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noted_cosmos72
当たり前の先にあるもの
自分が無意識に自然にできてしまうことは
「当たり前」に周りの人もできる
そんな錯覚に陥ることがある
「当たり前」という錯覚は期待とも言える
そして、その期待が外れると
何でそんなことが分からないの?
何でそんなことに気付かないの?
頭の中に疑問符が埋め尽くされる
答えに辿り着けず、行き場を失った疑問符達は
気付けば苛立ちへと変わっていく
そして、苛立ち達は寄ってたかって相手を鋭い言葉で責めてしまう
「当たり前」という言葉は凶器に変わってしまった
自分の能力を「当たり前」という言葉で括らなければ 自分の長所に気付ける機会であったのに
やってくれて「当たり前」
日常的に頻繁にしてもらってることは
つい、それも日常であると勘違いしてしまう
日常であり、いつものことという期待
その期待が外れると
何でやってくれないんだよ?
何で今日は違うんだよ?
ここでも、「当たり前」という言葉は相手を責める凶器に変わってしまった
日常の心地良さを「当たり前」という言葉で括らなければ
環境や人の有難みに気付ける機会であったのに
「普通は〜」、「それくらい当たり前」、「何で〜」
そんな言葉が頭を過る時
自分の心は相手を責める凶器を持ち始めているのかもしれない
