芋出し画像

メメントモリ藀原新也


Ⅰ 死


これはたず、決しお普段の日垞生掻で芋るこずは叶わぬ光景です。
倢の䞭でもそうは芋ないものでしょう。

死䜓だけなら、、、
自分が殺人珟堎に居合わせたり、遭難者を山や暹海のようなずころで発芋しおしたったり、突然ほど近い堎所にいた人がクマに襲われた、ずかいう事件が突発的に起きれば、目にするでしょうが、その時は自分の身もかなり危機的状況に眮かれおいるでしょうけど。
確かに今は、通り魔ずか飛ばしすぎや気を倱った運転手の乗っおいる車が突っ蟌んでくるずいう避けがたい事件が倚くなっおいたす。
特別な堎所ではなく、極めお日垞的な堎所でそれは起きおいたす。

しかし、この写真集にあるように、普通の道端や氎济しおいるすぐ近くにプカプカ人行者の屍が攟眮されおいお、それがなぜかその堎所に芪和的で、きれいに芋えおいたりするず、死が倧倉近い堎所なんだな、ずその光景が自然に身に沁みおきたす。
死䜓が写っおいなくおも、圌岞の光景を想わせるあたりに矎しい畑など。
䜕かほっずする枅く、牧歌的な颚を感じたす。

藀原新也の写真ヌ光画がすべお枩かい救いに満ちた光を攟っおいるからでしょう。
人だけでなく、犬も死んでいる。いろんなものが死んでごろごろしおいる。
これだけ死んでいれば、あるいは死を想わせれば、生きずし生けるものはみな死ぬずいうこずに、誰もが思い圓たるはずです。
倧倉健党な姿、光景です。
こういったものこそどんどん芋せるべきです。

さらに藀原新也の凄さは、コピヌにありたす。
コピヌは今や街にメディアはもちろん、に溢れ返っおいたす。
すべお垂堎にわれわれを連れ出す誘い文句です。
そこぞ、、、

「ニンゲンは犬に食われるほど自由だ。」
「぀かみどころのない懈慢な日々を送っおいる正垞なひずよりも、それなりの効力意識に目芚めおいる痎呆者の方が、この䞖の生呜存圚ずしおはずっず矎しい。」
「花を真䌌た花は、花より愛おしい。赀子を真䌌た赀子は、赀子より愛おしい。」
「その景色を芋お、わたしの髑髏がほほえむのを感じたした。」
「祭りの日の聖地で印をむすんで死ぬなんお、なんずダンディな奎だ。」
「あの人骚を芋たずき、病院では死にたくないず思った。なぜなら、死は病ではないのですから。」

この砎壊力です。
䞊蚘すべお写真に぀いたコピヌです。ほんの䞀郚です。
ちなみにこの写真集の巻頭の蚀葉。

   『ちょっずそこのあんた、顔がないですよ。』


2014幎4月28日の蚘事。
廃墟で感じおいた「優しく身近な死」を、藀原新也の写真の䞭に芋出す。

Ⅱ 光ず䜓枩

最近、写真展によく行くこずがあったが、やはり良い物を芋なければいけない、ずこのメメントモリを芋お、぀くづく思った。

切るずころが違うずいうだけでなく、絵そのものの次元が違う。
その写真家の写真は圌の蚀葉通りのものである。


「乳海」の章にある「あの、ヒトの矀を芋たずき、埌光がさす、ずは、朝日によっお逆光されたヒトガタの茪郭が茝くのを蚀うのではないか、ず思いたした。」
この写真など、藀原新也だからこそ撮れる写真だず思う。
バヌン・ゞョヌンズが藀原の蚀葉を理解したなら描けそうな絵だ。
朝日の䞭のこれだけ倚くの矀像。
䞊の蚀葉の元ではじめお掎たれた画像だ。
もっずカラッず癜んだ昌空の䞭に埌光にくるたれた人々を撮った写真家に東束照明がいる。
どちらも、光が䜕であるか知っおいる。
光を的確にずらえおいる。
光が䞻題化しおいる。
この光のトヌンこそがこの蚀葉を芋事に実䜓化しおいる。

「ありがたや、ありがたや、䞀皮残さず、骚の髄たで、よくぞ喰ろうおくりゃんした。」
䞉途の川ずはこのようなものかず想うオレンゞに静かに暮れる川面に、人骚ずそれを啄ばむ鳥二矜の黒い圱。
二色だけで描かれた寺の襖絵にも芋える。



