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アメリカの研究者は、なぜ起業できるのか──それは楽だからではない

前回の問いから、新たな問いへ

前回の記事で、僕は日本の研究者が起業しない構造的要因を明らかにした。

過労死ラインを超える労働時間。科研費をめぐる終わりなき競争。そして、起業が評価されない制度設計。これらが重なり合い、研究者から起業という選択肢を奪っている。

では、アメリカはどうなのか。

グローバル・スタートアップ・キャンパス構想の準備を進める中で、僕はこの問いと向き合わざるを得なくなった。アメリカの研究者は起業している。では、何が違うのか。

この問いに答えるため、徹底的に制度関連を調べてみた。SBIR(Small Business Innovation Research、中小企業技術革新研究制度)、STTR(Small Business Technology Transfer、中小企業技術移転制度)、NIH(National Institutes of Health、国立衛生研究所)、NSF(National Science Foundation、国立科学財団)。アメリカの競争的研究資金の仕組みを、日本との比較可能な形で分析した。

そこで見えたのは、単純な図式ではなかった。

アメリカの研究者が起業できているのは、彼らが自由で時間があるからではない。むしろ、日本よりも過酷な環境で、起業せざるを得ない状況に置かれているからだ。

そして同時に、その過酷さを支える決定的な制度設計の違いがあった。


まず知るべきは、アメリカも過酷だという事実

アメリカの研究者の労働実態を調べて、僕は驚いた。

彼らもまた、過酷な環境で戦っている。

調査によれば、アメリカの大学教員の平均労働時間は週50時間から60時間に達する。週40時間労働に加えて、週10時間から20時間の残業。月換算すれば40時間から80時間の残業に相当する。

日本の研究者が月100時間の時間外労働、過労死ライン超え相当に働いているのと比較しても、アメリカの研究者が楽をしているわけではない。

さらに深刻なのは、その時間の使われ方だ。

2018年のFDP(Federal Demonstration Partnership、連邦実証パートナーシップ)教員業務調査によれば、連邦政府資金による研究活動時間の44.3パーセントが、研究そのものではなく管理業務に費やされている。

具体的には何か。

  • 臨床試験のモニタリングに24パーセント

  • 動物愛護に関する手続きに23パーセント

  • IRB(Institutional Review Board、研究倫理審査委員会)や被験者保護の対応に21パーセント

つまり、研究者が実際に研究に使える時間は、半分程度しかない。

高額なグラントには、それに見合った厳格な報告義務とコンプライアンス対応が伴う。日本の研究者が事務作業に忙殺されると嘆くのと全く同様に、アメリカの研究者も膨大な管理負担に圧迫されている。

そして、最も過酷なのは、ソフトマネーという雇用形態だ。

医学部や私立研究所の研究者の多くは、自分の給与が大学から保証されていない。大学が支払う給与、いわゆるハードマネーではなく、獲得した外部グラント、主にNIHのR01グラント(NIHの代表的な研究助成金制度)から、自分自身の給与および研究室スタッフ全員の給与を捻出する。これがソフトマネーだ。

グラントが途切れることは、研究の停止だけでなく解雇を意味する。

しかも、このソフトマネーには構造的な罠がある。

NIHの給与上限、サラリーキャップは2025年1月1日発効で22万5700ドル(約3400万円)に設定されている。これはExecutive Level II、連邦政府幹部職員の給与水準に準拠したものだ。

問題は、多くの大学、特にトップ校の教授の基本給がこれを超えていることだ。

例えば、ある教授の年俸が30万ドルだとしよう。NIHグラントから支払える上限は22万5700ドル。差額の約7万5000ドルは、大学の自己資金、非連邦資金で補填しなければならない。

大学にとって、この差額補填は重い負担だ。このため、ソフトマネー雇用の研究者は、常に複数のグラントを同時に獲得し、この給与ギャップを埋め続けなければならない。一つのグラントが途切れただけで、即座に給与未払いのリスクに晒される。

NIH R01の採択率を見てみよう。かつては20パーセント程度と言われていたが、現在は約14パーセントから21パーセント、特にR01は14パーセント前後まで低下している。7本に1本しか採択されない。

平均採択額は約60万ドル、約9000万円。期間は5年間。

日本の科研費、基盤研究Cの採択率が27.5パーセントであることを考えると、アメリカの方がむしろ厳しい。

このため、研究者は生き残るために年間5本から6本の申請書を書き続けなければならない。申請書1本を書くのに、通常100時間から200時間かかる。年間500時間から1200時間、申請書作成に費やされる計算だ。

