場を、読む。2026.8.25.更新🗒
トラブルが起きた瞬間、周りが見えなくなる。
原付で右折したときの話。
当時、私は原付に乗っていた時期がありました。あるとき、コンビニから右折して出ようとしたんです。
「右見て、左見て、もう一度右見て……GO!!」
そんな感じで確認して、右折しようとした瞬間、左から大型トラックが走ってきました。そのとき、もし大型トラックだけを見ていたら、そのまま真正面からぶつかって、もっと大きな事故になっていたと思います。数十メートル吹き飛ばされていただろうな。
でも、私はとっさに周囲全体を見て、進行方向を少し前にずらしました。右に曲がるところを曲がらずに前に進んだんです。結果的に歩道側へ逃げる形になり、大型トラックには原付の後ろの部分が当たっただけで済みました。
後ろ部分はめちゃくちゃになりました。私はというと……なぜか、道路の真ん中に突っ立ってました。原付から飛んだのか?真相は分かりません。
……これは単純に私の体験を話したかっただけで、今回の記事の内容とは似ているようで、ちょっと違う話かもしれません。(笑)
では本題に入って、トラブルが起きたとき、多くの人が”問題そのもの”に目を奪われます。
上司が怒鳴ってきたら、「自分が悪いのか?」「黙るべきか?」と考える。飲み会で空気が凍ったら、「誰が悪いんだ」「この場から立ち去る?」と考える。ネットで変な絡みが来たら、「ブロック?」「論破?」「無視?」と考える。
ですが、ここで人間としての、本当の勝負が決まると思っていて、「”問題そのもの”より、まず”場全体”を見る」これが、生存率も心の平穏も守る、最強の領域展開だと思っています。
サバンナで例えると、
チーターは、獲物を見つけると、その獲物に意識を集中させて一気に追いかける。まるで視界がトンネルのように狭くなり、周囲のことが見えなくなるような状態。こうした現象を、人間の認知では「トンネルビジョン」と呼ぶらしいです。
周りにライオンやハイエナがいたとしても、獲物だけを追って一直線に走る。実際のチーターがどこまで周囲を「無視」しているのかは分からないけれど、少なくとも、獲物を追うことに全神経を集中させているようには見える。
目の前の獲物や問題だけが異常に鮮明に映って、それ以外はボヤける。原始時代ならそれで生き延びられた。でも、現代の人間関係や職場・ネットでは、このチーター状態が命取りになる。
つまり、 「問題」は、チーターが追いかける”一点の獲物”に似ていて、「場全体」は、その獲物を取り巻く”サバンナ全体の状況”に似ている。チーターのまま突っ込むと一瞬で「ライオン来てない? 逃げ道は? 周りの仲間は?」と視線を広げられなくなる。
その差が「空回りをする人」と「空気を読める人」、「トラブルで沈む人」と「トラブルをチャンスに変える人」の両極端な存在を生みだす。
視線を「場」から「場全体」にスライドさせるだけで、
「ここは黙るのが最強」「今は相手を立てる」「このタイミングで引き上げれば全員助かる」という最適解が、驚くほど見えてくると思いました。
こんなふうに俯瞰して、冷静な判断をくだしている人は、はたから見たら、何もしてない人に見える場合が多い。冷静に場を読んでる人は、熱く突っ込んでる人から見ると「冷めている」「動いていない」「空気読めていない」と映ってるように思う。
でも実際は、”一番動いてる”のは、俯瞰してる人なのではないかなと思う。だから、「冷静と言われてもいい」 「何もしてないと言われてもいい」と思います。
トラブルは誰にでも来る。
でも”問題”しか見ないか、”場全体”まで見れるかで、人生の生存率も、心の軽さも、雲泥の差になる気がします。
今日、何か起きたら深呼吸して、視線をちょっとだけ、問題から外にズラしてみる。それだけで、”場を読む筋肉”が、少しずつ強くなっていくと思います。

今日も読んでいただきありがとうございます。
では、また次の記事で。
素敵な一日を。
