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「言い返せない」は悪なの?

先日6月17日放送のアベマプライムの特集が、「【言い返せない】『頭が真っ白』反論できず…ひとり反省する夜」という内容でした。
タイトルからして、すでに刺さる人には刺さるやつです。私もその一人でした。

(動画は30分あります、時間がある人だけ見てみてください😅)

誰かに心ないことを言われて、その場では何も言えず、夜になってから「こう言えばよかった」「あのとき言い返せていたら」と反省会を始めてしまうタイプの人。

あの番組に出ていた人たちの話は、まさにそんな私たちに向けられていました。

精神科医のゆうきゆうさんは、「少しは言い返せたほうがいい」と言います。

黙っていると、相手は「この人には何を言ってもいい」と学習してしまう。
それが、いじめやモラハラみたいな関係の“固定化”につながるかもしれない。

その話を聞きながら、「ああ、やっぱり何も言えないのは良くないのかな」と胸がちくっとしました。

でも同時に、ゆうきさんは「勇気を振り絞って完璧な反論をする必要はない」とも言ってくれます。

たとえば、オウム返し。
「お前、態度悪いよな」と言われたら、「態度、悪いですか?」と一回そのまま返す。

それだけで、相手にもう一度自分の言葉を聞かせることができるし、自分も数秒だけ考える時間が手に入る。

「言い返す=論破」ではなくて、「たった一言、返す」だけでもいい。
そのくらいの小さなハードルなら、もしかしたら私にも練習できるかもしれない。

一方で、僧侶の正願さんの言葉は、もっと心にしみました。

「言い返せない人は、優しくて、賢い人」

ああ、そう言ってくれる人が、ちゃんといるんだなと思いました。
言い返せない人って、本当はちゃんと怒っている。
でも、その怒りをそのままぶつけたら、相手を傷つけるかもしれないと分かっているから、飲み込んでしまいます。

それは弱さではなくて、「自制心」とか「想像力」があるということなんだと。

私も言い返せないタイプなので、この考えに近いなと感じました。

もちろん、現実には言い返さなきゃいけない場面もあります。
でも、「言えなかった自分」を責め続けて消耗している人には、まず「それでもあなたは優しくて賢いよ」と伝えたかったのだと知って、ちょっとホッとしました。
Xでバズったというのも、こういうところなのかなと思いました。

言い返せなかった夜、布団の中で自分を責めていた過去の私にも、この言葉を届けてあげたくなりました。

そして、ひろゆきさん。

いつもの調子で、「だいたいどうでもいいんですよ」と言いながら、意外と冷静なことを言っていました。言い返すかどうかは、「その場が自分にとって得かどうか」で決めている、と。
家族や職場みたいに、長く関係が続く相手には、あえて言い返さないこともある。
逆に、テレビやネットではゲーム感覚で言い返す。

「理性的な人がいない場で言い返しても疲れるだけですよ」と言うその一言に、妙に納得してしまいました。

言い返せない自分を責める前に、
「そもそも、そこまで感情と頭を使う価値のある相手か?」
と一歩引いた目で見る視点。

それは、私があまり持っていなかった考え方でした。

「言い返せない私」は、けっこう長い間、私の中でダメな自分の代表格でした。

でも実は、

  • 小さく言い返す技術を練習する道(ゆうきさん)

  • 言えなかった自分をそのまま抱きしめる道(正願さん)

  • 言い返すかどうかを冷静に選ぶ道(ひろゆきさん)

こうやって、いろんな「生き延び方」があるんだと知れました。

それだけで、
「完璧に言い返せるようにならなきゃ」と自分を追い詰める必要はないんだなと、少し肩の力が抜けました。

言い返せない人が悪いんじゃない。
ただ、自分を守る選択肢を、まだあまり持っていないだけかもしれない。

そんなふうに、「そのときの私」が選べるようになれたらいいなと思いました。


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