訪問看護経営で押さえておきたい地政学的思考
地政学とは何か
地政学とは、地理的条件が国家の行動や戦略にどう影響するかを考える見方です。
山が多いのか、平野が広いのか。海に開かれているのか、内陸なのか。資源はどこにあり、誰と接しているのか。そうした「地理の条件」が、その国の安全保障、経済、外交、戦争のやり方まで規定していくという考え方ですね。
要するに、「国は理想だけで動くのではなく、置かれた場所に引っ張られて動く」という話です。
シーパワーとは何か
シーパワーとは、海を通じた移動、交易、補給、軍事展開を押さえる力のことです。
単に海軍が強いというだけではなく、海路、港、物流、通商ルートを握ることに価値を置く発想です。
シーパワーの国は、海の向こうとつながることで富を得ます。
だからこそ、海路の安全、港の確保、中継地の支配、貿易の優位性が重要になります。
海を押さえるとは、海そのものを所有するというよりも、「人・物・金が流れる道を押さえる」ということなんですよね。
ランドパワーとは何か
ランドパワーとは、陸地を面として押さえ、国土を広げ、地続きの支配圏を拡大する力のことです。
こちらは海路よりも、国境線、平野、交通路、緩衝地帯、補給線の維持といったものが重要になります。
ランドパワーの国は、陸続きで隣国とぶつかりやすい。
そのため、外敵の侵入を防ぐために国境を押し広げたり、周辺地域を緩衝地帯にしたりしながら、安全保障を確保しようとします。
つまりランドパワーは、「流れを押さえる」というより、「地面を押さえる」発想です。
シーパワーの国の例
代表例としてよく挙げられるのは、イギリスです。
島国であり、海軍力と貿易網を基盤に勢力を広げました。世界中の港や中継地を押さえ海上交通を支配することで巨大な影響力を持った典型ですね。
日本も基本的にはシーパワー的性格が強い国です。
島国であり、外との接続や物流、海上輸送の安定が国家運営に直結します。国内の経済もエネルギーも資源も海路の確保と切り離せません。
古代でいえばアテネやカルタゴもわかりやすいです。
アテネは海軍と交易で力を持ち、カルタゴもまた海上交易ネットワークを強みとしました。いずれも「海を通じて富と影響力を得る」タイプの国家です。
ランドパワーの国の例
ランドパワーの代表例としてはロシアが非常にわかりやすいです。
広大な平原を持ち、外敵の侵入に対して常に奥行きと緩衝地帯を求めてきた歴史があります。国土の広さそのものが安全保障の一部になっている国です。
ドイツも歴史的にはランドパワー的性格が強いです。
ヨーロッパの中心にあり、周囲の大国と地続きで接するため、陸上での勢力均衡や領域支配が重要になりやすい。
中国も典型的なランドパワーです。
広大な国土、長い内陸の統治、周辺地域の安定確保が国家戦略の中心にあります。
古代でいえばスパルタもランドパワー的です。
海上交易よりも陸上支配と軍事的規律を重視した。
ローマも時代によって性格は変わりますが、拡大の基礎は陸上の征服と道路網、駐屯、行政支配にあり、まずはランドパワー国家として見るとわかりやすいです。
シーパワーの国とランドパワーの国の要点
何を押さえようとするかを見ていきましょう。
訪問看護の経営と関係ないやんって思うかもしれませんが、この要点がまさに新興の訪問看護と古くからある訪問看護の思考の違いと戦略の違いが隠されています。
まず、シーパワーの国が押さえようとするのは、海路です。
港、中継地、海峡、交易路。つまり「流れの通り道」を押さえます。
ランドパワーの国が押さえようとするのは、土地です。
国境、平野、交通路、周辺地域、緩衝地帯。つまり「支配の面積」を押さえます。
なぜそれを求めるのか
シーパワーの国は、海を押さえることで、富・物流・補給・外交影響力を得るためです。
海路を握れば、自国は繁栄し、相手には圧力をかけられる。海の支配はそのまま経済の支配につながりやすい。
