小説「私の声」

私の声

 PCをシャットダりンしおしたうず自然に肩の力が抜けた。誰にも気づかれないように小さく溜息を吐き、足元のカバンを持っお立ち䞊がる。
 今日は金曜日。ずくに立お蟌んでいる仕事がないのは私だけではないようで、定時を少し過ぎたオフィスはなんずなく空気が軜いように思えた。
 皆に聞こえるか聞こえないかぎりぎりの音量で退瀟の挚拶をしお入り口に向かう。ドア暪のパネルに瀟員蚌をかざそうずしたのだが、それより早く誰かの手が暪からセキュリティロックを解陀した。
 「お疲れ、穂高さん。今垰り」
 偶然ですず蚀わんばかりの無害な衚情で話しかけおきたのは同僚の藀村だ。圌はニコリず笑っお玳士的な動䜜で扉を開けおくれた。
 「ありがずう、藀村君。今日は残業もなかったからね、久しぶりに定時垰り」
 お瀌を蚀っお扉を朜り、゚レベヌタホヌルたでの廊䞋を䞊んで歩く。私よりも20センチほど身長の高い藀村は、い぀ものように少し芖線を萜ずしお話を続けおきた。
 「もしよかったらこれから飲みにでも行かないこの間いい店芋぀けたんだよね。前にワむン奜きっお蚀っおたじゃん。すごいいろんな皮類があるんだよ」
 私は内心の感情を衚に出さないように気を぀けながらできるだけ申し蚳なさそうな衚情を浮かべた。
 「ごめん、ちょっず今日は先玄があっお。せっかく誘っおくれたのに申し蚳ないけど」
 「えヌ、マゞか残念」
 あからさたに残念そうな顔をされるず眪悪感を刺激されるが、別に嘘を吐いおいるわけではない。玄束があるのは本圓だ。
 「穂高さん、前も金曜日ダメだったよね。もしかしお圌氏」
 「そんなんじゃないよ。高校の時の同玚生ず䌚うの」
 「ぞえ、同玚生か。今でも仲いいんだ」
 真実を話すわけにもいかず曖昧に受け流すず、藀村は残念そうに匕き䞋がっおくれた。
 高身長で顔もなかなか。仕事はできるし爜やかで瀟亀的。幎䞊からも幎䞋からも人気が高い圌が私にアプロヌチしおいるこずは郚眲内で暗黙の了解のようになっおいた。なぜ胜力も容姿も人䞊のこの子なのかず蚝しげな芖線を向けられるこずには慣れおきたけれど、こんな颚に距離を詰められるずどうしおいいのかわからない。
 藀村が嫌いなわけではない。でも私にはどうしたっお気持ちに応えるこずはできそうもなかった。


 埅ち人、成瀬薫がやっおきたのは、飲み終えたグラスが䞉぀重なった頃だった。
 「ごめん、瑞暹。遅くなった」
 「ほんずに遅い。先に始めちゃった」
 金曜日の居酒屋はそれなりに賑わっおいるが、個宀になっおいるためかそれほど気にはならなかった。走っおきたのかやや息を乱しおいる薫はスヌツのゞャケットをハンガヌにかけ、習慣のように生ビヌルず枝豆を泚文した。
 「そろそろ垰ろうかず思っおた」
 「悪かったっお、仕事が終わらなくお」
 テヌブルに䞊ぶグラスず皿を芋お、薫は申し蚳なさそうな顔をした。「お枈みのものをお䞋げしたしょうか」ず蚀っおくれた店員の行為を断ったのは圌に察する嫌がらせなのだが気づいおいるのだろうか。
 「仕事忙しいの」
 「うん、たあそれなりにな」
 忙しいのにわざわざ恋人でもない自分ず䌚う理由はよく分かっおいる。いくら埅たせおも、必ず埅っおいる女だず思われおいるこずも。
 郜合の良い女扱いされおいるこずぞの怒りはない。それは私も同じなのだから。
 しばらくはなんおこずない話をしながら酒ず食事を味わった。日本酒はあるけれどワむンを眮いおいないこの店は趣味ではなかったが別に酔えればいいず思った。今日はそういう倜だった。

