負けて残るのは絶望ではなく希望だった ~サッカーワールドカップ2026~
世界が1つになる希望
◆核大国も先進国も発展途上国も関係ない。サッカーのワールドカップにおいて、頂上決戦に進むのは純粋にサッカーが強い国だ。
◆民主主義が存在しない、あるのは貧困、内戦、ドラッグ、格差社会。そんな母国から出場したチームが、国の希望を背負って闘う。今大会はこれまでで最も出場国が多いことがあり、サッカーが世界規模のスポーツであることをまざまざと見せつけた。世界中の熱狂を知ると、野球や剣道の存在感が薄れるようだ。
◆オリンピックは人々に希望をもたらす一方で、失望も大きかった。また実現や運営の難しさを札幌冬季五輪の断念で知った。五輪に代わる何かを求めているところがあったが、サッカーはその答えだった。少しずつでもあらゆる競技人口が増えていけば、競技別のW杯で世界は1つになり盛り上がる。相互理解が進むに違いない。
日本のサッカーにも希望しか見えない
◆イチローさんの考え方が好きだ。「僕にはいつも何かが足りない」。だからこそ足りないもののために精進することができる、と。
◆日本代表は着実にチームのレベルを高めながらも、世界の壁は高かった。つまりはまだまだ伸びしろがある。成熟期を経た今後の日本は、少子高齢化で斜陽化する一方と思われる節があった。でもサッカーは上り坂の真っ只中。成熟には遠いからこそ、まだまだ育つ余白がある。これはとても素適で夢のあることだ。負けてもサッカーには絶望がない。
