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「カヌレ」はまだ、教えてない。

リビングのテーブルの下に、使いかけのティッシュが落ちている。


かれこれ二週間は落ちている。多分誰かが使って「もう一回くらい使おう」とか思ったか思わなかったか知らないがテーブルの上に置いておいて、エアコンの風で飛んで下に落ちたんだろう。誰か拾わないかなー。

でも拾わないのだ。すでに二週間もたっているんだから、きっとこの先も誰も拾わないだろう。わたしを含めて夫も、息子も。


そんな家に住んでいるわたしだが、息子への知育熱は熱いつもりである。先日、息子がピクミンをやった後ヒートアップしすぎて何を言っているのかわからないことがあった。「あのね」の連呼。ピクミンの話より「あのね」という言葉を聞いている時間の方が長い。それが気になって「説明お絵かきゲーム」をやった。

やり方は簡単。ひとりが説明した通りに、絵を描くというもの。
例えば
「まず頂点をさかさまにした三角を書いて、その上に丸を書いてください」

この言葉の通りに書いてもらって問題を出した側もイラストを描き、答え合わせをする。(答えはアイスです)

という具合。

これをお互いに行うことで、息子の説明力アップを図りつつ、人の話をよく聞く力を育成したろうと策略したのだった。

そしてやってみた。最初は息子。
「大きな四角を書いて、その中に小さな四角を二つ書きます。それでその大きな四角の下に横長の四角を書いて、横長の四角の右と左にまた細長い四角をひとつずつ書いてください。そして下にも細長い四角を書く!」

これはマイクラだな……四角しか出てこないじゃん。と思いつつ書いた。しかし胴体部分の説明がおかしい。横長って。縦長だろ。

答え合わせをすると、案の定「横長」と「縦長」の認識が間違っていた。このゲームは言葉の認識間違いもわかって良い。

次にわたしが問題を出した。
「大きな円をひとつ書いてください。その周りに細長い楕円をたくさん描いて、大きな丸の周りをかこってください。最初に描いた大きな円の中は、チェック柄にしてください」
と言った。

こうなるはずだった。

ひまわり。のつもり。


しかしこうなったのであった。

最初の二本だけは楕円……。そしてこのチェックよ。


確かにこれもチェックではあるが、こちらのチェックを柄にしたなにかは見たことがなかった。そんな発想もなかった。あと細長い楕円はどうしたの?途中から丸になってるけど。思えば息子も不思議そうな顔で描いてはいた。

「チェック柄……?チェックってこれかな?これを、柄に……?」

と思ったかどうかは知らないが、思っていそうな顔はしていた。きっとチェック柄に心を奪われて楕円がおろそかになったに違いない。



子どもの自由な発想を生かすには、基本的な言葉はマスターしておいた方がいい。自分の想いを人に伝えられた方がいい。そう思ってたくさんの絵本を読み聞かせしたり、好きそうな本を一緒に読んだりしてきた。しかし、科学のマンガや虫や恐竜、おばけのマールや大ピンチずかん、どんぐりむらの絵本の中に「チェック柄」を説明するくだりはなかったかもしれない。さらに日常生活の中にあまり登場しなかったかもしれない。チェック柄。

今のうちに気づいて、拾い上げることができてよかった。思えば夫も「マフィン」「マドレーヌ」「フィナンシェ」「マカロン」「ラングドシャ」などの焼き菓子の名前はどれも知らない界隈の男だった。さすがにクッキーやバウムクーヘンは知っていたのでホッとした。わたしと付き合い始めて少しずつぼんやりと把握し始め、子どもが生まれて息子と一緒に本格的にこれらの言葉を獲得していったのだ。わたし自身も、野球についての言葉やルールを獲得したのは夫と付き合い始めてからだから、人にはそれぞれ「知らない界隈」があり、その界隈の言葉は一生知らないままか、何かのきっかけで獲得するチャンスをつかむのだろう。きっとわたしはこの先もずっと、得られない語彙がある。でも、それもいい。それもまた人生。すべては得られない。だから、深めるのだ。



何がわからないのか、わからない。息子が何を知らないのか、わたしは知らない。少しずつ、息子のわからなさを拾い集めたい。

しかし本当にリビングテーブルの下に落ちているティッシュのようになかったことにならなくてよかった。いや、なかったことにはなってないけど。まだ落っこちてるし。しょうがないから、あとで拾おうと思う。多分。十日後くらいに。


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