ランドパワーの国は、国土を広げることで、安全保障と統治の安定を得るためです。
国境線を遠ざけ、敵の侵入を難しくし、資源や人口を抱え込む。陸の支配はそのまま生存圏の確保につながりやすい。
求めた時に出る弊害
シーパワー依存の国家は、海路や交易に依存する分、補給線が切られると一気に弱ることがあります。
外との接続が生命線なので、海上封鎖や物流の混乱に脆い。
また、遠方への影響力維持には高いコストがかかるので、海軍力や経済力が落ちると急速に覇権を失いやすい傾向にあります。
一方、ランドパワー依存の国家は、拡大そのものが正しさになりやすい。
国土を広げること、緩衝地帯を確保すること、外敵を押し返すことが国家の正義になりやすいんですよね。拡大にウェイトを置かない場合は圧倒的統治に傾きやすいです。民衆の周辺国が圧倒的権威をもってくれるように動くこともあります。
その結果、国内をまとめるために「外の敵」を必要としやすくなります。
対外的な脅威を強調し、周辺との緊張を利用しながら内部を統合する方向に傾きやすい。
さらに、広げた土地を維持するために軍事・統制・中央集権が強まり、社会が硬直化しやすいという問題も出る。
ざっくりここまでまとめると
地政学とは、国が置かれた地理によって、その戦略や行動が大きく左右されるという考え方である。
海に開かれた国は、海路・港・交易を押さえることで繁栄しようとし、これをシーパワーという。イギリス、日本、古代アテネやカルタゴなどがその典型だ。
一方で、広い平野や地続きの国境を持つ国は、土地・国境・緩衝地帯を押さえることで安全を確保しようとし、これをランドパワーという。ロシア、中国、ドイツ、古代スパルタやローマなどがその例としてわかりやすい。
シーパワーは流れを押さえる力であり、ランドパワーは面を押さえる力である。
そして、この違いは単なる軍事の違いではない。何を重要とみなし、どう拡大し、何を恐れ、どんな弊害を抱えやすいかという、国家の性格そのものに関わってくるということです。
さて、訪問看護に落とし込んでみようか
新興の小規模訪問看護事業所は、地域という海に浮かぶ新しい小国です。
国土もなく、人口もなく、歴史もない。
だから最初から面を取りに行っても勝てないです。
勝てるかもしれないけど結構ギャンブル。
取るべきはシーパワー、つまり紹介の海路です。
海路にはいろいろあるんですけど、まずは紹介の海路です。
一方、古参の訪問看護ステーションは、長年の地域活動、店舗数、顔の広さ、連絡会での役割によって、地域における信任を得ている状態です。
その結果、面を取れています。
これはまさにランドパワー的です。
ただし、その古参の中にも二種類あります。
単に面を持っているだけで、そこに海路が何となくついてきているタイプ。
もう一つは、古参でありながら本当にシーパワーを理解し、紹介航路を自前で複数押さえているタイプ。
前者のエリアでは新規参入の余地があるが、後者のエリアでは新興はかなり苦しい展開になります。
だから新興が狙うべきは、面で勝負することではありません。
まだ見つけられていない海路を見つけること。
既存の大国が雑に握っている航路を、より精密に取り直すこと。
あるいはランドパワー国家と貿易するように、既存の大きな地域秩序の中で実利を差し出しながら接続していくこと。
そうやって海路を1本ずつ作り、育て、気づかれないうちに増やしていく。
これが新興にとっての拡大戦略になると思います。
そして重要なのは、訪問看護という業種では、ランドパワーはしばしば見かけより弱いということです。
これが世界の地政学と訪問看護の地政学との大きな違いです。
我々訪問看護事業者は結局のところ資源のないシーパワー依存の国なんです。なのにランドパワーを使うところに古参が廃業するロジックがあります。
本来の地政学であれば、ランドパワー国家は国土そのもの、人口そのもの、資源そのものを抱え込めます。
