一瞬でも暗闇を照らすほどの光を
きょうの一曲:吉田美奈子「恋は流星」
こんばんは。夜11時、FM八丈島。始めていきましょう。
八丈富士の中腹で車を停めました。昼なら町も空港も海も見える場所です。夜になると輪郭は消えます。残るのは草を渡る風と、暗がりで眠る牛の気配と、上から降ってくるような星の量だけでした。
流れ星を待っていたわけではありません。目が夜に慣れすぎて、空を見ているのか暗さを見ているのかわからなくなったころです。視界の端を細い光が走りました。あ、と言う前に消える。願いごとを三回唱える時間なんて、もちろんありません。
でも短いものが軽いとは限りません。長く続いた関係より、数秒の会話が何年も残ることがあります。名前をつける前に終わった感情ほど、引き出しがなくて困ります。しまえないから、いつまでも夜のどこかで光ります。
吉田美奈子の声が入った瞬間、山の上の静けさに街灯がともります。ホーンは星を説明せず、夜の厚みだけをぐっと押し広げる。暗がりの中にグラスがひとつ置かれ、誰もいない場所へ都会の気配が混ざる。艶はあるのに、濡れすぎない。流星の速さと街の粘度が同じスピーカーから出てくる、そのズレがいいんです。
低音はきれいに沈みきらなくてもいい。窓ガラスがかすかに震えれば、それで十分です。草の匂いの向こうに、知らないバーの扉が開く。八丈富士の夜と、遠い街の夜が数分だけ重なります。音楽は風景に寄り添うだけではありません。風景のほうが、音に合わせてふっと着替えることがある。
派手さは、孤独を消すためにあるわけではないのかもしれません。孤独に照明を当てるための派手さもあります。暗い場所にいるからこそ、音にはやや過剰なくらいの光沢がほしい。誰にも見られていない夜のために、舞台だけが先に用意される感じ。そういう贅沢なら、たまには許されていいと思います。
夜空を見上げる時間は、意外と体力を使います。首も痛くなるし、足元も冷えます。それでも一瞬のために待ってしまう。その無駄な待ち時間ごと、曲のイントロが拾ってくれる気がしました。
さて、そろそろお別れの時間です。今夜は首が痛くなるまで、もうしばらく空を見ていようと思います。
それではまた明日、この場所でお会いしましょう。おやすみなさい。
(2024.8.6 OA)
