花のように、お茶を。
九月になると雑誌や新聞、コンビニのポスターで敬老の日を告げる広告が並ぶ。
「今年は何を贈ろうか」
そんなふうに毎年悩む。
花を贈るのは、すごく素敵だと思う。花をもらって嫌な人はいないし、色とりどりの花束はそれだけで祝いの気持ちを伝えてくれる。
花のように、お茶を贈るのはどうだろう。お茶と花は似ている。
私の持論。
時間をかけて淹れた一杯は、花が開くように茶葉がゆっくりと広がる。
緑色の葉が、湯の中でふわりとほどけていく様は、まるで、小さな花が咲く瞬間のよう。

敬老の日は、ただ「長寿をお祝いする日」ではない。これまで歩んできたその人の時間を、積み重ねてきた日常を、静かに敬意を払う日。
お茶は、そんな日にふさわしい贈りものだと思う。
花のように、美しく。花のように、心を動かすように。朝、目覚めてまず一杯。仕事の合間に、ほっと一息。夜、静かな時間に、自分と向き合うように。
お茶は、贈ったその日のうちに終わらない。何日も、何回も、淹れる度贈った人の気持ちを、毎日届けてくれる。
「いつもありがとう」
言葉にすると照れてしまうことも、お茶という形で自然に伝える。花のように、優しく。
お茶がそんな贈り物になればよいなと美しい花束を見る度に思います。
贈る相手のことを想いながら、お茶も花のように、贈られた人の日常に、そっと寄り添えると嬉しいです。
九月の敬老の日。今年は、花のように、お茶を贈ってみませんか。
