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シビリアン・コントロール

映画『アイム・スティル・ヒア』

◇今年もアメリカ・アカデミー賞の授賞式が近づいているが、前回作品賞にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞したのが『アイム・スティル・ヒア』だ。1970年のブラジル軍事政権下、軍部に拉致された元議員・ルーベンスと、その妻や家族の約半世紀を描いた傑作である。

◇映画の冒頭はルーベンスと妻のエウニセの仲睦まじい様子、5人の娘や息子たちとの温かい団欒で満たされている。あえてじっくり時間をかけたものと思われるが、ある日突然一家の平穏が壊されるのだ。

軍部が実権を握ることの恐さ

◇ミャンマーのクーデターと重なるところある。民主化したはずなのに軍がクーデターを起こしてアウンサンスーチーさんらを迫害した。現在、拘束されたスーチーさんの安否は残念ながら不明だ。民主派は抵抗を続けて内戦は激化し、国内情勢は非常に不安定だ。日本にはミャンマー人が多く働きに来てくれているが、母国を想う彼らの心情を思うと不憫でならない。遠い日本で得た賃金を送金して、家族を養っているのである。

◇先月26日、日本は「二・二・六事件」から90年となった。軍部の暴走は日本も例外ではなかった。事件は失敗に終わるが、日本の政治が軍に飲み込まれるターニングポイントだった。軍主導の考えが満州国の創設、日中戦争を招き、あろうことかアメリカはじめ連合国を相手とした戦争に足を踏み入れることになった。戦後、その反省から日本はシビリアンコントロール、文民統制を国家運営の基本とする。自衛隊トップでも逸脱した言動があれば糾弾する。武力組織が民意とかけ離れたところで機能すると、国民はあっという間に抑圧されて自由を奪われる。映画『アイム・スティル・ヒア』は、現代日本にとっても大切なテキストである。

憲兵隊の血を引く者として

◇私の母方の祖父は、各警察署長を歴任し、最後は警視正として退職した警察官だった。ただ、実際に血がつながった祖父は別におり、元憲兵隊だったと知ったのは高校生の頃だ。憲兵隊そのものが悪ではないし、多くは誠実に職務を担ったものと思うが、弾圧者として、憲兵隊は特高や七三一部隊などと並び戦前日本の暗部でもあった。

◇遺伝などはないと思うが、自らの内部に暴力的な部分、あえて破壊を求める気性というものを感じる時がある。国がシビリアンコントロールを必要とするように、私自身も生きている限り自律、コントロールし続けなければならない。国も個人もそれができなければ、向かう先には破滅が待っている。