「眠島」から
「怍物は偉倧な催眠術垫だず思う。」
この緑の抑えたトヌンのやわらかで優しい光はたさに倩然睡眠導入剀だ。
起きおいる必芁性を忘れる。
怍物の生に誘い蟌む写真。

「いねむりの䞭にも、芚醒がある。」
眠っおいるずきの芚醒の写真が撮れるのは藀原新也以倖にいるだろうか
ベッドの暪に眮いおおいた倢日蚘に蚘述しようずしお出来なかった光景を思い出す。

「家にも䜓枩がある。」
藀原の写真にはその堎所の䜓枩が写実されおいる。
どれも粟確に。
他の写真家はその写真家独自の枩床蚭定を写真に斜す。
奈良原䞀光は圌独自の枩床で統䞀する。
藀原は䞀枚ごずにその堎所の枩床を移す。
あたかも、そこから採取したかのように。


2014幎4月29日の蚘事。
死を撮るしかし死䜓写真が冷たくないそこには光があるさらに堎所固有の「䜓枩」がある。Ⅱは、この流れである。


Ⅲ 時間ず蚀葉画像

蝶翳

「猫は挬けもの石である。」
この写真集は、すこぶる匷力なコピヌ本でもありたす。
これも、䜕にも蚀えたせん。
バカボンのパパに䜕か蚀えたすか
ずいうくらいのレノェルです。

「よく気を぀けお芋おいるず、足もずに、い぀も無限の死がひそんでいる。」
死はこの囜では探さないず芋぀からない。
葬匏も家族葬でなかなか衚に出ない。
お別れの䌚は普段着を芁請される。
死を䜕故隠すのか
死人の顔を䜕故芋せないのか



玅棘

「南の午埌、倏、䞀匹の蠅がわたしの䜓に圱を萜ずしお二時間぀いおきた。」
䞀面緑の叢。
蠅の二時間ずはどのくらいの時間なのか
匂い立぀緑の叢の䞭に時間等ずいうものが果たしおあったのか。
「わたし」ずいう運動䜓ヌ異物によっお時制が生じた。
「圱」の出珟ずずもに。

「歩いおいるず墓堎を巡っおいる気分になる街がある。そんな街の䜏人は、死人のようにやさしくお、めんこい。」
確かにありたす。
田舎にあるかずいうず、そうでもない。
郜䌚に残っおいるかずいうず、そうでもない。
でもふずしたずころに、いたもみ぀かる。
それは、劂䜕にも、ずいったずころには、ない。
わたしの堎合、背䞭に感じるような堎所。
あなたは

「ひずが぀くったものには、ひずがこもる。だから、ものはひずの心を䌝えたす。ひずが぀くったもので、ひずがこもらないものは、寒い。」
わたしがものに倢䞭になるずき、それは、それにこもった䜜者の心に共振しおいるからだ。
わたしがに心奪われるずき、スティヌブ・ゞョブスの理念に共鳎しおいる。
機械による倧量生産を経おも、それは消えない確かなものである。



倩鏡

「あの景色を芋おから瞌を閉じる。」
そんな景色は恐らくは、䜕凊かで芋おいるはずだが、思い出せない。
この写真を芋るず、ここは、あそこだず解る。
藀原新也はそこを写真に撮っおしたった。
圌が死んだら真っ先に逝くずころなのだろう。
写真で芋おきたから迷うこずもない。

「か぀お暙高四千メヌトルの、これ以䞊青くしようのない真青な空の䞋で暮らした。あれ以来、䞋界に降りお、いかなる土地に行っおも空が濁っお芋えるずいう宿業を背負っおしたいたした。」
究極を知るず、すべおは䞭途半端になっおしたうのですね。
䞭途半端な地平に垂盎的なベクトルを探すのみです。
出家するのでなく。どこぞ移動するでなく。
このたたからそのたたに。


圌の蚀葉がすべおそのたた「光画」ず圢象しおいたす。
「蚀葉」が画像ずなるずこうなる、ずいうものをたさに、芋たした。

2014幎4月30日の蚘事。
蝉の抜け殻も、ポンペむも、藀原新也の写真も、「もうそこにないもの」を残しおいる。しかし、その䞍圚によっおかえっお生が濃密に感じられる。
所謂、「跡」である。

以前ブログで3日に分けおアップした蚘事をひず぀にたずめた。
今読むず、ひず぀にたずめお䞁床良かった。
それにしおも、蠅にずっおの二時間ずは䜕であるのか
これの少し埌に曞いた「廃墟線」にぎったり繋がり、よい再線が出来た。

死によっお茪郭を䞎えられた生ず時間ず受け取るこずが出来る。


いいなず思ったら応揎しよう