この精神的プレッシャーは、日本の比ではない。

ある研究者は、このサイクルをGrant Writing Treadmill、グラント申請の踏み車と呼んだ。

Grant Writing Treadmill(グラント申請の踏み車)
走り続けなければ、落ちる。止まることは許されない。

日本が安定しているが金がない環境だとすれば、アメリカは金はあるが極めて不安定な環境だ。

この不安定さこそが、研究者を資金獲得、すなわち起業活動へと駆り立てるドライバーとなっている。

アメリカの研究者が起業するのは、時間があるからでも余裕があるからでもない。起業して自分の技術で資金を獲得しなければ、ソフトマネーという不安定な雇用から逃れられないから、起業する側面がある。


決定的な違い1:グラントが生活費になる

では、何が決定的に違うのか。

最大の違いは、資金の規模と使途だ。

日本の科研費、基盤研究Cは年額100万円から150万円程度。3年間で500万円にも満たない。しかも、この資金から研究者自身の給与を支払うことは原則としてできない。物品費、旅費、謝金が中心で、研究を補助するための資金だ。

対してアメリカのSBIR、中小企業技術革新研究制度を見てみよう。

  • Phase I、第一段階は実現可能性調査のフェーズだ。技術的・商業的な有望性を証明する段階で、期間は6ヶ月から12ヶ月、予算上限はSBA(Small Business Administration、中小企業庁)基準で約31万4363ドル(約4700万円)。ただし省庁によっては25万ドルから27万5000ドル程度の場合もある。

  • Phase II、第二段階は研究開発とプロトタイプ作成のフェーズだ。製品化に向けた本格開発で、期間は2年間、予算上限は約200万ドル(約3億円)、正確には209万5748ドル。

ただし、ウェイバー、適用除外措置により、特定のプロジェクトではこれを超える予算が認められる場合もある。NIH等では実際にこの上限を超える資金提供の事例が存在する。

この金額の差だけでも圧倒的だが、本質的な違いはそこではない。

SBIRでは、この資金から主任研究者、PI(Principal Investigator)自身の給与を支払うことができる。それどころか、フルタイムのエンジニアを数名雇用し、会社組織を維持できる規模だ。

Phase IIの資金、約200万ドルは、日本の感覚では巨額に思えるかもしれない。しかし、これは2年間でフルタイムの研究者3人から5人を雇用し、設備を整え、試作品を作るための資金だ。アメリカの人件費を考えれば、決して余裕のある金額ではない。

しかし、重要なのは、この資金があれば研究者は大学を離れてもなお、食べていけるということだ。

つまり、SBIRは研究費ではなく、起業家の生活費であり、初期の事業運転資金なのだ。

研究者がSBIRを獲得した瞬間、無給のリスクを負うことなく、自身の技術開発に専念する職業的な起業家へと転身できる。

これが、日本の科研費との決定的な差だ。

日本の科研費は、大学に留まって細々と研究を続けるための活動資金に留まっている。対してアメリカのSBIRは、研究者が大学を飛び出してフルタイムで開発に没頭できる組織を作るための資金を提供する。

この差が、すべてを変える。


ただし、SBIRには厳しい条件がある

しかし、SBIRには見落としてはならない制約がある。

51パーセントルールだ。

SBIRの主任研究者は、採択時に主たる雇用の51パーセント以上がその中小企業にあることが義務付けられる。つまり、フルタイムの大学教授が片手間で社長をやることは構造的に不可能なのだ。本気で起業しろ、ということだ。

この制約により、大学に籍を置いたままSBIRのPIになることは、原則としてできない。

ここで、STTR、中小企業技術移転制度が重要になる。

STTRは大学と企業の連携を必須としており、PIは大学に主たる雇用があってもよい。エフォートの10パーセント以上を割けばよい。

このため、起業初期のアカデミア発スタートアップは、まずSTTRを利用して大学に籍を置いたまま立ち上げを行い、Phase IIやPhase III等の本格化段階でSBIRへ移行、または休職を選択するというステップを踏むことが多い。

つまり、アメリカのシステムは、段階的に大学から企業へとシフトできる設計になっている。


決定的な違い2:失敗しても、戻れる場所がある

では、大学のポジションはどうなるのか。

アメリカには、休職制度がある。

スタンフォード大学やカリフォルニア大学などでは、起業のために最大1年から2年間の無給休職を認める制度が整備されている。教員は大学からの給与を停止し、その間はSBIR資金やVC資金から自身の給与を得る。