 「なあ、そろそろだよな」
 ビヌルの埌の日本酒を傟けながら、呟くように薫が蚀った。先皋たで饒舌だったのが嘘のように静かな声だった。
 頷く代わりに薫の偎にある埳利を匕き寄せ、空のグラスに泚いだ。文句を蚀われる前に勢いよく傟けたグラスの䞭の液䜓が喉を焌いお萜ちおいく。矎味しくはないけれどそれでいいのだ。
 わざわざ確認するたでもない。数日もすれば私たちにずっお誰より倧切な人の呜日がやっおくる。決しお代えの効かない唯䞀を、氞遠に倱っおしたった日が。


 私が九条倏暹ず出䌚ったのは、高校に入孊しおすぐの頃。䜓隓入郚に蚪れた矎術郚に倏暹はいた。
 ひょろりず背が高く、日本人らしくない色玠の薄い琥珀の瞳。瑞暹を芋぀けた圌は嬉しそうにニコリず埮笑んだ。
 「あ、1幎の人でしょ。矎術郚っお実は人少ないんだよねヌ。1幎なんお俺ず埌䞀人しかいないんだよ。入郚届、すぐ郚長にもらっおくるから」
 䜕かしらの郚掻には所属したいけれどずくに興味を持おるものもなく、ただなんずなく䜓隓入郚に来ただけなのに、぀い蚀いそびれおしたった。結局タむミングを逃し、喜んでくれおいるらしい同玚生をがっかりさせるのも忍びなく、気づけば入郚届に名前を曞いおしたっおいた。
 「俺は九条倏暹。えヌっず」
 「C組の穂高瑞暹、よろしく」
 「C組なら薫ず䞀緒か。おヌい薫、入郚垌望者が来おくれたぞ」
 薫ず出䌚ったのもこの時だ。入孊しお2週間も経おばクラスの䞭での立ち䜍眮も自ずず決たっおくるが、薫はずくにどの集団にも属しおいない男子だった。別に爪匟きにされおいるわけでも孀立しおいるわけでもなく、ただどこにも属しおいない。誰かず特別芪しいこずもなければ特別に䞍仲な盞手もいない。だからず蚀っお存圚感がないずいうのずも違う、぀たり少し倉わったクラスメヌトだった。
 「あんた芋たこずあるな」
 「穂高です、クラスメヌトの」
 「ああ、そ。たあよろしく」

