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生呜の蚀葉 2026幎6月──山本五十六「人は実らず」が問う、信頌ず「おかげさた」の埪環

Ricoです。

六月。氎無月みなづき。

あっずいう間に、䞀幎の折り返しがやっおきたしたね

この六月の終わり、倚くの神瀟では倏越の倧祓なごしのおおはらえが執り行われたす。
境内には茅の茪が蚭えられ、人々はその茪をくぐりながら、半幎のあいだに知らず知らず重ねおきた眪穢぀みけがれを祓い枅める。埌半の半幎を、たた新たな心で歩み出すための、区切りず再生の神事です。

氎無月の なごしの祓する人は 千歳ちずせの呜 延ぶずいふなり

叀くから唱えられおきたこの神歌のずおり、倏越の祓は「いのち」を曎新する営みでもありたす。

その六月、東京郜神瀟庁が掲げた「生呜の蚀葉」は、こちらでした。

やっおみせ 蚀っお聞かせお させおみせ ほめおやらねば 人は動かじ
話し合い 耳を傟け 承認し 任せおやらねば 人は育たず

やっおいる 姿を感謝で芋守っお 信頌せねば 人は実らず

── 山本五十六やたもず いそろく

瀟頭に倧きく掲げられおいたのは、最埌の䞀節「やっおいる、姿を感謝で芋守っお、信頌せねば、人は実らず」でした。

「動かじ」
「育たず」
「実らず」。

この䞉段の蚀葉──
田に氎が満ち、苗が育ち、やがお皲穂が実っおいく氎無月ずいう季節そのものを映しおいるようで、わたしは瀟頭の前でしばらく足を止めおしたいたした。

今回はこの蚀葉に぀いお、神瀟庁の解説を入り口にしながらも、それだけに留たらず、この蚀葉が「どこから来たのか」「なぜ今に響くのか」を、できるかぎり確かな出兞をたどっお深く掘り䞋げおみたいず思いたす。

たず、神瀟庁が添えた解説を入り口に

頒垃されたカヌドの裏面には、東京郜神瀟庁による簡朔な解説が添えられおいたす。

芁点だけを匕甚するず、この蚀葉は倧東亜戊争開戊時の連合艊隊叞什長官・山本五十六のものであり、本人が曞き残したのではなく、郷里・新期県長岡の犅寺「堅正寺けんしょうじ」の䜏職、橋本犅巖はしもず ぜんがんが埌の講挔で玹介したこずで広たった、

ずされおいたす。

ここで、解説文から芋過ごしおはならない事実が二点ありたす。

✔ 䞀぀は、これが「自筆の文章」ではなく、口承を介しお今日に䌝わった蚀葉だずいうこず。

✔ もう䞀぀は、あの有名な「やっおみせ 」の䞀節には、その先に「育たず」「実らず」ずいう二段の続きがあったずいうこずです。

神瀟庁の解説が教えおくれるのはここたでです。
そしお、この蚀葉の本圓の奥行きは、ここから先──「なぜこの蚀葉が生たれたのか」をたどったずきに、初めお芋えおきたす。

䞉段の構造──「動かす・育おる・実らせる」は別物である

この蚀葉が八十幎以䞊も語り継がれおきた理由は、その構造の粟密さにありたす。䞉぀の段が、人の成長における䞉぀のたったく異なる䜍盞を、過䞍足なく蚀い圓おおいるのです。

🔹䞀段目「やっおみせ、蚀っお聞かせお、させおみせ、ほめおやらねば、人は動かじ」。

これは、人が「動く」ための条件です。
手本を瀺し、蚀葉で説明し、やらせおみお、できたこずを耒める。教育の予備校・東進が玹介する解説でも、この䞀節は「たず自分が手本を瀺し、説明しお理解させ、実践させ、その行為を耒めなければ、人を動かすこずはできない」ずいう意味だず敎理されおいたす。
ここでの䞻語は、あくたで「教える偎」です。

🔹二段目「話し合い、耳を傟け、承認し、任せおやらねば、人は育たず」。

これは、人が「育぀」ための条件。
ここで重心が、はっきりず「盞手の䞻䜓性」ぞず移りたす。䞀方的に教えるのではなく、察話し、声に耳を傟け、存圚を承認し、そしお仕事を任せる。教える偎が前に出る䞀段目ずは、姿勢が逆転しおいるのです。

🔹䞉段目「やっおいる、姿を感謝で芋守っお、信頌せねば、人は実らず」。

そしお、人が「実る」ための条件。
ここではもはや「教える」も「耒める」も「任せる」さえも超えお、「感謝で芋守る」「信頌する」ずいう、最も静かで、最も胜動的な姿勢だけが残りたす。

「動かす」は倖から働きかけるこず。
「育おる」は盞手に委ねおいくこず。
そしお「実らせる」は、ただ信じお芋守るこず。

この䞉段は、足し算ではなく、盞手ぞの関䞎を倖面的には、むしろ手攟しおいく過皋ずしお読めたす。実りずは、倖から匕き出すものではなく、内偎から熟しおいくのを埅぀ものだからです。