そして、重要なのはここだ。事業が失敗した場合は、大学のポストに戻ることができる。

このリボルビング・ドアの仕組みこそが、研究者にハイリスクな挑戦を可能にしている最大の安全装置だ。

ただし、この休職にも限界がある。

通常、最大2年間。それを超えると、復帰が困難になるリスクが高まる。研究室のメンバーは散り、グラントは途切れ、論文実績も途絶える。2年という期限は、研究者にとって死活的に重要だ。

また、休職中であっても、大学との関係を完全に断つわけではない。

アメリカの大学の多くは、外部活動、OPA(Outside Professional Activities)の制限を設けている。MIT、カリフォルニア大学、スタンフォード大学などでは、一般的に週1日、約20パーセント、または年間39日から48日が上限とされている。

これは、教員が大学での本来の職務、教育と研究を疎かにしないための制約だ。

起業する際、研究者はこの制約と向き合わなければならない。大学に籍を置いたまま週1日だけ会社に行くのか。それとも、休職して完全に会社に専念するのか。

この選択が、キャリアの分岐点になる。

日本ではどうか。

一度大学を辞めて起業し、失敗した場合、アカデミアに戻ることは極めて困難だ。新たなポストを探さなければならないが、数年のブランクがある研究者を採用する大学は少ない。論文実績も途切れている。評価のしようがない。

兼業規制も厳しく、休職制度も一般的ではない。

つまり、日本の研究者にとって起業は、キャリアを賭けた一か八かの賭けになる。対してアメリカの研究者にとって起業は、一時的なキャリアの転換であり、失敗しても元の場所に戻れる。

ある大学関係者が言っていた言葉を思い出す。准教授が最も起業に適しているが、その准教授ですら週60時間から70時間働いている。

この状況で、キャリアを失うリスクを背負って起業する。それは合理的な選択ではない。

アメリカの研究者が起業するのは、勇敢だからではない。失敗しても戻れる場所があるからだ。


決定的な違い3:I-Corpsという矯正装置

しかし、資金と制度だけでは十分ではない。

研究者の多くは、技術至上主義に陥りがちだ。自分の技術は素晴らしい、これを世に出せば必ず売れる。そう信じて疑わない。

この思い込みを破壊するのが、I-Corps、イノベーション・コープスだ。

NSF(国立科学財団)が2011年に開始したこのプログラムは、アカデミア起業の成功率を劇的に向上させた発明と呼ばれている。

プログラムの内容は単純だ。7週間のブートキャンプ。参加チームには5万ドル、約750万円の活動資金が与えられる。

しかし、この資金は研究開発には一切使えない。

全額を顧客発見の旅、カスタマー・ディスカバリーに使うことが義務付けられる。飛行機代、ホテル代、インタビュー経費。とにかく、建物から出て、人に会い、話を聞く。

研究者は期間中に100人以上の潜在顧客にインタビューを行わなければならない。

想像してみてほしい。研究室に籠もって論文を書いてきた研究者が、いきなり見知らぬ企業や個人に電話をかけ、会いに行き、自分の技術について説明し、相手の反応を聞く。

最初は戸惑う。自分の技術の素晴らしさを説明すれば、相手は理解してくれると思っている。

しかし、現実は違う。

相手は技術に興味がない。相手が興味があるのは、自分の困りごとが解決できるかどうかだ。

この衝撃を、100人分浴びる。

これにより、自分の技術を中心とした考え方ではなく、顧客は誰で、何に困っているのかという市場視点を強制的にインストールされる。

Get out of the building.

スティーブ・ブランクのリーン・ローンチパッド手法に基づくこの標語が示すように、I-Corpsは研究室に籠もる研究者を、現場に引きずり出す矯正装置なのだ。

実績は驚くべきものだ。これまでに2500チーム以上が参加し、1400社以上のスタートアップが設立され、累計31億6000万ドル、約4700億円の資金調達に成功している。