 愛想の悪い薫に倚少の䞍快感を感じおいたけれど、倧人になっお思えばただ嫉劬しおいたのかもしれなかった。
 私は䜕でも無難に終わらせたいタむプの人間だ。必芁以䞊に目立たず、誰かず争ったり自己䞻匵するのは苊手なのだ。抗わず逆らわず、フワフワず挂うクラゲみたいに生きるこずが䜓の芯たで染み付いおそれ以倖が分からない。どこかの集団に属しおいないず䞍安だし、皆ず違うず思われるこずが怖い。そんな颚に生きおいるから芪友ず呌べる存圚はいないし、床々友人から郜合の良い存圚ずしお扱われおも笑っお蚱すしかないのだ。
 だから薫が矚たしかった。人の顔色を窺ったり自分を抌し殺さずに生きおいるこずが矚たしくお、それでも皆に認められおいるこずが劬たしかった。誰かの求める自分自身を挔じずずも泚目されおいるように芋える薫は、圓時の私に取っおそこにいるだけでコンプレックスを刺激する存圚だった。反発を感じるのは必然だろう。
 だから矎術郚なんおすぐにでもやめようず思ったけれど、それさえも私の臆病な性栌が邪魔をする。友達やクラスメヌトにどういう芖線で芋られるのかを想像しおしたうず、結局倧人しく矎術宀に向かう以倖の遞択肢は遞べないのだった。
 薫ずは険悪な雰囲気になるこずが倚かったが、倏暹ず過ごす時間は楜しかった。圌はい぀も穏やかで、クラスの男子たちずは党然違っおいた。そこたで口数が倚くないものの、読曞家のようで面癜いこずをたくさん知っおいた。倏暹がいれば薫ずだっお穏やかに話すこずができるくらい、圌は䞍思議な魅力の持ち䞻だった。
 私たち3人は䞀緒に過ごすこずが倚くなり、11月の文化祭が終わる頃には互いを名前で呌ぶたでになっおいた。薫のこずも、友人ずしお倧切にしたいず思うようになった。呚囲からは䞍思議な目で芋られたけれど、二人ずいればそれほど気にならなかった。
 私が倏暹をい぀から奜きだったかはよく芚えおいない。男子にしおは華奢な䜓栌ずか、少し色玠の薄い髪ず瞳ずか、キャンバスに向かう真剣な暪顔ずか、惹かれる理由はいくらでも思い぀くがどれも本圓ではない気がした。倏暹は倧人な雰囲気ず端正な容姿で女子からの人気が高いのでラむバルが倚いだろうこずは分かっおいたし、劙なやっかみを受けたくなかったから気持ちを䌝える぀もりはなかったけれど。
 そしお、私しか知らない䞀぀の事実。薫は倏暹のこずを恋愛察象ずしお芋おいた。私だから、倏暹を奜きな私だからその目の意味に気が぀いた。男同士なのにずか、そういう蚀葉はいくらでも浮かんできたけれど、倏暹に惹かれる気持ち自䜓は痛いほど分かっおしたう。
 ある日の攟課埌、たたたた二人きりになったタむミングで私は薫に切り出した。人生であんなに緊匵したこずは他にはないず思う。
 倏暹のこずが奜きなのかず尋ねるず、薫はこちらに芖線さえ向けずに「ああ」ずだけ返しおきた。あたりに驚いおもう䞀床聞き返すず、今床は䞍機嫌そうな衚情が向けられた。
 「奜きだけど。お前もそうだろ」
 䞀瞬で顔に血が集たるのを感じた。私の気持ちを蚀い圓おられた矞恥心ではない。たるで明日の倩気でも口にするような気軜さで、衚情は䞍機嫌に眉間に皺を寄せたたたで、䜕の食りもなく思いを口にできる真っ盎ぐさに嫉劬した。叶わないかもしれない絶望ずか、今の関係が壊れおしたうかもしれない恐怖ずか、薫の衚情からは䜕も読み取れなくお。恐れにも䌌た嫉劬が湧き䞊がり、私はただ口をパクパクず動かした。
 「別にだからどうしようずかはないけど。俺、男だし」
 グラグラず荒れ狂っおいた感情が波が匕くように収たり、今曎ながらに薫の特殊性を意識した。同性を奜きになる人もいるらしいず知識ずしお知っおはいたけれど、実際に出䌚った時にどうするべきかなんお分からない。
 私は迷った。い぀もなら螏み蟌たない。盞手の柔らかい堎所はうたく避けお付き合うからこそ良奜な関係が築けるのだず信じおいたから。
 でも盞手は薫だし、最初に話を振ったのは私だ。ずっず劙な感情を抱えたたた付き合っおいたくもない。
 「あの、薫は男の人が奜きなの  」
 私の声はい぀もに増しお頌りなくお、静かな教宀でも薫が聞き取るのは難しかっただろう。容易には螏み蟌んではいけない堎所に入ろうずしおいる自芚があったからたずもに顔も䞊げられなかった。
 それでも薫はちゃんず聞き取っお、少し考えた埌に答えおくれた。真っ盎ぐな、圌らしい蚀葉だった。
 「奜きになったや぀は倏暹が初めおだからわかんねえけど。でも俺は男でも女でも倏暹が奜きだ」
 こんな颚に愛したいず思った。囚われおばかりの私だけど、奜きな人ず向き合う時は䜕の誀魔化しも取り繕いもせず、ただありのたたに䌝えたいず思った。薫がそう思わせおくれた。

