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灯りをつなぐ人

同級生が営む居酒屋がある。夫婦ふたりで始めた、小さな店だ。もう二十年近くになる。その間には町も変わり、東日本大震災も、コロナ禍もあった。店を続けるというのは、営業時間だけでは測れない時間なのだと思う。


彼は、繁盛していた個人のとんかつ屋で料理人として働いていた。店主が高齢になり、店を閉めることになったとき、「引き継がないか」という話もあったそうだ。でも彼は受けなかった。人の看板を背負うことに、不安があったという。店は町に惜しまれながら、静かに暖簾を下ろした。


その後、港町の居抜き物件を紹介された。本人は料理人として再就職するつもりだったが、奥さんが背中を押した。


「せっかくなら、自分たちの店をやってみよう。」


その一言から、夫婦ふたりの暖簾が掛かった。

ところが、店が軌道に乗り始めた頃、東日本大震災が起きた。港町の店も被害を受け、町の景色は一変した。飲み屋街もしばらくは傷跡を抱えたままだった。


それでも、被害が少なかった別の同級生のショットバーには少しだけ早く明かりが灯った。

ある夜、彼を含め三人ほどでその店に集まった。酒を飲んだはずなのに、何を飲んだのかは覚えていない。ただ、同級生がそこにいたことだけは、今でも覚えている。


しばらくして、彼は店を少しずつ直し、再び暖簾を掛けた。店が戻ったというより、港町の日常が少しずつ帰ってきた気がした。


今は以前ほど店へ行けない。それでも年に一度か二度、同級生の忘年会になると、自然とあの店に集まる。扉を開けると、いつもの笑顔がある。それだけで、何年分もの時間が少しだけ縮まる。


料理だけではない。昔の笑い声。学生だった頃の空気。「また会えたな。」そんな安心まで、一緒に席へ着いてくれる。


帰る場所は、家だけじゃない。誰かが今日も暖簾を掛けてくれている。その灯りがあるだけで、この町は少しだけ、あたたかい。







令和8年熊本地震への義援金・支援については、熊本県公式ホームページをご覧ください。


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