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金沢旅行記

6月の終わり、金沢に出かけた。

京都駅でサンダーバードに乗車し、敦賀で新幹線に乗り換えて、2時間足らずで金沢に到着する。

晴れていたが、思ったより涼しい。駅を出て、シェアサイクルの車列が目に入ったので、「今回はレンタサイクルで旅するか」と思い立ち、スマホで少々手続きをして、さっそく運転してみる。

初めての街を自転車で走り抜けるのは最高だ。とはいえ日向で手続きしていたこともあって、しだいに暑さの感覚が高じてくる。北陸といえばビリオン珈琲ということで、付近の店舗を目指す。

ビリオンのアイスコーヒーは美味い。しかもまだ朝早いので、追加料金なしでモーニングが注文できる。店内の客はまだらで、みな優雅にそれぞれの時間を過ごしている。

入店するや、店員さんが揃ってアフリカ系だったのは少々驚きだったが、この北陸金沢ですら、いやだからこそ、人手不足の深刻さは本物なのだろう。せっかくなので地元の新聞も読んでみる。北國新聞は字が大きく、お悔やみと映画上映の欄が充実しているのが印象的だった。北國は「きたぐに」ではなく、「ほっこく」と読むのだな。

昼飯は近くの中央卸売市場へ。「魚がし食堂」は人気で10組ほど待っていたが、一人だったためか10分とたたず案内された。海鮮丼を注文したが、これが絶品だった。魚の繊維がやわらかくて脂の旨みを存分に味わうことができたし、あら汁の塩気と磯感が、魚介の新鮮な甘みをいっそう引き立ててくれた。


午後は街の中心部へ。香林坊付近を散策する。都会的なストリートになっているが、金融系の看板がやたら多い。銀行、信金、証券、生保、損保のビルが立ち並び、いかにも金融街という様相だ。京都でいうと四条通に相当するだろうが、これほどの競合ぶりではない。香林坊が北陸の金融センターとしていかに大きな影響力をもっているか、その一端が窺い知れる。

21世紀美術館の展示を拝見してから、有名な県立図書館に向かう。各所で取り上げられているだけあって、やはり凄かった。円形の和合的な美しい造りもさることながら、書物文化や分野概要を「オブジェ」として博物的に差し出す展示の仕方も、魅力的で啓発性にすぐれていた。しかし一番感心したのは、座席のギミック的な心くすぐる配置であった。壁の死角や奥行きを活かした「こんなところにも」な座席配置が面白く、磯辺の浅瀬に生息するヤドカリのような––––そこらへんに普通に存在してるけど、注意して見ていないかぎり隠れている––––モードを許容してくれそうな空間設計になっている。換気もちゃんとされているようだし、館央を見下ろす流線形のカウンターを次々に座り替えながら、あれこれ一週間くらい勉強してみたいものだ…などという思いが、どうしても募ってくる。


夜は、片町界隈を散策しながら、良さそうな店を探す。繁華街だが、平日ということもあり、どの店もそこそこ空いている。逆にいえば、少なくとも平日なら、予約なしでもだいたい入れるという相場になるだろう。

バラック風の横丁や、昭和からの古いビル、コカコーラの看板など、思わず写真を撮りたくなる眺めに恵まれた。金沢はおでんが有名らしく、少し勇気が必要だったが、「高砂」という古い店に入った。

年季の入ったカウンターの端っこで飲ませてもらう。客はまだらで、みな静かに飲んでいる。瓶ビールを頼んで、おでんを考える。壁掛けのメニューはシンプルで、ほとんどおでん一本で勝負しているような店だろう。筆頭に掲げられた「ねぎま」は、鶏ではなくマグロを挟んでいるものらしい。牛すじは色は薄いが脂が強くて個人的に好みだった。ぎんなんは普通(やっぱり炒った方がいい)。大根、玉子は安定。いちばん美味しかったのは車麩。この染み方はちょっと他にない感じだ。店の方も泰然とした様子で適当に放っておいてくれたので居易かった。


二日目。朝風呂に入ってチェックアウト。マクドで朝食を食べ、兼六園に向かう。

入園料は320円。やはり朝は空気が爽快で、人も少ないのでいっそう気持ちよく歩ける。入りくねった道が多く、同じく日本三大庭園として知られる岡山の後楽園と比べると、より複雑で奥行きのある印象を受ける。岡山と石川では年間の降水量が2倍くらい違うようだし、それも庭園の差異を生み出している要因のひとつだろう。松の木は確かにたくましく力強いものだった。冬、雪が積もったりなどすると、また違う趣になるのだろう。

