無気力を学ぶな、気力は伝染する。
「別に、自分が才能あるとは思ってないんですよ」って、たまに言う。やっぱ、本物の天才って人を見てきちゃったし、それと比べたら劣っているよなあと思うことが多い。実際、これといって特別な武器があるわけじゃない。
でも、「できるまでやるから、できる」って、そう思ってる節はある。そしてそれを、本気で信じられる環境でのびのびと育ててもらったと思う。実家を出たあとの、社会人としての話ですが。
日々生きていく中でいちばん怖いなと思うのは、無気力を学習してしまうことだ。こういうもんだから、と思い、選択肢を持つことすらしない、そうやって人生が収束していくことを想像すると怖い。
やり方が合わなかっただけかもしれないのに、うまくいかない経験と繰り返される否定的なフィードバックは、「私には無理かも」と思わされる。特に、定量的なものと関係ないところで繰り返される、感覚的で属人的な否定は「私はやっぱできない人間なのかもしれない」と誰かを思わせるのに十分だなと思う。
「やっぱ君はできないね」って顔をされ続けると、本当にできない気がしてくる。そうして行動が止まり、発言が減り、何かを始める気持ちすら萎んでいく。「やっぱできなかった」と思われるのが嫌で、そもそも何かをしようとする気力が失われていく。
そしてその無気力は、気づかぬうちに根を張って、居座ってしまう。
でも私は、とっても運がよかった。いつも運がいい!
繰り返し、根拠のない否定的な発言を浴びせられ、自信を失う時もあったけど「五味ちゃんは、いてくれるだけで元気が出るからすごいよ!」と支えてくれる人がいたし、私がもうだめだとふさぎ込んでいる時に「できるよ」って言ってくれる人たちと出会えた。
「お前にはできない」と言われるたびに、「あなたに私を測れる物差しがないだけでは? 私はできる!」って思わせてくれる人たちがいた。
そうやって、のびのびと、すくすくと、育ててもらった。私は大人になってから、ようやくそういう人たちに出会えた。そして今、その感覚を、できるだけ失わないように気をつけている。
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