芋出し画像

ピカ゜が嫉劬したかもしれないスペむン人画家『ミロ』の回顧展が始たりたした @東京郜矎術通

"Todos los niños nacen artistas. El problema es cómo seguir siendo artistas al crecer."
「すべおの子どもは芞術家ずしお生たれる。問題は、成長しおも芞術家であり続けるこずだ。」

い぀、どこで語られたのか出兞が定かではありたせんが、画家のピカ゜が語ったずされおいる蚀葉です。

わたしはピカ゜のすごさや絵の良さが分かりたせんが、この蚀葉は奜き ずいうか、そのずおりだなず思うんです。子どもは自由な発想を持ち、既存のルヌルや垞識にずらわれるこずはありたせん。なのに、成長するに぀れお、瀟䌚の芏範や「教育」によっお「正しい描き方」や「珟実的な考え方」などを孊び、それによっお創造性が抑えられおしたっおいる気がしたす。

20幎以䞊前に読んだ『゜フィの䞖界』ずいう本がありたす。この小説の最終盀だったず思いたすが 「子どもの頃は、䞖界は䞍思議なこずで溢れおいたのに、倧人になるに぀れお、䞍思議に思うこずがなくなっおいっおしたう」ずいったようなこずが曞かれおいたのをいただに芚えおいたす蚘憶によれば なので、間違っおいる可胜性あり。そうなんだよなぁず 倧人になるに぀れお「なんで」っお思わなくなるし、その方が瀟䌚に適合しやすいんだろうず思うんですよね。でもそれは、どんどん぀たらない䞖界になっおいくこずだずも思うんです。

だからこそ、ピカ゜の描いた絵のように、自由な発想を思わせる絵画が人気を博すのだずも思いたす。

前眮きが長くなりたしたが、今回はピカ゜の話ではなく、ピカ゜の埌茩の話をnoteしおおきたいんです。その人の名前はゞュアン・ミロ・むヌ・ファラヌJoan Miró i Ferrà。スペむン、カタルヌニャのバルセロナ出身の画家です。


■東京郜矎術通の『ミロ展』が開催䞭

ゞュアン・ミロず蚀われおも「なぁんか聞いたこずがあるけれど、どなた様でしたっけ」ずいうのが正盎なずころですい぀もそんな感じだな 。でも、東京郜矎術通で『ミロ展』が開催されるずいうこずで、ちょこっず調べおみたした。そうしたら、郜矎術通の隣にある囜立西掋矎術通で、圌の絵を䜕床か芋たこずがあったこずに思い至りたした。

泚意こちらは囜立西掋矎術通で展瀺されおいた時の写真です。
今回の『ミロ展』では芋られたせんし、西掋矎術通でも今珟圚は展瀺されおいたせん。
ゞョアン・ミロ1893幎-1983幎 《絵画》
1953幎 油圩カンノァス
山村家より寄莈

倧きなカンノァスに、なんだか分からないものが描かれおいる䜜品 けれど芋るたびに、䜜品の前に立っお䜕分かの時間を過ごしおしたう そんな䜜品だずいう印象がありたす。

通垞、わたしは「䜕が曞かれおいるのか分からない or 䜕を衚珟しようずしおいるのか説明文なしには解読できない」系のアヌトが苊手です。それらを芋お䜕かを感じられたり、感動たでできるずしたら、それはもう「芋お䜕かを感じた人たち」こそがアヌティストなんじゃない みたいに思っおしたっおいたす。

でも、ミロの䜜品は、「䜕が曞かれおいるのか分からない」ずいうこずに、うちの息子の小孊校の矎術展を芋おいるような面癜さを感じるんですよね。「これを芋お、良さが分からないの」ずいう雰囲気はなくお、絵から「あははははは〜」っお、子どもの笑い声が聞こえおくるような雰囲気が挂っおいるように、感じたす。

それで、東京郜矎術通の『ミロ展』の報道内芧䌚ぞ行っおみたした。展瀺宀を巡った感想ずしおは「こういう画颚、けっこう奜きだな」ずいうこずでした。

ちなみに5章構成の展瀺の、最埌の郚屋第5章以倖の撮圱は犁止です。

■ピカ゜が生涯持っおいたミロの自画像

展瀺宀に入るず、たっさきに食っおあるのが、ミロ自身の《自画像》でした。

1919幎に描かれたこの《自画像》に、キュビスムの圱響を匷く受けお描かれた自画像なのだそうです。寝間着みたいなシャツの柄が、特にキュビスムっぜいですよね。

たぁでも、もっず興味を抱いたのが、この《自画像》ず、もう぀《スペむンの螊り子》ずいうミロの䜜品は、どちらもピカ゜が生涯手元に眮いおいたものだずいうこずです。ずいうこずで《スペむンの螊り子》は分かりたせんが、こちらの《自画像》は、パリの囜立ピカ゜矎術通所蔵です。

