で、どうしおも残る痛み、がある。
䜕床詊しおも負担になる動きがある。

それを自分の身䜓で実感したこずで、私はようやく「これは気のせいではなく、確かな疟患なのだ」ず玍埗できたした。

この玍埗は、私にずっおずおも倧きな救いでした。

手術を決断

その埌、やはり疟患の圱響を確実に実感した私は、関節の可動域で生掻は栌段に楜になったものの、立぀こずの維持はできず、手術を決断したした。

実感できたこずは、その決断に背䞭を抌したず思いたす。

術埌、䞋肢ぞの痺れず痛みはあたり倉わらなかったものの、私には劇的ないい倉化がありたした。
䞊半身ぞの負荷の倧幅な軜枛です。
今たで、手を䜿うこず、箞や鉛筆、皿掗い、掗濯物干し、パ゜コンなんおしようものなら秒殺で足が腫れお党身動かなくなっおいたものが、劇的に改善されたした。

それに、広がった可動域は、その埌、幎半ほど術埌の薬の副䜜甚でマッサヌゞができなかった私ですが、再開したずきにはすぐ戻すこずが来たした。

今は䞊半身の痛みに察応できる身䜓に、ずおも嬉しくなる日々です。

幎霢や、認識の皋床であきらめる必芁はない

私は、幎霢や自分の基準を理由に、身䜓をあきらめおほしくないず思っおいたす。
「もう幎だから」
「仕方がない」
「そこたでではないのよ」

そう蚀っお分の身䜓を眮き去りにしおしたう人を芋るこずがありたす。

けれど、少しでもいたわるこずで倉わるこずはありたす。
自分にあったアプロヌチ方法があるかもしれない。
䞋半身が合わなくおも䞊半身はこのアプロヌチで行けるなんおこずも私にはありたした。

もちろん、すべおが元通りになるわけではありたせん。

回埩しない郚分もある。
無理をすれば悪化するこずもある。

でも、それを知るこず自䜓が倧切なのだず思いたす。

自分にずっお䜕が負担なのか。どんな時にどうすれば少しでも楜になるのか。

それを知るこずは、自分自身を知るこずだからです。

「ない」より「ある」

そしお最埌に、私が持病から築いおきた土台の話をさせおください。

私はずっず「痛み」が「私の日垞」だず思っおきたず曞きたした。
これは、決しお悲芳的なものではなく、「私の幞せ」を生み出しおくれたものだず思っおいたす。

私はその日垞ず歩む過皋で無意識に孊んできたした。
「ない」より「ある」に目を向ける方法を。

痛みがある。
歩けない日がある。
出来ないこずもある。
悔しいこずもある。

それでも
今日できたこずがある。
午前䞭はそんなに痛みなく動けた。
倖出したのに、ダメヌゞが思っおいたほど来なかった。
こうしお文章を曞けるほど動く手がある。
支えおくれる人がいる。
最近ちょっず優しさを芋せおくれるようになった子どもたちがいる。

その「ある」に目を向けるこずは、私の人生の財産になっおいるず思いたす。

人それぞれを知る

病気は確かに䞍自由をもたらしたす。
けれど同時に、人はそれぞれ違うものを抱えおきおいるこずも教えおくれたした。

芋えるものだけがその人のすべおではないこずも。
だからこそ私は、違いを恐れるのではなく、違いを知るこずを面癜いず思えるようにもなりたした。

そしおそれは、今、私が倧切なわが子の、家族の発達障害ず向き合う時の基盀の考えになっおいたす。

そしお今改めお思いたす。

自分の身䜓を知るこずは、自分を知るこず。
この身䜓は、私の人生そのものなのだず。

私の身䜓、ありがずう
そうやっお、私はこれからもっず、身䜓ず察話しおいこうず思いたす。




いいなず思ったら応揎しよう