ロシアなら天然ガス、中国なら巨大市場、そういう「その国に付くこと自体が利益になるもの」を持てるわけです。
でも訪問看護は違う。根本が違う。
古参事業所が地域で顔を持ち、会合で発言力を持ち、連携の中心にいたとしても、それだけで利用者を自動的に生み出せるわけではないです。
資源の湧き出る井戸を持っているわけではない。
それを無理やり穴掘って、どうに水脈を掘り当てたのが施設訪看です。
でもその水脈はもう制度改変で枯れました。
結局、利用者は紹介航路を通って流れてくるということです。
つまり、訪問看護におけるランドパワーは、実態としては「安心感」や「権威性」の比率が高い。
もちろんそれは無意味ではないですよ。
だけど、それ自体が利用者供給装置ではない以上、本当に大事なのは海路の方なんです。
つまりこういうことです。
古参がランドパワーを持っているように見えても、その実態が「面の支配」ではなく、「面を持っているように見える安心感」に留まっている場合がある。
その場合、紹介の海路が本当に精密に押さえられているわけではない。
地域の顔、昔からいる、拠点数が多い、その空気感で何となく案件が集まっているだけのことがある。
そういうエリアでは、新興でも新たな航路を作れば意外と食い込める。
逆に古参が本当にシーパワー型なら厳しい。
病院、訪問診療、ケアマネ、施設、相談員、退院支援、全部の細い海路まで把握し、誰に何を返せば流れが続くかを知っている。
このタイプは、ただの古参ではなく、海の支配者です。
このエリアに後発で入るのは本当にしんどい。
一国の大国なら、海路が細れば内部から弱っていくでしょう。
案件が減り、面の維持が難しくなり、徐々に縮小するでしょう。
そこに新興が伸びていけば群雄割拠になるのでチャンスはあります。
でも、複数の事業所が緩やかに結びつき、地域で威厳を共有しているような連邦型では、話が変わると思いません?そして、その型が全国的にもかなり多いと思いませんか?
この場合、重要なのは実利より威厳になるんですよね。
なぜなら、構成員をまとめるものが「どれだけ利用者を取れているか」だけではなく、「この秩序に従っている限り安心だ」という感覚だからです。
連絡会がおばちゃんの寄り合い所になっているようなところはまさにこれです。恥をかかされたとか大声で叫ぶ人がいるエリアもまさにこれです。
だから海路が侵食され始めると、実利の改善より先に、外部への警戒や排除が始まりやすい。
つまり、敵を作って内部をまとめる方向に寄る。
これはランドパワー国家の典型とかなり似ています。
連邦型の古参秩序は、紹介を生み出す力そのものより、「そこに属していれば安心」という空気を売っていることがあるでしょ。
だから、その空気が揺らぐと、実務改善ではなく、異物を敵として扱うことで秩序を守ろうとする方向に振れます。
そして、そこに対する新興の態度が大事です。
新興が勢力を伸ばしたときに、同じように威厳ゲームに入るとダメなんですよね。
新しい権威になろうとすると、結局同じ構造になるから。
これは明確に対立構造を生みます。
そうではなく、新興は権威ではなく実利を地域に落とさないといけない。
ただし、その実利も「ランドパワー的に配る」のではなく、「新しい海路として供給する」というのがミソです。
つまり、
地域の誰かが困っているときにすぐ受ける。
難しいケースを返さない。
初回を速くする。
返書や連携を丁寧にする。
医療依存度の高い人を支える。
空白地帯に橋をかける。
今まで流れなかった案件が流れるようにする。
知識を共有する。
海路の一部を共有する…これはだいぶ後半がいいけど。
これらは全部、「資源を分配する君主」として振る舞うことではなく、「新しい流通路を作る商人国家」として振る舞うことです。
そもそも資源を分配する君主にはなり得ないですからね。