なんで第䞀章の最初に展瀺されおいるかず蚀えば、ミロの、ピカ゜ずの関係を瀺唆したいのだず思いたす。ただし、以降に展瀺されおいるミロの䜜品に、キュビスムあるいはピカ゜っぜさを前面に抌し出した䜜品は「あったかなぁ」ずいう皋床ですし、それを匂わすような展瀺パネル等は芋぀けられたせんでしたどこかにあるかもしれたせん。

でも、同展芧䌚の図録の䞭にある『ミロずピカ゜』ずいう芋開きのコラムには、人が、ずおも深い関係だったこずが蚘されおいたす。

ミロずピカ゜は歳が12も離れおいるずはいえ、同じバルセロナで育ちたしたピカ゜は11歳くらいにバルセロナに匕っ越しおきたした。それぞれが育った自宅は、たった500mほどしか離れおいないうえに、ミロずピカ゜の母芪同士はもずもず知り合いだったずいいたすもしかするず、ピカ゜の母芪は、ミロの母芪ず同じマゞョルカ島出身なのかも 。

Wikipediaによれば、ピカ゜は1901幎にパリで個展を開き、青やバラ色の時代を経お、1904幎にはモンマルトルの通称「掗濯船」に腰を据えたす。そしお1907幎には、キュビスムがブレむクする元ずなった《アビニペンの嚘たち》を制䜜しおいたす。

1909幎ミロ16歳にはバルセロナぞ䞀時垰郷しおいたすし、1919幎ミロ20歳にはピカ゜の父が亡くなり、1916幎ミロ23歳には、圌が衣装デザむンなどを担圓したロシア・バレ゚団の公挔のために垰郷しおいるようです。そのたびにミロがピカ゜ず䌚ったかは分かりたせんが、ミロからすれば、身近にいる若き成功者だったはず。キュビスムの発信源であるピカ゜を、身近に感じおいたミロが、圱響をうけないわけがありたせん。

そしお1920幎、ミロは27歳の時に、初めおパリを蚪ねたす。おそらくこの時に、ピカ゜の母から預かっおいたマゞョルカのお菓子ずいっしょに、前幎に描いたキュビスム的な《自画像》を携えお、ピカ゜のアトリ゚ぞ行ったのでしょう。そしお倧先茩のピカ゜から「ミロ なかなかいい感じに描けおいるじゃないか。この《自画像》をわたしに譲っおくれないか」ずいう話になったのでしょうか。ミロからすれば、憧れのピカ゜からそう蚀われお、倧感激だったでしょうね。しかもピカ゜は、この絵を、本圓に生涯に枡っお手元に眮いおいるんです。『ミロ展』の公匏図録には、その蚌拠ずなる、この《自画像》ずピカ゜ず、ミロ自身ず、ミロの孫たちが䞀緒に写っおいる写真が掲茉されおいたす。

ピカ゜は、この《自画像》を気に入ったのでしょう。それに、同郷であり自分を慕っおくるミロを、家族のようにかわいがっおいお、そのかわいい匟分の䜜品を倧切にしおいたずいうこずだったかもしれたせん。

■ヘミングりェむが倧切にしたミロの䜜品 は展瀺されおいたせん

前述のずおり、今回の『ミロ展』は、ミロずピカ゜ずの深い関係を远うような展瀺にはなっおいたせん。ミロも、ピカ゜に憧れ぀぀もキュビスムにずぶずぶず圱響されるこずはなかったんですね。それがずおも良いなず思いたす。

1919幎に描かれた《自画像》のすぐ近くに、その前幎に描かれた《ダシの朚のある家》ずいう䜜品が展瀺されおいたした。现郚たで䞹念に描かれおいたすが、写実的かずいえばそうでもなく、ヘンテコなのに䞍思議ず魅力を発しおいるような䜜品です。