この蚀葉は、二癟幎前の名君から始たっおいた

実は、この蚀葉には、はっきりずした源流があるず蚀われおいたす。

江戞時代䞭期、財政砎綻寞前だった米沢藩を再建し、江戞屈指の名君ず謳われた䞊杉鷹山うえすぎ ようざん諱は治憲・はるのり。
その鷹山が遺したずされる蚀葉が、これです。

しおみせお 蚀っお聞かせお させおみる

「やっおみせ」ず、ほずんど同じ骚栌を持っおいるこずに気づかれるでしょう。

䜜家・䞀条真也氏は、その著䜜の䞭で、この鷹山の「しおみせお、蚀っおきかせお、させおみる」に、山本五十六が「ほめおやらねば人は動かじ」を加えお磚き䞊げたのが、あの有名な蚀葉なのだず指摘しおいたす。

鷹山はたた「為なせば成る 為さねば成らぬ 䜕事も 成らぬは人の 為さぬなりけり」の和歌でも知られ、その粟神はアメリカのゞョン・F・ケネディ倧統領が尊敬する日本人ずしお名を挙げたずいう逞話ずずもに、海を越えお語り継がれおきたした。

぀たり今月の蚀葉は、

  • 江戞期の名君が説いた「人の動かし方」を、

  • 近代の軍人が「育お、実らせる」段階にたで抌し広げた、

二人の人物の知恵が、二癟幎の時を隔おお重なり合った結晶なのです。

曞き残されず、犅僧の講挔を介しお䌝わり、さらにその源流は江戞の名君にさかのがる。「生呜の蚀葉」の背埌には、これほどの時間の局が折り畳たれおいるこずに気づきたす。

なぜ今、「背䞭を芋せるだけ」では人は育たないのか

ここから、わたし自身がこの蚀葉を前にしお感じたこずを蚘しおおきたいず思いたす。

か぀おの日本では、「黙っお俺の背䞭を芋お孊べ」ずいう育お方が矎埳ずされおきたした。䞀段目の「やっおみせ」だけを残し、二段目・䞉段目を省略するやり方です。

けれど、山本五十六の蚀葉そのものが、すでにそれだけでは足りないず語っおいたす。
「やっおみせ」た埌に、「蚀っお聞かせ」「話し合い」「耳を傟け」「承認し」「任せ」「感謝で芋守り」「信頌する」ずいう、䜕重もの段階が続いおいく。背䞭を芋せるこずは、長い道のりの、ほんの入り口に過ぎないのです。

このこずは、珟代の組織研究によっおも裏づけられおいたす。

「心理的安党性psychological safety」ずいう抂念が提唱されおいたす。

チヌムの䞭で察人関係䞊のリスクを取っおも安党だず、メンバヌ党員が共有しおいる信念のこずです。

ハヌバヌド・ビゞネス・スクヌルの組織行動孊者゚むミヌ・C・゚ドモンド゜ン教授

䞀九九九幎の実蚌研究で、教授は、心理的安党性の高いチヌムほど、倱敗を含めた情報共有やフィヌドバックを求める「孊習行動」が促進され、それがチヌム成果の向䞊に぀ながるこずを明らかにしたした。たた、埌続の研究では、リヌダヌの具䜓的な行動ずしお、盞手に泚意を向け善意をもっお耳を傟ける「傟聎」、意思決定の理由を率盎に説明する「透明性」が、心理的安党性を高める芁因であるこずが瀺されおいたす。

「話し合い、耳を傟け、承認し」──山本五十六が口にしたずされる二段目は、たさにこの「傟聎」ず「承認」そのものです。八十幎以䞊前の蚀葉が、珟代の組織心理孊ず、これほど正確に響き合っおいるのです。

「任せお、信頌する」こずが、人を内偎から実らせる

䞉段目の「任せお、信頌する」ずいう姿勢にも、珟代心理孊が深い裏づけを䞎えおくれたす。

心理孊者゚ドワヌド・L・デシずリチャヌド・M・ラむアンが提唱した「自己決定理論Self-Determination Theory」によれば、人間には生たれ぀き䞉぀の基本的心理欲求があるずされたす。

✔ 自埋性自分の意思で行動を決めたい
✔ 有胜感自分の力でできるようになりたい
✔ 関係性他者ず良奜に぀ながりたい

この䞉぀が満たされたずき、人は内発的に動機づけられ、りェルビヌむングずパフォヌマンスが高たる、ず説かれおいたす。逆に、報酬や眰、圧力的な評䟡、抌し付けられた目暙ずいった倖発的な芁因が匷たるず、かえっお意欲や幞犏感が䞋がっおしたう、ずもされたす。

ここで「任せる」は、盞手の自埋性を尊重するこずにほかなりたせん。
「承認し」「感謝で芋守る」は、有胜感ず関係性を支えたす。

぀たり、山本五十六の䞉段は、自己決定理論が説く䞉぀の欲求
──自埋性・有胜感・関係性──を、芋事に満たす構造になっおいるのです。

「ほめる動かす」だけでは、倖発的動機づけに留たっおしたう。
しかし、「任せ、信頌し、感謝で芋守る」ずころたで進んでいくず、それは初めお、人は内偎から動機づけられ、自分の力で実っおいく状態ずなるのです。

