写真家の娘

トンカツを揚げた。
トンカツを揚げる時、思い出すのは母ではない。
むろん、中学のときに初めてアルバイトしたトンカツ屋の店主でもない。
思い出すのは、父だった。
父が写真を現像する姿を、
幼稚園の頃から、日常的に目にしていた。
赤い電気は現像に影響しない、ということを、幼稚園児は知っていた。
小ぜまい都内の古ぼけたアパート。
6畳の夫婦の寝室に、ダブルベッドと同じくらい存在感のある、引き延ばし機。
並べられた三つのバットに、
現像液、停止液、定着液、と順番に印画紙を浸す。
隣りのシャワーのついていない風呂で、水洗し、洗濯物干で写真を干す。
浮かび上がった写真の中には、きれいなモデルさんや、雑誌のインタビューを受ける著名人。
そして、数々の花嫁さんが、誇らしげに笑っていた。
写真家さん。
あなたの特別な被写体がお嫁に行く時、
あなたは、どんな気持ちでシャッターを押しますか?
2009年ごろに書いたブログの転載です。