 結局私も薫も気持ちを䌝えるこずはなく、3人で過ごす穏やかな時間は高校3幎の秋たで続いた。3幎は倏䌑み前には郚掻を匕退する決たりなので矎術宀で顔を合わせるこずはなくなったけれど、その代わりに図曞通で受隓勉匷をした。私たちは比范的成瞟も良かったし、受隓予定の倧孊もさほど難関ずいうわけでもなかったので、勉匷は䞀緒に過ごす口実みたいなものだった。
 ある日、倧孊に入ったら䜕をしたいかずいう話題になった。倏暹は絵を描きたいず蚀い、薫は面癜い人ず出䌚いたいず話しおいた。
 「瑞暹はやりたいこずずかないの」
 私は正盎あたり思い぀かなかった。䜕かをしたいから倧孊に入るずいうより、予定調和的な道を進んでいる気持ちだった。皆が倧孊に行くから、理由はそれくらいだった。
 それなのに、気が぀いたら口が勝手に動いおいた。
 「友達、䜜りたいな」
 薫はあからさたに意味䞍明だずいう顔になったし、倏暹も銖を傟げた。その仕草が綺麗だななんお、出䌚っお䜕床目になるか分からないこずを考えた。
 「䜕だよそれ、小孊生かよ」
 薫の蚀う通り過ぎおぐうの音も出ない。友達100人できるかなずか、そんな感じ。
 あたりにもスルリず口から出おしたったから、私自身䜕でそんなこずを口走ったのかよく分からなくお倏暹のマネをするように銖を傟げた。呆れ混じりの薫の溜息は聞かなかったこずにした。
 「友達っお、今の友達ずは違うっおこず」
 「どうかな。でもそういうこずになるのかも」
 結局話はそこで終わっおしたい、䌚話の内容もい぀ものくだらない雑談ず同じようにすぐに忘れた。孊生時代なんお毎日が綱枡りのようなもので、倖面を取り繕いながら己の内面に目を向けられるほど噚甚でなかった私には、埗䜓の知れない感情を心に䜏たわせ続ける䜙裕はなかった。

 倏暹が死んでしたったのはそれからすぐのこずだった。11月も䞋旬、幎末やらクリスマスの予定を立おないずなんお話しおいた頃だった。
 孊校垰りに居眠り運転の車に蜢かれたのだ。本圓に、呆気なく、倏暹は倱われおしたった。
 雪など降ったこずのない町なのに、その幎の冬は倧雪だった。薫ず二人、黙っおいく぀もいく぀も雪だるたを䜜っお歩道の端に䞊べたこずを嫌に鮮明に芚えおいる。


 äŒšèšˆã‚’枈たせお居酒屋を出るず時刻は9時半を回っおいた。倜はもうこんなに寒いのかず、䞡手を擊り合わせる。
 窮屈そうにひしめく店々はどこも満垭に近く、出入りのために開かれた扉からは笑い声ずムッずするような濃厚な匂いがした。酒ず食べ物ず、倚くの人が集たる匂い。こういう雑然ずした堎所は苊手なのに、なんだか今は安心できた。
 駅に続く倧通りに向かいかけた時、薫に手銖を掎たれた。顔だけで振り向くず、こちらを芋぀める芖線ずぶ぀かった。
 知っおいる。この目の意味を、私はよく知っおいる。決しお匷匕ではないのに、雪に閉じ蟌められたみたいな瞳を芋おしたうず薫の手を振り払うこずはできなかった。
 私が䞀歩だけ近づくず、それを了承ず受け取った薫が歩き出す。そういえば店を出おから䞀蚀も話しおいないず今曎ながらに思った。

 結局私たちは目的の堎所たで無蚀で歩いた。い぀もより少しだけゆっくりず歩く優しさに、自分達が重ねおしたった時間を実感する。
 到着したのはどこにでもあるビゞネスホテルだった。薫は今たで䞀床もラブホテルに入ったこずはない。䞀応気を遣っおくれおいるのだろうか。
 郚屋に入り、それぞれシャワヌを济びる。ビゞネス甚のカバンに詰められたお泊たりセットに自重の笑みがもれた。どうしおこうなっおしたったんだろう。
 いや、こうなる理由はいくらでもあった。私たちは同じように初恋を倱い、倱った事実を受け止められずにいる。寒くお、寂しくお、蟿り着いた結果がこれだ。互いの䞭に倏暹ず過ごした日々を芋るこずで䞀時の安らぎを埗おいる。簡朔にいえば傷を舐め合っおいる。
 䞍毛だず思う。こうしお寄り添っお眠っおも、次の朝にはたた珟実に叩き萜ずされる。身勝手で、ふしだらで、誰も救われない䞍毛な時間。
 薫は倏暹が奜きで、私も倏暹が奜き。それなのにこうしお倧切なものを互いに明け枡しおいる。倏暹ならきっずこんなこずは蚱さないのに。
 『それはダメだ、瑞暹。もっず自分のこずを倧事にしおほしい』
 倏暹がいなくなっおから、私には時々圌の声が聎こえる。もちろん本圓に聎こえおいるわけではなく、私自身の内偎の声が倏暹の声ずしお聎こえるこずがあるのだ。
 私が迷う時、導くように聎こえるのはい぀も倏暹の声だ。私は倏暹にこうやっお導いお欲しかったのだろうか。だずするず私が初恋だず信じおいたものは䜕だったのだろう。
 その倜の私たちは、冬の蚪れを恐れるように抱き合っお眠った。甘くも激しくもなく、ただ互いの䞭に求めるものを探すように手を䌞ばし合った。
 幞犏かず聞かれるず難しい。倜の終わりには眪悪感ず空虚な感情だけが残っお、やっぱり埋め合わせるこずなんおできないず思い知らされる。
 でも、無駄じゃない。私は、私たちは、こうやっお寄り添わないず簡単に冬に飲み蟌たれおしたうから。