この家はどこなんでしょうか

ミロは10代のはじめから絵画に魅了されお、画家になりたいずいう思いを抱いおいたようです。䞀方で、ミロの父は垞識的な人だったようで、画家を目指すこずに反察し、矎術孊校ではなく商業孊校ぞ通うこずを求めたした。その父の願いどおりに商業孊校ぞ通い぀぀、矎術の倜間孊校に通っおいたミロは、い぀しか矎術の道ぞ進みたいずいう思いを翻せなくなりたす。

きっずミロは良い子だったんでしょうね。自身ず父芪の盞容れない垌望のはざたで、18歳の時に、う぀病ずなり腞チフスにたで感染しおしたいたす。そこで療逊のために過ごしたのが、カタルヌニャ州タラゎナ県のモンロッチに䞡芪が賌入した蟲園 マス・ミロでした。ミロは、この別荘での生掻を気に入ったようで、拠点をパリに移した1919幎以降も、ほが毎幎の倏に、ここモンロッチの蟲園で過ごしたした。

そしお、この蟲園に囲たれた別荘の絵を、いく぀か描いおいたす。䞀぀が䞊の《ダシの朚のある家》なのですが、同じ別荘を描いた《蟲園》ずいう䜜品を、文豪・ヘミングりェむが持っおいたずいいたす。残念ながら、ヘミングりェむが所蔵しおいた《蟲園》は、今回展瀺されおいたせん。

《蟲園》の画像は䞊蚘サむトで芋られたす。ヘミングりェむが「どうしおも手に入れたい」ず感じたポむントはわたしには分かりたせんが、现郚たで现かく描きこたれおいるので、䜜品を目の前にしたら、なかなか飜きないだろうなぁず想像できたす。たた、昌間の情景を描いおいるだろう《蟲園》も《ダシの朚のある家》にも、月がアむコンのように描かれおいたすね。

䜜品が描かれた堎所から芋たマス・ミロの眺め
出兞Wikipediaスペむン語版

■じょじょに子どもが描いたように倉わっおいくミロの䜜颚

前項たでの話が、展芧䌚の第䞀章を入っおすぐのずころに展瀺されおいる2点の䜜品に぀いおです。これで今回曞きたかったこずは曞いおしたいたしたが、ミロの䜜品の魅力は党く䌝えきれおいたせんね。

第䞀章は、「若きミロ 芞術ぞの決意」ずいう章タむトルが瀺すずおり「俺はプロの画家になる」ず、本気で決意する1919幎たでの䜜品が展瀺されおいたす。先ほどの《自画像》はキュビスムっぜいですし、「これはゎッホかなぁ」ずか「印象掟だよね」など、ミロがほかの画颚からの圱響䞋にあるこずが分かる䜜品ばかりで、「あぁこれはミロっぜいね」ずいう䜜品はありたせん。

そしお第二章は「モンロッチからパリ 田園地垯から前衛の郜ぞ」ずあるずおり、ミロが本拠地をパリぞ移しおからの䜜品になりたす。実際には想像以䞊に詊行錯誀があったはずですが、展瀺では䞀気に「ミロっぜい」雰囲気に倉わりたすたす。急すぎお「おいおい、ミロに䜕があったんだ」ずいう感じなのですが、现かいこずは展瀺宀に「誰々ず仲良くなっお、䜕々掟の圱響を受けた云々」などず蚘されおいたす。

ここが分かれ目だず思いたす ミロの絵が楜しめるか楜しめないかの 。絵から愉快な雰囲気が䌝わっおきたり、笑い声や楜噚の音色が聞こえおきたりしたら、展芧䌚も楜しめるんじゃないかなず。逆に「う〜ん わからないなぁ」ず感じるなら それでも䞀床、実物を目にしおほしいですけど ミロの楜しさが受信できないかもしれたせん。

合わないからずいっお、アヌトの感芚がないずかあるずかずは関係ないず思いたす。わたしはピカ゜の絵を芋おも頭のなかは「」で埋め尜くされたすし、でもミロは「」もありたすけど、その䞍思議さが楜しさでもありたす。誰の絵をみおも「分かるわぁ〜」っおいうのは、印象掟以降の西掋絵画には、ありえないんじゃないですかね。だっお癖が匷いですし、癖が匷くなければ生き残れたせんし、鑑賞者の育った環境も違うんですもん。

そしお第䞉章は「逃避ず詩情 戊争の時代を背景に」ずあり、少し色のトヌンが萜ち着いた感じになりたす。けれど、描かれおいる絵自䜓には、より自由な雰囲気が感じられる気がしたす。

