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ガむドブックに茉らぞん 京郜歳時蚘

京郜の䞀幎は、行事で巡る。よそから来た人には、ガむドブックに倧きう茉っおる桜ず玅葉だけが京郜の季節に芋えるかもわからん。けど、ほんたにおもしろいのは、もうちょっず地味で、もうちょっず奥にある幎䞭行事のほうや。

僕はそれを、しょうじさんのブログ「人生は短い - きょうのわたし」を歳時蚘がわりにしお教わった。八十を超えおなお毎日京郜を歩いお、小さな気づきを曞き留めおはる人の目を借りお、京郜の䞀幎を、春から順に巡っおみる。

春

梅から始たる京郜の春――北野倩満宮

京郜の春は、桜より先に梅から開く。孊問の神さん、菅原道真をた぀る北野倩満宮には、道真が奜んだずいう梅が玄千五癟本。境内が玅癜に染たるず、ああ春やなぁず思う。

おもしろいのは、ここの梅苑が数幎前に「花の庭」ず名を改めた䞀件や。江戞のはじめ、束氞貞埳ずいう人が京郜の「成就」ず名の぀く䞉぀の寺に、雪・月・花の庭を䞀぀ず぀䜜った。雪の庭劙満寺、月の庭枅氎寺、花の庭北野。花の庭は明治の神仏分離で廃れおしもおたんが、癟五十幎ぶりに「再興」されお、雪月花がそろった——ず聞いお出かけたしょうじさんは、珟地で「なんや、もずの梅苑を改名しただけか」ず気づいお苊笑しおはった。それでも、道真を慕お倧宰府ぞ飛んだずいう䌝承の「飛梅」、その遺䌝子を継ぐ䞀本が、移しおから初めお䞀茪咲いた、ずいう暩犰宜の話には、ちゃんず京郜の春が宿っおる。

「賀茂祭」がなんで「葵祭」になったか

五月十五日は葵祭。平安の装束をたずうた王朝行列が、埡所から䞋鎚・䞊賀茂ぞず緎り歩く、京郜䞉倧祭の䞀぀や。神事に関わる人らが二葉葵(ふたばあおい)の小枝を身に぀けるさかい「葵祭」ず呌ぶ、ずよう蚀われる。

けど、しょうじさんがブログで玹介しおはった、ある歎史孊者の説がおもしろい。この祭はもずもず「賀茂祭」ず呌ばれおお、応仁の乱で途絶えたんを、江戞の元犄䞃幎に埳川幕府の肝いりで埩掻させた。その埳川家の家王が、䞉぀葉葵。行列に葵の葉を䜿う習わしず、葵の王がぎたりず重なる。そやから、埳川に぀ながる人らが「これはめでたい」ず「葵祭」ず蚀い出したんず違うやろか——぀たり「葵祭」ずいう呌び名は、江戞時代の“忖床”の産物かもしれん、ずいうわけや。ほんたかどうかは分からんけど、こういう䞀筋瞄でいかん話が、いかにも京郜らしい。

぀぀じの名所は、氎道の浄氎堎――蹎䞊

ゎヌルデンりィヌクになるず、東山のふもずの蹎䞊(けあげ)で、ふだんは入れぞん浄氎堎の門が開く。桜の倧阪造幣局「通り抜け」の京郜版で、぀぀じが玄四千六癟本。琵琶湖の氎をここで浄(きよ)めお京郜の氎道にしおる、その斜蚭が、幎に数日だけ花のために開攟される。普段は閉じおる堎所が、季節のためにだけ開く——その埋儀さが、なんやうれしい。

倏

あじさいの寺――䞉宀戞寺

梅雚に入るず、宇治の䞉宀戞寺(みむろどじ)が「あじさいの寺」ずしお知られる。京郜ではよう宣䌝される花の名所で、入口は「拝芳料」やのうお「入山料」。石段を登るず、顔は翁で䜓は蛇がずぐろを巻く、なんずも劙な石像がある。宇賀神(うがじん)ずいう神さんで、耳をさわれば犏、髭を撫でたら長寿、尟をさすったら金運、ず札が貌っおあっお、みんなが順に觊っおいく。あじさいの斜面の向かいはツツゞ、秋は玅葉ず、四季をずおしお花の絶えん寺や。信仰のお寺ずいうより「芳光寺院」やな、ずしょうじさんは正盎に評しおはった。それでも梅雚どきに斜面を埋める䞀䞇株のあじさいは、雚に濡れおこそ矎しい。

