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40代、残りの稼働時間を考えた話

「なんで辞めるの?」

新聞社を辞めると言った時、周りの反応はだいたいこれだった。20年勤めた会社を辞めることへの驚きと、どこか「もったいない」という空気。地域に根ざした会社にいると、辞めること自体がイレギュラーな出来事になる。

でも正直に言うと、40歳を迎える前くらいから「残りの稼働時間」を考えるようになっていた。定年まであと何年、じゃない。元気に、前のめりで働ける年数があと何年あるか、という話だ。その年数は思ったより少ない気がした。

わくわくを軸に動いてきた20年

振り返ると、新聞社時代も「わくわくするかどうか」を判断基準にしていた気がする。

コロナ禍で行き場のなくなった玉ねぎを売った。新鮮なホタルイカが食べたくて早朝の日本海から三ノ宮まで運んで売ってみた。地元のレザーをパリでPRするからと言って、1年で3回パリに飛んだ。ラグビーワールドカップの取材と称してニュージーランドまで行った。自分で振り返っても「何してたん?」と思うけど、どれも「これは面白い(&新しいビジネス作れる)」と思ったから動いた。新聞社の営業として正解だったかどうかは、今もよくわからない。でもわくわくしていた。


パリのギャラリーを貸し切って「KOBE」をPR@2019Paris

「なんで辞めるの?」の次に来る質問

「お金は大丈夫?」だった。

逆にお金だけかい!?と思って開き直れた。うちには子どもが4人いる。新聞社にいても足りないしな。。だったら好きなことをやろう。

CLACKをWantedlyで見つけたのは、転職活動の途中だった。さまざまな困難を抱える高校生へデジタル教育・キャリア支援を行う認定NPO法人だ。最初に理事長と話したものの、半年ほど迷い続けた。「現場を見に来ませんか」と声をかけてもらい、ようやく見学に行った。

ITのことはよくわからなかった。今もそんなに詳しくない。ただ、ITを手段にして高校生を支援している、という発想が面白かった。これもわくわくだった。

残りの稼働時間を、わくわくできる場所で使いたかった。
ありがたいことに今のところ大きな病気もなく元気です。子ども4人もいるけど、まあなんとかなってます。

次回は転職してからのお話へ

あとがき

このシリーズはAIと対話しながら書いている。意図の汲み取りは、正直驚くレベルだった。ただ、AIに「こういうことですよね?」と言われて「あ、そっか」ってなる瞬間が何度かあった。自分の言葉なのか、AIが作った言葉なのか。都合よくまとまりすぎてて、ちょっと気持ち悪い。それでも、書かなかったら言語化できなかったことが出てきたのも確かだ。気持ち悪いまま、続けてみようと思っている。

認定NPO法人CLACKのnoteはこちら https://note.com/npo_clack

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