「自分に何ができるだろうか」と、今日も問い続けている
コロナ禍のある日、「自分に何かできることはないだろうか」という問いが、頭から離れなかった。
連日のように、自殺や孤立に関するニュースが報じられ、社会全体が先の見えない不安に包まれていた。
さらに、幼い頃から大好きだった大物コメディアンの訃報にも接した。
あまりにも突然の別れだった。
幼い頃から笑わせてもらった人が、新型コロナウイルスによって命を落としたという現実は、私に大きな衝撃を与えた。
人はいつ、どのような困難に直面するか分からない。
その思いは日に日に強くなり、気づけば身体が動いていた。
振り返れば、それまでの私は、高齢者分野で在宅介護支援センターや地域包括支援センターの相談員、介護支援専門員(ケアマネジャー)として、十年以上相談支援に携わってきた。
一人ひとりの高齢者に寄り添い、その人らしい生活を支えること。
それが私の仕事だった。
当時の私は、ソーシャルワーカーとして専門性を磨き、一人の利用者と深く向き合うことが自分の役割だと考えていた。
しかし、コロナ禍は私のキャリアを大きく変えた。
私は本業とは別に、夜間のこころの電話相談員として活動を始めた。
私が担当した電話相談は、自殺関連の相談窓口と隣接する部署で運営されていた。
相談の現場には、常に切迫した緊張感が漂っていた。
その後は、子どもや保護者を対象としたSNS相談にも携わるようになり、電話相談とSNS相談を合わせると五年以上、相談支援を続けている。
SNS相談では、児童本人から直接声が届くことも少なくない。
休日に十分な食事を与えられず、一人で過ごしている子ども。
家庭の中に安心できる居場所がなく、不安や孤独を抱えながら助けを求めてくる子ども。
そのような相談に触れるたび、私は強く感じる。
表面的には児童の課題に見えても、その背景には父親や母親の課題があり、家庭全体の問題が横たわっていることを。
例えば、家族が大きな課題を抱えている場合、とりわけ両親の問題は、子どもの人生に深い影を落とす。
発育期に受ける親の影響は、決して小さくない。
一件一件の相談に、目の前の子どもの未来を重ねながら向き合ってきた。
もちろん、中には同じ内容で何度も電話をかけてくる、対応の難しい相談者もいる。
寄り添いながら話を聞き、限られた相談時間の中で丁寧にクロージングする。
その一本一本にも、心を無にして向き合わなければならなかった。
電話相談は、想像以上に体力と精神力を消耗する仕事だった。
相談者の苦しみや悲しみに耳を傾け続ける日々。
自分でも気づかないうちに、疲労やストレスが静かに積み重なっていた。
ある日、受話器を手にした私は、どうしても声が出なかった。
「もしもし。」
その一言が出ない。
しばらく沈黙が続いた。
それでも何とか掠れた声を絞り出し、会話を続けた。
あの頃、支援者として苦しさを感じるたびに、私は心の中で「心頭滅却すれば火もまた涼し」と、念仏のように唱えていた。
今思えば、あの時間は修業そのものだったのかもしれない。
相談員である前に、自分もまた一人の人間なのだと痛感した。
だからこそ、支援には一人で抱え込まない仕組みが必要であり、支援者自身を支える環境も欠かせないのだと学んだ。
電話相談やSNS相談を続ける中で、私の支援に対する考え方も大きく変わっていった。
それまで私は、一人の利用者に寄り添う「点」の支援を積み重ねてきた。
しかし、一人の悩みの背景には家族があり、学校があり、地域があり、社会がある。
一人の人間の人生を考えてみても、児童となり、子育て世代となり、高齢者となる。
障がいを抱えることも、決して他人事ではない。
人生は一つの制度や一つの専門分野だけで完結するものではない。
だからこそ、縦割りではなく、人の人生全体を総合的に見ていく視点が必要なのだ。
私は、ソーシャルワーカーには専門性を深める「縦のキャリア」だけではなく、分野を越えて支援の幅を広げる「横のキャリア」も必要なのだと考えるようになった。
その思いから、今は限られた隙間時間を積み重ねながら、大学で子ども家庭ソーシャルワーカー資格取得のための研修を受講している。
学び続けることもまた、私にとって支援の一部だと考えている。
学び続けている今も、社会は立ち止まってはくれない。
そして今、熊本地震のニュースを目にしている。
コロナ禍の頃と同じように、「自分に何ができるだろうか」と考えている自分がいる。
災害も、病も、別れも、誰にでも突然訪れ得る。
社会が大きく揺れ動くたびに、人々が抱える悩みも変化し、それに伴ってソーシャルワーカーに求められる役割も変わっていく。
私もまた、その変化に応えられる存在でありたい。
私のキャリアは、資格を集めることが目的ではない。
社会が変われば、人の悩みも変わる。
だから私は学び続ける。
あの日、自分に問いかけた。
「自分に何ができるだろうか。」
その問いに、これからも答え続けていきたい。
その時代に必要とされる支援を届けられるソーシャルワーカーであるために。
それが、私なりの「これからのキャリア」である。