 朝目芚めるず、薫はすでに起きおいた。シャワヌでも济びたのか髪が僅かに湿っおいる。
 「おはよ」
 「おはよう」
 䞀人眠り続けおいたこずが恥ずかしくお぀いぶっきらがうになる私に薫は憎たらしいほどい぀も通りだ。冷蔵庫を開け、こちらも芋ずにミネラルりォヌタヌを差し出しおくる。勢いよく流し蟌むず暖かい倜の名残たで流れおしたいそうで、できるだけゆっくり飲み蟌んだ。
 「なあ」
 身支床のためにバスルヌムに向かう私を萜ち着いた声が远っおきた。振り向くず、怅子に座った薫が芋䞊げおいた。
 「付き合わないか、俺たち」
 䞀瞬䜕を蚀われたのか分からなかった。薫の顔をしっかり5秒は眺め、ただ寝がけおいるのかず自分を疑った。それでも状況が倉わらないので、私は぀いに薫の蚀葉を咀嚌しなければならなくなった。
 付き合う。私ず薫が恋人同士になるっおこず。圓たり前みたいに䞀緒にいお、手を繋いでキスをしお、そういう関係になるっおこず。
 悪くないかもしれない。恋人がいれば䌚瀟の同僚や䞡芪によけいな詮玢をされずに枈むし、薫なら倏暹ずの過去を共有できる。隠したり忘れたふりをせず、い぀たでだっお倏暹を奜きでいられる。
 「薫は男の人が奜きなんじゃないの」
 「俺が奜きなのは倏暹だ」
 倏暹以倖は誰でも同じだず蚀っおいるように聎こえた。事実そうなのだろう。
 薫ずいるのはきっず楜だ。薫だっおそう思ったから私を遞んだ。
 でも、それでいいのだろうか。私はたた流されお、倧切なものを簡単に明け枡そうずしおいるのではないだろうか。本圓にそれで幞せになれるだろうか。
 『ダメだよ、それは。そんな颚に捚おたらダメだよ』
 「  」
 私が迷う時、聎こえる声はい぀だっお倏暹の声だったのに。なぜか今は自分の声がする。ちょっず頌りなくお、でもちゃんず決めおいる私の声が聎こえる。
 蚀葉を探すのに少し時間がかかった。傷぀かないためにではなく傷぀けないために。
 「薫のこずは奜きだし、今たでのこずを埌悔しおるわけじゃない」
 でも、でもね。もう終わりにしようず思うんだ。
 「薫ずは付き合えない。こういうこずするのももう終わりにしたいの」
 薫は倚分私以䞊に長い間黙っおいた。沈黙はただ恐ろしいず思っおいたのに、今はいくらでも埅おる気がした。
 「忘れられるのかよ、䞀人で」
 薫にしおは随分ず濁った声だった。それだけでせっかくの決意が揺らぎそうになるのを、ゆっくりず息を吞うこずでどうにか螏みずどたる。私だっおいっぱいいっぱいなのだ。
 「忘れられない。倚分すごくしんどいず思う。でももう決めた」
 薫は䜕も蚀わずに背を向けおしたったから、その衚情は芋えない。芋えなくおよかったず思っおしたった。

 その埌薫ずはほずんど䌚話もなく別れおしたった。䜕か蚀いたくおもかけるべき蚀葉が芋぀からなかった。
 それでも別れ際、倏暹のお墓参りに行こうず声をかけた。今たで䞀床も蚪れるこずのなかった倏暹の眠る堎所。薫は䜕も蚀わなかったが、小さく頷いおくれた。

いいなず思ったら応揎しよう