祇園祭・長刀鉟――刃は、ほんたに埡所を避けおるか

䞃月の京郜は、たるたるひず月、祇園祭や。山鉟巡行で必ず先頭をゆくのが、くじ取らずの長刀鉟(なぎなたがこ)。その鉟の先っぜの長刀の刃は、八坂さんや埡所のほうぞ向けんように付けられおる、ずいう蚀い䌝えがある。

ずころが、ある幎、芳芧垭で巡行を芋おたしょうじさんは、刃が埡所の方角北を向いおるのに気づいお目を疑わはった。もずもず四条通に立぀ずきは、北の埡所を避けお刃は南向き。せやけど蟻回しで河原町を北ぞ、埡池を西ぞず進路が倉わるうちに、刃はだんだん北を向いおしたう。昔は鉟の向きが倉わるたびに刃も付け替えおたんが、い぀からかやめおしもたんやろか、それずも自分の聞き違いか——ず銖をかしげながら芋送っおはった。蚀い䌝えず珟堎のあいだの、こういう小さなズレに気づけるのが、毎幎芋おる人の匷みや。

ハスの葉で飲む酒――象錻杯

梅雚が明けるころ、府立怍物園では朝早うからハスが開く。芳蓮䌚では「象錻杯(ぞうびはい)」ずいうのをやる。ハスの倧きな葉にお酒を泚いで、葉の付け根に開けた茎の穎から、ちゅうっず吞うお飲むのや。葉の䞊に泚いだ酒を茎から吞う姿が、象が錻を持ち䞊げたみたいに芋えるさかい、この名がある。暑気払いになるそうやけど、しょうじさんいわく、けっこう匷う吞わな出おこんらしい(笑)。涌しい朝に、ハスを愛でお䞀杯。これも京郜の倏や。

よみがえった川の䞃倕――京の䞃倕

倏の盛り、堀川(ほりかわ)の遊歩道で「京の䞃倕」がある。堀川は、安土桃山のころは資材を運ぶ運河やったんが、いっぺん枯れおしもお、近幎、遊歩道ずしお生き返らせたものや。そこにLEDの「倩の川」が流れ、䞊流から青い光の玉がプカプカず流れおくる。笹には短冊。仙台や平塚の䞃倕に比べたらこぢんたりしおるけど、よみがえった川面に光が揺れるのは、これはこれで優雅なもんや、ずしょうじさんは曞いおはった。䞀遍死んだ川が、倏の数日だけ光をたずう。それも、いかにも京郜らしい再生のかたちや。

五山の送り火――氎に映しお飲んだら長生き

八月十六日の晩、京郜を囲む山々に「倧」の字や鳥居圢が浮かぶ。お盆に垰っおきた粟霊を送る、五山の送り火や。

しょうじさんが曞いおはった蚀い䌝えがええ。「送り火を、盆に匵った氎に映しお、その氎を飲んだら長生きする」。いたは街の明かりが倚うお、氎に映すのは難しいけど、昔の人は手桶や盥(たらい)の氎面に小さな炎を映しお、そっず飲んだんやろう。山に燃える倧きな火を、手のひらほどの氎に受けお、わが身の延呜を願う——その慎たしさが、しみじみええなぁず思う。

秋

重陜の節句――菊に真綿を着せる

九月九日は重陜(ちょうよう)の節句。五節句のなかで、これだけ䜕をする日かよう知られおぞん。しょうじさんが区圹所の展瀺で芋お曞いおはったんが「着せ綿(きせわた)」や。

重陜の前の晩、菊の花に真綿をふわりず被せおおく。ひず晩で綿が倜露ず菊の銙りを吞う。その綿で顔や䜓を拭うず、䞍老長寿でいられる——そういう、はんなりした颚習や。展瀺には「京郜では寺瀟や地域で今も受け継がれおいたす」ずあっお、埌日しょうじさんは、近所の老舗の人圢屋のショヌりむンドヌに、菊の䞊に綿をのせた着せ綿がちゃんず食っおあるのを芋぀けはった。「孊んでたから気づけた」ず。知っおる目だけが芋぀けられるものが、京郜にはようさんある。

時代祭――ほんたの䞻圹は、行列やない

十月二十二日は時代祭。明治から平安たで、千幎の装束をたずうた行列が郜倧路を緎り歩く、これも䞉倧祭の䞀぀や。みんな行列ばっかり芋るけど、しょうじさんはそこに蚻を぀けおはる。時代祭は、もずもず平安神宮にた぀られた桓歊倩皇ず孝明倩皇に、いたの京郜の姿を芋おいただくためのお祭りで、あの華やかな時代行列は、その「ほんの䞀郚」にすぎん、ず。お神茿が䞻圹で、行列はお䟛。そう聞くず、芋慣れた行列も、ちょっず違うお芋えおくる。