日本にも大学発ベンチャー支援プログラムは存在する。しかし、顧客発見を強制するという点で、I-Corpsほど徹底したプログラムは見当たらない。

多くのプログラムは、ビジネスプランの書き方を教える。財務モデルの作り方を教える。プレゼンテーションの技術を教える。

しかし、最も重要なのは、顧客が誰かを知ることだ。

研究者のマインドセットを変えることなく、資金だけ与えても、起業は成功しない。アメリカはこの本質を理解している。


共通する課題:評価制度の壁

ここまで、アメリカの優れた点を見てきた。しかし、アメリカにも日本と共通する深刻な課題がある。

それは、評価制度だ。

前回の記事で、僕は日本の大学における問題を指摘した。スタートアップ創出は業績評価に含まれていない。論文を書けば評価される。グラントを獲得すれば評価される。しかし起業は評価されない。

実は、アメリカの伝統的な大学でも、同様の問題が存在する。

多くのR1大学、研究型大学において、テニュア、終身在職権審査の最重要指標は依然として被引用数の高い論文と獲得した競争的資金の額である。

特許やスタートアップ創出は、社会貢献のカテゴリーに入れられ、研究業績としては軽く扱われる傾向が根強い。

この状況を打破するため、オレゴン州立大学主導でPTIE、Promotion and Tenure - Innovation and Entrepreneurship、昇進・終身在職権とイノベーション・起業という全米連合が結成されている。

これは、テニュア審査基準を書き換え、イノベーション・起業活動を正当な学術的インパクトとして評価しようとする運動である。

しかし、この改革は進行中であり、全大学に浸透しているわけではない。

つまり、アメリカの研究者も、起業するか論文を書くかという二者択一を迫られている側面がある。

ただし、決定的な違いがある。

アメリカには、休職制度がある。研究者は一時的に大学を離れ、起業に挑戦できる。失敗しても戻れる。

この安全装置があるからこそ、評価制度が完璧でなくても、起業が可能になっている。


SBIRの光と影:成功と失敗から学ぶ

理論だけでなく、実例を見てみよう。SBIRから生まれた企業の成功と失敗。そこには、制度の本質が見える。

成功の象徴が、クアルコム、Qualcommだ。

1985年の創業当時、クアルコムはまだ製品を持たない研究開発企業であり、デジタル衛星通信技術、後のCDMAの基礎となる技術の開発資金を必要としていた。

創業初期にNSFおよび国防総省から約150万ドルのSBIR資金を獲得した。当時、民間市場はまだこの技術の商業的価値を理解しておらず、VC資金も十分ではなかった。

SBIR資金がエンジニアの給与を支え、チップ開発という巨額の先行投資を可能にした。

現在、クアルコムは時価総額1000億ドルを超える世界企業へと成長している。SBIRがなければ、今日のスマホ通信技術は存在しなかったかもしれない。

しかし、SBIRには闇も存在する。

SBIRミル、助成金工場と呼ばれる現象だ。

一部の企業が、製品化を行うことなく、何十年にもわたってSBIRの研究開発資金だけを受給し続けて生き延びる。これらの企業は提案書作成のプロフェッショナルではあるが、イノベーターではない。

アメリカ政府はこれに対し、商業化ベンチマークを導入した。過去に多数のPhase I、第一段階を受賞しながらPhase II、第二段階やPhase III、商用化に移行していない企業を、プログラムから排除する強硬措置をとっている。

さらに深刻なのは、Phase IIとPhase IIIの間の死の谷だ。

Phase IIで約200万ドル、約3億円を獲得しても、実際にPhase III、商用化に移行できるのは全体の40パーセントから50パーセント程度。

Phase IIの資金は、IT企業には十分でも、バイオやハードウェア企業にとっては治験や量産化を行うには全く足りない。このスケールアップ・ギャップを埋めるには、結局のところ民間VCの巨額資金が必要であり、SBIR単独ではゴールにたどり着けない。

つまり、アメリカのシステムも完璧ではない。資金の規模が大きくても、それだけでは社会実装には至らない。


NSFの革新:評価軸を変える

もう一つ、見逃せない制度設計がある。

NSF、国立科学財団のグラント審査基準だ。

日本の科研費審査が学術的な独創性に重きを置くのに対し、NSFでは知的メリット、Intellectual Meritと波及効果、Broader Impactsの2本柱で評価される。

