死んだと思ったヤツが帰ってきた! ~『小間物屋政談』はハッピーエンドなのか~
落語『小間物屋政談』
◇文化人のつもりが、落語だけは直に聞いたことがなかった。先日友達からありがたいお誘いをいただく。初めての生の演目は『小間物屋政談』。勘違いが物語を推し進める要素なので、シェイクスピアの戯曲にとても似ていると思った。
◇また、死んだと思った主人公または準主人公が生きていた、という設定も万国共通、昔から今に到るまでよくある物語ではなかろうか。残された者たちには続きの人生があるから、突如帰ってくると白熱したドラマになる。
死んだと思ったヤツの生還
◇有名なのはシャーロック・ホームズだと言う。帰ってきたのではなく、探しに行って実は生きていたことを知る設定としては、ソフィア・ローレンの『ひまわり』をまず思いつく。また、ディカプリオ主演の『レヴェナント:蘇えりし者』は、死んだはずの主人公の生還譚だ。帰って来なかったら復讐はなく、その後に隊長が死ぬ展開にもならなかった。このように、良いことばかりではない複雑さがある。
◇トム・ハンクス主演の『キャスト・アウェイ』は小間物屋政談とそっくりだ。ただ、だいたい納得できる結末であるところが違う。運命を受け入れる姿に、どこかキリスト教的な世界を感じる。一方、小間物屋の物語は登場人物が多い分、厄介さが増すように思う。
性格ゆえかハッピーエンドとは思えない
◇落語だから、笑いがあって最後には落ちがある。大方の客は、笑って最後には胸を撫で下ろすかもしれない。大岡越前は最後に告げる。「大旦那になったのだから、もう背負う必要はない」。主人公の小四郎は大店と美人の後妻を手に入れて、めでたしめでたしとなる。
◇でも、映画や小説を愛する私はモヤモヤしてしまう。「これってスワップやんけ!」とツッコミを入れたくなる。前妻に対しての愛情が大きいから帰ってきたのに、妻は他の男と結婚している。皆が困ってしまったので、最後は大岡裁きで新たな妻をあてがわれた。後妻が美人だからいいってわけじゃない。お上の決定に抗えないわけで、どこかお隣の国の話みたいだ。私の中で、一気に笑い話が不条理劇に転換される。
現実はもっと複雑
◇確かに我々が生きるこの現実世界は、解決できない問題が山積みだ。「あちら立てればこちらが立たない」ことが多い。小間物屋の物語は、皆が頭を抱える事態に直面した時に、ベストではないがベターな解決法を提示する。時間は戻らないし、さらなる悲劇を防ぐために手打ちした方が建設的で皆が助かる、という理屈だ。人の命が奪われたり失われたりする中で、人間社会では裁判などで一応の金銭解決をするわけだが、命が戻らない以上、他の何かで埋め合せをするしか方法がない。これに似ている。
◇妻・おときを巡って小四郎と三五郎はどうすればよかったのか。これが近代までのイギリスやロシアなら、決闘という劇的な解決手段を選んだかもしれない。決闘の結果、死んだと思われて生還した小四郎が実際に死んだ、という展開になると非常にシニカルだ。ただ、大岡裁きよりも決闘の方が断然いい。私も小四郎なら決闘を選択すると思う。江戸っ子なら、相撲でケリをつける?
身近なカムバック・エピソード
◇身近で最も印象深いのは、幼少時から飼った飼い犬のリキだ。雑種のメス。男みたいな名前を付けたせいかお転婆に育ち、よく脱走したが最長で1か月半戻らなかったことがある。
◇家族皆が諦めて、存在さえ忘れていたある日曜日の早朝、彼女は生還を果たす。ガリガリに痩せて泥だらけの出で立ちで。さすがに気兼ねしたのか、門よりこちらには入って来ず、佇んでいた。
◇その後のリキも面白い。生還後は一切脱走することなく、20歳まで生を全うした。亡くなる直前は視力を失っていたかもしれない。外に連れ出すと、いずことも知れず家から離れる素振りを見せた。慌てて連れ帰ったが、自由奔放に過ごした若かりし頃の記憶が甦ったのかもしれない。彼女の生き様はまるで人間、我が家のレヴェナント。あの世での再会が楽しみだ。

可愛らしくなったと思います。