ま、やりようによっては資源を配る方法はありますが、それはまた別の機会に。
だから、新興の訪問看護事業所がやるべきことは明確です。
古参の真似をして、地域の顔になろうと焦らないことです。連絡会で存在感を出そうとか、地域で名の知れた人と並ぼうとか、会合で発言権を取ろうとか、そういうランドパワー的な振る舞いを早期にやり始めると、だいたい無理が出ます。なぜなら、そのゲームは面を持っている者が有利なゲームだからです。
小国が大国の真似をして閲兵式をしても仕方がない。
軍服だけ整えても、海路は増えないです。
港がなければ、人も物も金も入ってこない。
新興がまずやるべきは、静かに港を整えることです。
この相談なら受けられる、この疾患なら強い、この時間帯でも反応が早い、この病院からの退院支援には相性がいい、この先生の患者像とは噛み合う、この困難事例でも雑に扱わない。そういう小さな港をひとつずつ作ることです。
しかも、それは一つの大きな港である必要はないんですよね。
むしろ巨大港ひとつに依存する方が危ない。病院ひとつ、先生ひとり、ケアマネ数人、そこに依存した瞬間、その海路が細った時に国ごと沈むからです。
とは言え、いきなり分散はきついから最初の一本を太くして派生していくのが実際でしょう。
だから大事なのは、細くてもいいから複数の海路を持つことです。
大動脈を一本握り育てながら、毛細血管を何本も育てること。これが新興の生存戦略であり、拡大戦略でもあります。
そして、その海路は営業トークだけではできません。
結局は実務です。
受ける速さ、返す速さ、報告の精度、困難事例への向き合い方、医療依存度の高いケースを支える力、現場の安定感、連携相手に対する敬意。そういう地味で面倒なことの積み重ねが、航路になります。
ここを飛ばして権威だけ取りに行くと、海のないランドパワー国家みたいになるんですよね。
広がっているように見える。面を持っているように見える。だけど実際には流れがない。だから維持できない。維持できないから、最後は過去の威厳か、内輪の結束か、外への敵意で保とうとする。これはしんどいです。
逆に、新興が本当に海路を持ち始めると何が起こるか。
最初は気づかれません。
でも、じわじわ紹介が増える。特定の相談が自然に集まる。困った時に最初に思い出される。そうなると、面を持っていた古参の側が、なぜか最近流れが細いと感じ始める。ここで初めて、海路を失っていたことに気づくわけです。
つまり、訪問看護の拡大というのは、最初から国土を奪いに行く戦争ではないんですよね。
先に海を通すことなんです。
流れを変えることなんです。
流れが変われば、あとから地図は勝手に塗り替わる。
だから私は、訪問看護の経営で最初に問うべきことは、「うちは地域でどれだけ偉いか」ではなく、「うちはどんな海路を何本持っているか」だと思っています。
どこから、誰が、どういう理由で、何を期待して紹介してくれるのか。
その流れは再現できるのか。
その航路は太くできるのか。
他の事業所が見落としている航路はないのか。
既存の航路に対して、こちらはどんな実利を返せるのか。
ここを見ずに、面だけ見ていると、地図は立派でも中身のない国になります。
逆に、海路を持てば、小国でも生き残れるし、伸びる。
そして伸びたあとも、権威ではなく流れを作る側であり続けるなら、地域にとっても意味のある勢力になれると思うのです。
さて、海路をそれなりに取った、まだ歴は浅いがそれなりに地域で名が売れた事業所は何をするか。
連絡会でふんぞり返らずに、地域の在宅医療がいかに存続するか、詰まることなく医療や介護が提供される地域になるようにするかに賭けていくしかありません。
あくまで実利を得たいのは自分たちではなく利用者や利用者となる可能性がある人とその家族です。
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