知的メリットは、学術的な価値だ。これは日本の科研費と同じ。

しかし、波及効果とは何か。

その研究が社会にどう貢献するか。経済効果、教育、マイノリティ支援など。これが同等の重みで問われる。

つまり、研究者は申請段階から社会実装を意識せざるを得ない構造になっている。

単に論文を書くだけでは、満点は取れない。

この評価軸の違いが、研究者の思考の起点を変える。

日本の研究者は、学術的に面白いかを考える。アメリカの研究者は、学術的に面白く、かつ社会に貢献できるかを考える。

この差が、長期的には大きな違いを生む。


日本への示唆:何を変えるべきか

では、日本は何を学ぶべきか。

調査の結論は明確だ。アメリカが起業を促進できている最大の要因は、研究者のやる気や能力の違いではなく、資金の流動性とキャリアの可逆性にある。

  1. 第一に、資金が人を動かす。
    アメリカのグラントは、研究者が大学を飛び出してフルタイムで開発に没頭できるだけの生活費を提供する。日本の科研費は、大学に留まって細々と研究を続けるための活動資金に留まっている。
    日本が創るべきは、人件費として使える、研究者が大学を離れても食べていける大型資金だ。
    金額だけの問題ではない。使途の問題だ。科研費の使途制限を緩和し、研究者自身の給与、スタッフの雇用に使えるようにする。これだけで、風景は変わる。

  2. 第二に、制度がリスクを吸収する。
    アメリカの休職制度やSBIRの51パーセントルールは、研究者が一時的に起業家の帽子を被ることを強制しつつ、そのリスクをシステム全体で吸収している。
    日本が整備すべきは、失敗しても大学に戻れる人事制度だ。
    これは、個別の大学が独自に導入するだけでは不十分だ。全国的な制度として、文部科学省レベルで推進する必要がある。

  3. 第三に、教育が市場を向かせる。
    I-Corpsは、研究者の技術偏重マインドを強制的に市場志向へ矯正するシステムとして機能している。
    日本が導入すべきは、顧客発見を強制するプログラムだ。
    ビジネスプランの書き方を教えるのではなく、顧客と話す経験を強制する。100人にインタビューする。この経験が、研究者を変える。

  4. 第四に、評価軸を変える。
    NSFのように、波及効果を評価軸に組み込む。社会実装、企業創出を業績として正当に評価する。

これらは、予算を増やすだけでは実現できない。制度設計の根本的な転換が必要だ。


構造を変える覚悟

この記事を書きながら、僕は一つの確信を得た。

日本の研究者が起業しないのは、彼らの問題ではない。構造の問題だ。

そして、アメリカの研究者が起業できるのは、日本に比べて優れているからではない。構造がそれを可能にしているからだ。

前回の記事で、僕は日本の科研費の問題を指摘した。

今回、アメリカのシステムを分析した。

見えてきたのは、制度設計の圧倒的な差だ。

資金の規模と使途。休職制度。顧客発見プログラム。評価軸。

これらすべてが、起業を可能にする土台を作っている。

そして同時に、アメリカのシステムも完璧ではないことも分かった。

管理負担の増大。ソフトマネーの不安定さ。評価制度の壁。SBIRミル。死の谷。

これらは、日本が同じ轍を踏まないための教訓だ。

僕たちがグローバル・スタートアップ・キャンパス構想で目指しているのは、この構造を変えることだ。

研究者が持つ技術の種を、社会が求める未来へと繋ぐための新しい選択肢を創る。研究者自身が起業しなくても、研究シーズと経営人材を接続する仕組み。VCでも大学でもない、第三のプレイヤーとしての役割。

しかし、それだけでは足りない。

日本の科研費を、人件費として使える大型資金に変える。大学の人事制度を、失敗しても戻れる仕組みに変える。I-Corpsのような顧客発見プログラムを導入する。評価軸を、社会実装を含むものに変える。

これらすべてが必要だ。

そして、これは一企業や一大学で成し遂げられることではない。政策の転換、制度の設計、エコシステム全体の変革が必要だ。

僕たちは、その一端を担いたい。


▶︎【前回の探求】なぜ日本の研究者は起業しないのか

前回、僕は日本の研究者が起業しない構造的要因を分析した。 今回は、アメリカの競争的資金の実態を明らかにした。


この探求の旅に、参加しませんか

グローバル・スタートアップ・キャンパス構想を通じて、僕たちが目指しているのは、研究者を起業しろと追い詰めることではない。

研究者が持つ技術の種を、社会が求める未来へと繋ぐための新しい選択肢を創ること。 研究者自身が起業しなくても、研究シーズと経営人材を接続する仕組み。 VCでも大学でもない、第三のプレイヤーとしての役割。

もし、この問いに共感してくださる方がいらっしゃれば、ぜひ対話させてください。

一緒に、日本のDeepTechエコシステムの構造を変えていく仲間を探しています。

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執筆者:菊地瞭(博報堂オープンインキュベーション局)