氞芳堂の玅葉ず、振り返る阿匥陀さん

秋の京郜は、どこも玅葉でいっぱいになる。なかでも東山の氞芳堂(えいかんどう)は、昔から「もみじの氞芳堂」ず呌ばれる名所や。

ここのご本尊が、ちょっず倉わっおる。「みかえり阿匥陀」――顔を巊の埌ろぞひねった、振り返る姿の阿匥陀さんや。お堂の奥、金網の厚子におさめられおお、正面からやのうお、右の暪から近づいお拝むようになっおる。み仏の顔のずころだけ、金網が切り取っおあっお、よう拝める工倫がしおある。遅れおくる者を埅っお振り返っおくれおはる——そんなお姿やず聞くず、燃えるような玅葉のなかで、なんやほっずする。

冬

山科矩士た぀り――倧石内蔵助は、京郜にいた

十二月十四日は、忠臣蔵の蚎ち入りの日。忠臣蔵ずいえば江戞か播州赀穂やず思いがちやけど、京郜も忘れたらあかん。倧石内蔵助は、蚎ち入りの前、京郜の郊倖の山科(やたしな)に隠れ䜏んで、遊里で攟蕩を装うおた。その隠居の旧地が、いたの岩屋寺で、「倧石良雄 山科 閑居址」の碑が立぀。

毎幎この日、四十䞃士に扮した行列が山科を緎り歩く山科矩士た぀りがある。隣の倧石神瀟たで進む道䞭に、しょうじさんは浪曲ずの深い瞁を芋぀けおはった。岩屋寺には名高い浪曲垫が灯籠を寄進し、その埌に「忠臣蔵」の挔目が倧圓たりしたずか、倧石神瀟の創建に浪曲界の倧スタヌが力を貞したずか。圓日は九十八歳の珟圹の浪曲垫が、垣芋巊内を隙る名堎面を熱挔したずいう。京郜の山科に、こんな垫走の物語が眠っおる。

節分の茅の茪――幎に二回くぐれるのは、二瀟だけ

二月の節分。たいおい思い浮かぶのは豆たきやけど、しょうじさんが目を぀けたんは「茅の茪(ちのわ)」のほうや。

茅の茪は、ふ぀う六月末の「倏越(なごし)の倧祓」にくぐっお半幎の穢れを祓うもの。ずころが粟田(あわた)神瀟では、節分にもこの茅の茪を立おる。䞀幎の埌半に向けおの、もう䞀回の厄払いや。明治の叀い蚘録をもずに、近幎たた始めたずいう。山科の折䞊(おりがみ)皲荷にも同じ茅の茪があっお、京郜で幎に二回茅の茪を蚭けるのは、この二瀟だけやそうな。同じ街に長う䜏んで、あちこち歩いお、叀い蚘録たで圓たる人やからこそ拟える話や。

䌏芋皲荷の初詣ず、お山めぐり

そしお幎が改たる。元日、関西でいちばん初詣の人が倚いのが、千本鳥居で名高い䌏芋皲荷倧瀟や。䞉が日でおよそ二癟䞃十䞇人。倖囜の人にも長幎いちばん人気の京郜の堎所やずいう。

しょうじさんは、初詣の぀いでに「お山めぐり」をしはった。朱の鳥居をくぐり抜けお、皲荷山の頂䞊たで登るのや。ふもずの賑わいを抜けお山に分け入るず、無数の鳥居ずお塚が続く、京郜のもう䞀぀の顔がある。人混みのその先ぞ、もうひず足。新しい幎も、そうやっお歩きはじめる。

おわりに

こうしお䞊べおみるず、京郜の䞀幎は、ようできた円(たる)やなぁず思う。梅から桜、぀぀じ、ハス、送り火、菊、玅葉、そしお初詣。ひず぀巡っお、たた梅に戻る。

そのどれもが、ガむドブックの倧芋出しの、ちょっず隣にある。知っおる目で歩けば、芋慣れた街角にも、季節の小さな扉がいく぀も開いおる。しょうじさんに借りた目で京郜の䞀幎を歩いおみたら、来幎の梅が、いたから埅ち遠しゅうなった。さお、次はどの扉を芗こか。


この文章は、京郜にお䜏たいのしょうじさんのブログ「人生は短い - きょうのわたし」http://iroiro41.blog67.fc2.comを愛読し、ご本人の蚱しをいただいお、深い敬意ずずもに曞かせおもろたものです。匕甚した行事や蚀い䌝えは、同ブログや、しょうじさんに盎に教えおもろたこずに基づいおたす。京郜の䞀幎の愉しみ方を教えおくださっお、ほんたにおおきに。