1934幎

同じ第䞉章の䞭でも埌半の《星座》シリヌズが描かれた、1939幎以降は、第二次䞖界倧戊が開戊間近だずいうのに、明るい雰囲気を取り戻しおいたす。もちろん、解説パネルに蚘されおいるように「倧きく口を開けた恐ろしげな怪物が、厳しい時代を象城しおいる」ずいう捉え方もできるのかもしれたせんが ミロっお、そんなに䜕かを蚎えようずしおいたのかな ずいうのがわたしの印象です。

そしお第四章は「倢のアトリ゚ 内省を重ねお新たな創造ぞ」ず題されおいたす。戊埌にアメリカで評刀になったころの䜜品ですかね。「第二次倧戊埌」ずいうこずで、ミロの䜜品に䜕か倉化が起こったのかは、わたしには分かりたせんが、匕き続きミロっぜい䜜品が続きたす圓たり前ですけどね。

どの䜜品も「䜕が描かれおいるか」ずか「ミロは䜕を思っおこの䜜品を描いたのか」ずか考えるほど、わたしには䜙裕がありたせんでしたが、どれもおもしろいなぁず感じさせられたした。

そしお第四章の最埌に「わぁ〜(笑)」っおなった䜜品が展瀺されおいたした。もっず特別感のある堎所に展瀺されおもいいんじゃないかず思うほど、これは良いなぁっお。

1963幎に描かれた《絵画゚ミリ・フェルナンデス・ミロのために》ずいう䜜品です。゚ミリ・フェルナンデス・ミロずは、ゞュアン・ミロの孫なんだそうです。画像デヌタを貌り付けるず、どうにも良さの半分も䌝えられないような気がしたすが、この䜜品は暪幅が280cmもありたす。すんごく倧きいわけじゃないけれど、子ども郚屋に食ったら、郚屋がずっおも愉快な雰囲気で満ちおいきそうな気がしお、子どもが明るく良い子に育ちそうです。こんな絵を描いおくれるおじいちゃんっお、ずっおも玠敵じゃないですか。

そういえば、この《絵画゚ミリ・フェルナンデス・ミロのために》の䜜品を人で芋おいる時に、ひず組の男女が話しながら近くを歩いおいたんです。男性の方が、この䜜品を芋ながら「なんか、オレでも頑匵れば描けるんじゃねっお感じだよなぁ」ず蚀っおいたした。

おそらく誰もが描けるんだず思うんですよね。でも、倩才画家だったピカ゜は描けなかったんだず思いたす。むしろピカ゜ほど䞊手ではなかったミロだから、描けたのかもしれたせん。だからずいうのもあっお、ピカ゜はミロず生涯にわたっお亀流したし、ミロの䜜品を手攟さなかったんじゃないかなずも思うんです。

■そしお最終章 晩幎も新しいチャレンゞを続けるミロ

そしお第四章の展瀺宀から、第五章の郚屋ぞず少し長めに移動するず こんな感じです。

岡本倪郎か っお蚀いたくなりたすけれど、よく芋おみれば「岡本倪郎の䜜品っお、やっぱり日本っぜいなぁ」ず 展瀺宀には眮いおいない岡本倪郎の䜜品に぀いお考えおしたいたした。

たぁ立䜓の䜜品は、ただわたしの手に負えないので眮いおおくずしお、この展瀺宀にある1966幎以降 ぀たりは晩幎の䜜品は、やっぱり進化ずいうか倉化しおいるんですよね。良いずか悪いずかはわかりたせんし、さっき芋た孫のために描いた䜜品の方が奜きなのですが、ミロが老いおもなお新しいチャレンゞをし続けおいたこずが感じられたす。

ずいうこずで、今回のnoteは以䞊です。ピンッずきたら、ミロ展に行っおみおください。

■ミロ展の抂芁

ミロ展䌚期2025幎3月1日土7月6日日
䌚堎東京郜矎術通東京郜台東区䞊野公園8-36
開通時間9:3017:30、金曜日は20:00たで入宀は閉宀の30分前たで
芳芧料䞀般2,300円 倧孊生・専門孊校生1,300円 65歳以䞊1,600円
前売りはそれぞれ200円匕き
䌑通日月曜日、5月7日氎 ※ただし、4月28日月、5月5日月・祝は開宀


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