~技術はある。継ぐ人がいない~
「事業承継は‟後継者探し”より前に始まっている」
日本には、社会へ残すべき技術や専門知識を持つ事業が数多くあります。
精密な加工技術を持つ製造業。
地域の健康を支える医療法人。
企業が健全な道を歩むための指南役となる士業法人。
いずれも、単に売上を生み出しているだけではない。
長い時間をかけて培った技術、経験、顧客からの信頼によって、社会を支えている。
ところが、どれほど優れた技術があっても、継ぐ人がいなければ、その価値は一代で途切れる。
「後継者が見つからない」
経営者から、そうした言葉をよく聞きます。
しかし、本当に人がいないだけでしょうか。
「なぜ、この事業を継ぎたいと思ってもらえないのか」
そこまで問い直す必要があります。
1. 「同族承継を前提にできる時代ではない」
以前は、経営者の子どもが事業を継ぐことが、ある程度当然と見られていた。
子どもの側も、家業を継ぐことを自分の役割として受け入れる傾向が強かった。
しかし現在は、子どもにも自分の職業や人生を選ぶ価値観がある。
同じ資格を取得しているとは限らない。
資格があったとしても、親と同じ経営をしたいかも別物。
医療法人や士業法人では、資格や制度上の条件も考慮しなければならない。
「家族だから継ぐだろう」
「会社へ入れれば、そのうち経営者になるだろう」
この前提で承継を考えるのはもう甘い。
それにもかかわらず、候補者の意思や適性を確認しないまま、同族承継だけを想定している会社があります。
準備を始めるのは、経営者が引退を意識してから。
後継者候補へ経営を教えるのは、代表交代の直前。
それでは、間に合わないのが実情です。
2. 成功例:「先代がつくった道を、後継者が舗装する」
ある製造業では、先代と後継者が激しく対立していました。
先代は、創業以来積み重ねてきた考え方や仕事の進め方を大切にしていた。
何もないところから顧客を開拓し、技術を磨き、社員を増やしてきた。
自分が歩んできた道に、誇りがある。
一方、後継者は、時代に合った価値観や方法を取り入れなければ、会社の未来はないと考えていた。
どちらも会社を守りたい。
それなのに、先代には後継者の提案が「これまでの経営の否定」に聞こえる。
後継者には先代の言葉が「何も変えるな」という圧力に感じる。
僕は後継者と一緒に、先代が創業時代から経験してきた苦労話を3時間聴きました。
顧客がいなかった時代。
仕事を得るために頭を下げた経験。
下請けに甘んじた苦い経験。
資金や人の問題に悩みながら、それでも会社を守ってきた年月。
その話を途中で否定せず、最後まで聴き切った。
そのうえで、僕は2人へ、こう伝えました。
「先代が道なき道をつくったことを後継者は認め、感謝してほしい。その思いを受け継いだうえで、つくってくれた道を舗装し周りに花壇を植える仕事は後継者に任せてほしい」
後継者に必要だったのは、過去を壊すことではない。
先代が切り拓いた道を、次の時代に合った形へ整えること。
先代に必要だったのは、後継者を否定することでもない。
自分がつくった道を、次の世代へ預けること。
これが雪解けのきっかけとなり、6か月後には代表が交代。
事業承継が動いたのは、株式や役職の話から始めたからではありません。
先代への承認と、後継者へ任せる覚悟が生まれたからです。
3. 失敗例:「会社へ入れば何とかなる」では何ともならない
別の製造業では、何の準備もないまま、社長の息子を入社させました。
現在の社長は、創業者である父親の事業を、大きな違和感なく受け継いだ経験を持っていたから。
そのため、
「自分も継げたのだから、息子も会社へ入れば何とかなるだろう」
と考えていた。
しかし、時代も、親子の価値観も、社員との関係も違います。
息子本人が将来どのような人生を送りたいのか。
会社で何を担いたいのか。
既存社員は、息子の入社と将来の承継をどう受け止めるのか。
誰が仕事を教え、どのような段階を踏んで経営へ関わらせるのか。
こうした擦り合わせを十分に行わないまま入社させたところ、息子は先輩社員となじめず、入社から10か月で退社。
一方この会社には、親族ではない優秀な幹部が一人いた。
僕は、その幹部を役員へ登用し、経営者としての能力を育てることも提案しました。
‟息子と非同族の幹部”
二つの可能性を残しながら、将来に備えるため。
しかし、幹部の育成や登用は遅々として進まず。
この失敗を、息子の能力や忍耐力だけの問題にすることはできない。
後継者本人も、受け入れる社員も、会社側も、準備されていなかったので……。
承継に失敗したというより、承継を始める前の土台がなかった。
そう捉えるべきでしょう。
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— 竹内明仁@「あり方×やり方」で経営の詰まりをほどく伴走者 (@HS36lab) August 29, 2026
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4. 「社会的に必要な事業でも継いでもらえるわけではない」
製造業、医療法人、士業法人は、いずれも社会への貢献度が高い事業です。
しかし、「社会に必要な仕事だから」という理由だけで、誰かが自分の人生をかけて継いでくれるわけではない。
後継候補は、その事業の未来を見ている。
自分の考えを生かす余地があるのか。
先代と違う方法を選んでも認めてもらえるのか。