兼六園のあとは近江町市場へ。京都の錦市場みたいなところだが、店舗の数はこちらが圧倒的に多い。地元の人に言わせれば「だいぶ観光地化しちゃって…」というところなのだろうが、錦市場に比べれば、はるかに健全であることは疑いない。若い衆は声を張り出して鮮魚を販ぎ、年配のシニアは慣れた様子で客と「実務的」なやりとりに終始する。彼らは決して替えがきかない。

果物や衣料品の店も多く、また刺身や寿司も、パックで買ったのをその場で食べられるようなスペースもあった。外国人も多い。とはいっても欧米系が多く、彼らにはこれくらいの人口の街がちょうどなのだろう。

ゴーゴーカレーが金沢発祥とは知らなかった


昼はYouTubeで観た「ぽん太」に行った。昨日の「魚がし食堂」と同じ中央市場の店だが、昨日は定休日だった。昼間からアレだがやはり瓶ビールを頼み、十貫にぎりを待つ。テレビは昼の情報番組。金沢はどの飲食店に行ってもテレビがついている気がする。あと、どうでもいい話だが、カードの決済端末はステラではなく楽天のやつが多い。

にぎりはどれも美味い。特にウニが上等だった。追加で頼んだアジも良かった。周りをみていると、どうやら常連はわさびを追加でもらっているようだ。途中で気づいたが、この店はあら汁もセルフだが無料でつけてくれる。寿司にはやはり味噌の風味が合う。もちろんビールの苦味も。


午前中、Geminiに「金沢で一番デカい本屋は?」と訊くと「ビーンズ明文堂」と答えたので、市場から歩いて向かってみることにする。このあたりは道幅が広く、車でも自転車でもなんでも快適に通行できるだろう。道中、TOTOや積水ハウス、ダスキンといった有名企業のオフィスが軒を連ねる。ひときわ目立つ立派な建物が目に入ったので調べてみると、石川県庁だった。県庁がこんなところにあるのか。

中心部からずいぶん離れたところに県庁がある。金沢市役所は金沢城下、つまり香林坊に位置しているのだが、そこから金沢駅を挟んで、北西にさらに離れた場所にこの県庁が屹立している。付近は、いたって真剣な企業オフィス、それからヤマダ電機やニトリのような郊外ロードサイド的な大型店が脇を固めている。

この行政の二重性、あるいは二元性は、非常に示唆的である。金沢は前田加賀藩つまり武家の街だとよく言われるが、それはもっぱら金沢城=香林坊において、金融資本と密接に結びついている。県庁周辺の「産業資本的」な景色とは対照的に、金沢城下はいわば「武力と財力の融合」といった趣がある。

江戸時代のいわゆる「士農工商」をもじっていうなら、金沢城下の求心力は「士」と「商」の結びつきによって形成されている。対する県庁周辺は、「農」と「工」を体現して、あたかも香林坊に対抗しているかのようだ。

金融と産業、あるいは消費と生産がこのように視覚的、都市構造的に分裂していることは、県民や市民、さらに役人たちの「自意識」にもしかすると影響を与えるかもしれない。役人が公共に奉仕したりその仕事ぶりを市民が評価したりするとき、無意識のうちに、金融資本(消費)の立場と産業資本(生産)の立場を自在に行き来し、そのつど最適な「力の均衡」がもたらされる…そんな政治力学の磁場があったりするのだろうか。そしてこの種の緊張関係が仮に存在するなら、それは金沢市と地方(能登や南加賀)の緊張関係をも独自の仕方で構成することになるだろう。もちろんこんなのは、一旅行者の素朴な感想、というか妄想にすぎないわけだが、しかしこの「郊外ロードサイドの県庁」という、それ自体パワーワード的な現象は、金沢市内の栄え方と比較すると、それとしてやはり興味深いものに思えてくる。


しばらく歩いていると目当ての本屋に着く。ビーンズ明文堂。タリーズが入っていて、フロアは3階まである。なるほどこれはデカい。まず、書棚が高い。2メートルをゆうに越す高さで、台座が置かれてあるものの、女性なんかだと上の方はほとんど見えないのではないか。六法全書など法曹系の書物はさらに高い棚に置かれ、脇には梯子が設置されていた。専門書が充実しており、ふだん目にしないようなニッチな書籍も数多くあった。規模としても、梅田の紀伊國屋に匹敵するものではないだろうか。地理と金融の本を買って店を出る。

名前の通り、豆(ビーンズ)のように丸い形をした本屋だった。昨日の県立図書館や21世紀美術館もそうだったが、金沢の人は円形が好きなのだろうか。知と円性、円性としての知。これは西田幾多郎の哲学と関係があるのだろうか。

思えば金沢駅も丸いドーム型になっている。西田幾多郎や鈴木大拙の記念館も行くべきだったなとの思いを抱えつつ、お土産を買い、駅構内の「8番ラーメン」で食べてから、京都への帰路についた。

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