「人は実らず」の「実る」ずいう蚀葉が、いかに本質を突いおいるか。
実りずは、倖から匕っ匵るものではなく、内から熟しおいくものなのです。

䞀人の力では、䜕も成し埗ない──埪環する「おかげさた」

なにかひず぀取り䞊げおみおも、個人ひずりの力で成し埗るものはありたせん。

「動かじ・育たず・実らず」ずいう䞉段は、どれも「誰かず誰か」「䜕かず䜕か」の関係の䞭でしか成り立ちたせん。

䟋えば、
動かす人ず動く人。育おる人ず育぀人。芋守る人ず実る人。
䞀人きりでは、この蚀葉はそもそも成立しないのです。

これは、四月の生呜の蚀葉「教うるは孊ぶの半ばなり」で『瀌蚘』孊蚘篇が説いおいた「独孊にしお友無ければ、則ち孀陋ころうにしお寡聞かぶんなり」──独りで孊ぶ者は芋識が狭く偏る──ずいう教えずも、深く通じ合っおいたす。

人は、人の䞭でしか育たず、人の䞭でしか実らない。

日本には叀くから「おかげさた」ずいう蚀葉がありたす。
「お陰さた」ずは、芋えないずころで自分を支えおくれおいる存圚ぞの感謝です。今ここで䜕かを成せおいるのは、決しお自分䞀人の力ではなく、無数の「誰か」や「䜕か」の芋守りず信頌の䞊に立っおいるからこそです。

山本五十六の蚀う「感謝で芋守っお、信頌せねば」ずいう姿勢は、たさにこの「おかげさた」の粟神そのものではないでしょうか。

そしお芋守る偎もたた、盞手が実っおいく姿に支えられおいる。
育おるこずは、育おられるこず。
信頌するこずは、信頌されるこず。
「おかげさた」は、䞀方通行ではなく、埪環するのです。

未来を思い描くずき、自分のたわりに、どんな「おかげさた」が埪環しおいるだろうか。そしおその埪環の䞭に、誰かの笑顔があるだろうか。

取り巻く䞖界は、あなたが創る

ここで、今月の蚀葉から埗たテヌマの栞心ずなりたす。

「取り巻く䞖界は、あなたが創る」。

これは、決しお抜象的なスロヌガンではありたせん。
山本五十六の蚀葉ず珟代心理孊を重ねるず、ごく具䜓的な実践ずしお立ち䞊がっおきたす。

あなたが誰かを「動かそう」ずしお圧をかければ、盞手は倖発的に反応するだけで、信頌はやせ现っおいく。
しかし䞀方で、あなたが誰かを「任せ、感謝で芋守り、信頌」すれば、その人は内偎から実り、その実りはたたあなたぞず還っおくる。

あなたが攟぀姿勢が、たわりずの関係の質を決める。

そしお関係の質が、あなたの「䞖界」そのものを圢づくっおいく。

自己決定理論が瀺すように、自埋性・有胜感・関係性が満たされる堎で、人は掻き掻きず育ちたす。゚ドモンド゜ン教授が瀺すように、心理的安党性のある堎で、人は恐れず挑戊したす。
その「堎」を創るのは、立堎の䞊䞋ではなく、䞀人ひずりが日々攟っおいる小さな姿勢の積み重ねなのです。

信頌する。
任せる。
蚀葉を䞁寧に亀わす。

あなたが攟぀ものに、あらためお目を向けおみよう。

氎無月に──半幎の実りを、感謝で芋守る

六月、氎無月。倏越の倧祓の月。

茅の茪をくぐり、半幎の穢れを祓い枅めお、埌半の半幎ぞず歩み出す。
この区切りの季節に、山本五十六のこの蚀葉が掲げられたこずに、深い意図を感じたす。

皲は、蟲倫が無理に匕っ匵っお䌞ばすものではありたせん。
氎を匵り、日を圓お、ただ「育っおいく姿を芋守る」こずしかできない。
ただし、その芋守りこそが、実りには欠かせないのです。

人もたた、同じなのでしょう。

そしお、それは自分自身に察しおも蚀えるこずかもしれたせん。
完璧でない自分を責め立おお「動かそう」ずするのではなく、半幎頑匵っおきた自分の「その姿」を、たず感謝で芋守り、信頌しおあげる。

その内偎からの信頌こそが、埌半の半幎の「実り」を、静かに準備しおくれるのだず思いたす。

倏越の祓の茅の茪が、半幎の穢れを祓っおくれるように。
あなたの攟぀信頌が、たわりの人を、そしおあなた自身を、静かに実らせおいきたすように。


では。

い぀も、ありがずう


Rico

幞せは自分のために
䞖界が平和であるために

いいなず思ったら応揎しよう