社員は自分を受け入れてくれるのか。
経営者として責任を負うだけの価値と可能性があるのか。
先代の苦労話だけを聞かされ、従来のやり方を守ることだけを求められれば、後継者にとって承継は「未来をつくる仕事」ではなく、「過去を維持する仕事」になる。
それでは、継ぎたいと思えない人がいても不思議じゃない。
守るものと変えるものを分ける。
先代の志は受け継ぎ、方法は時代に合わせて変える。
その余白が必要。
5. ~‟職人気質”と「組織マネジメント」は別の力~
製造業、医療法人、士業法人には、もう一つの共通点があります。
技術や専門知識を持つ職人が、組織のトップを務めていること。
職人は、技術を深く掘り下げる。
自分の腕を磨き、より正確で、より質の高い仕事を追求する。
この姿勢が、事業の信用をつくる。
一方、組織マネジメントでは、自分ができることよりも、他の人ができる状態をつくることが求められる。
人を育てる。
判断基準を共有する。
仕事と権限を任せる。
異なる意見をまとめる。
失敗から学べる場をつくる。
職人としての優秀さと、組織を率いる力は対極にある部分。
優れた技術者が、自然に優れた経営者になるわけではない。
優れた医師や士業の専門家も同じです。
技術の磨き方は知っていても、後継者の育て方や、社員を巻き込む方法までは学んでいないことが多い。
だから、院長・代表・社長一人の力だけで事業承継を進めるのは難しいのです。
6. ~承継には「人・事業・組織」の三つの準備が必要~
事業承継というと、株式、相続、税金、借入金、保証、許認可などの手続きに注目が集まる。
もちろん、これらは重要。
しかし、その前に整えなければならないものがあります。
◎人の準備
後継候補を、親族一人に限定しないこと。
親族、社内の幹部、外部人材など、複数の可能性を持つ。
本人の意思や適性を確認し、経営を経験する機会を段階的に与える。
後継者は、名前だけで決めるものじゃない。
時間をかけて育ち、同時に本人が「この事業を継ぐ」と選ぶもの。
◎事業の準備
継ぐ価値のある事業になっているかの確認も必要。
優れた技術があっても、特定の人しか再現できなければ、承継は困難です。
技術、顧客との関係、判断基準、仕事の進め方を言葉や仕組みとして残すのが重要。
また、過去の事業をそのまま守るだけでなく、次の時代にどのような価値を提供するのかを描く。
後継者が、自分の未来と事業の未来を重ねられることが大切。
◎組織の準備
後継者だけを育てても、社員が受け入れなければ承継は進みません。
社員へ、なぜ承継するのか、何を守り、何を変えるのかを伝える。
後継者と社員が一緒に仕事をし、信頼をつくる時間を持つ。
先代も、少しずつ判断と権限を渡す。
後継者が経営者になる準備と同時に、組織全体が次の経営者を迎える準備を進める。
7. 「5〜10年の時間軸で考える」
事業承継は、代表者を変更するイベントではないですね。
後継候補を見つける。
本人の意思を確かめる。
経営を経験させる。
社員との信頼をつくる。
理念や技術を言葉にする。
段階的に判断と権限を渡す。
財務・法務・資格や制度上の条件を整える。
これら多くの条件を満たすには、相応の時間が必要。
承継予定日の5〜10年前から始めても、早過ぎることはない。
むしろ、候補者が決まっていない段階から、複数の可能性を検討しておく方が安全。
承継準備とは、次の社長を決めることだけではない。
現在の経営者がいなくても、事業の価値を提供し続けられる組織をつくること。
8. 「なぜ、第三者が必要なのか」
親子や師弟の間には、長い歴史があります。
先代が助言したつもりでも、後継者は否定されたように感じる。
後継者が改善を提案したつもりでも、先代には自分の人生を否定されたように聞こえる。
社員にも、
「結局は身内だから選ばれたのではないか」
「これから会社はどう変わるのか」
という期待や不安が満載。
利害と感情が絡むため、当事者同士だけでは話を前へ進めるのは難しい。
そこで、僕のような組織開発の第三者が間に入ります。
先代が守りたいもの。
後継者が変えたいもの。
社員が不安に感じていること。
それぞれを聴き、事実と感情を分け、相手へ届く言葉に翻訳します。
成功例で代表交代が実現したキッカケも、制度を先に整えたわけではない。
先代の歩みを認め、後継者に未来を任せるための言葉が双方へ届いたから。
第三者の役割は、後継者を決めることとは違う。
複数の選択肢を見える化し、当事者が納得して選べる場と、選んだ後に進める仕組みをつくること。
9. 「継承するのは、株や肩書だけではない」
事業承継で次の世代へ渡すものは、会社の株式や代表者の肩書だけではありません。
先代が事業を始めた志。
長年培ってきた技術と知識。
顧客や地域から寄せられた信頼。
そこで働く社員と、その家族の未来。
これらを次の時代へつなぐことが、事業承継の本質。
技術があっても、継ぐ人がいなければ事業は残らない。
しかし、「継ぐ人がいない」という言葉だけで終わらせる前に、問うべきことがあります。
後継者が選べる複数の道を用意しているか。
継ぎたいと思える未来を描いているか。
人を育て、任せられる組織をつくっているか。
「本当に、継ぐ人がいないのでしょうか?」
それとも、
「継ぎたいと思える事業と組織を、まだつくれていないのでしょうか?」
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