05|「普通の人ができることをできない人」じゃなくて
離婚してから、子どもたちと父親との面会に、私は特別な制限を設けていません。
子どもが「会いたい」と言ったときは、できるだけ自由に会えるようにしています。
ただ、私自身は、離婚後、必要なこと以外の連絡はしていません。
もう、必要のない会話をすること自体がしんどい。
それくらい、離婚前後のやり取りは、私の中で深い傷として残っています。
離婚前には、子どもたち二人が発達障害になったのは、私からの遺伝だと言われたこともありました。
その言葉は、今でもときどき胸の奥に残っています。
そんな中でも、子どもたちは父親と出かけることがあります。
動物園や水族館など、障害者手帳による助成の対象になる施設へ行くこともあるので、そのときは二人分の障害者手帳を持たせています。
その流れで、次女がパパに聞いたそうです。
「障害者って何?」
その質問に対して、パパはこう答えたそうです。
「普通の人ができることをできない人」
次女は帰りの車の中で静かに涙が出てしまったそうです。

その言葉を聞いたとき、私は少し胸がぎゅっとなりました。
たしかに、そう見える場面もあるのかもしれません。
みんなと同じようにできないこと。
時間がかかること。
助けが必要なこと。
気持ちの切り替えが難しいこと。
感覚のつらさを、うまく言葉にできないこと。
そういう部分だけを見れば、
「できない人」
という言葉で説明されてしまうのかもしれません。
でも、私はその言葉だけで終わらせたくありませんでした。
子どもがその言葉を聞いたとき、
「私は普通じゃないんだ」
「私はできない人なんだ」
「私は人より劣っているんだ」
そんなふうに受け取ってしまうかもしれないと思ったからです。
我が家の姉妹は、ASDとADHDの特性があります。
同じ発達障害という言葉でくくられていても、困り方はまったく違います。
長女は、選択肢が多いと頭がいっぱいになってしまうことがあります。
「どうしたらいいの?」
「何を選べばいいの?」
「もうパンクしそう」
そんなふうに、目の前のことを整理するだけで、大きな負担になることがあります。
次女は、暑さや汗、服の感覚、体の違和感から、気持ちが一気に爆発してしまうことがあります。
本人も困っている。
でも、うまく言葉にできない。
気づいたときには怒ってしまっている。
そんなことが何度もありました。
だから私は、次女にこう伝えました。
「障害者手帳はね、メガネと同じようなものだよ」
目が悪い人が、メガネをかける。
足がつらい人が、杖や車いすを使う。
音が苦手な人が、イヤーマフを使う。
それと同じように、
自分ではどうしようもできない困りごとがあるときに、
少しでも暮らしやすくするためのもの。
「障害者手帳は、できない人の証明じゃないよ。
幸せに暮らしていくために、助けを受けやすくする手帳だよ」
そう伝えました。

障害という言葉は、ときどき重たく聞こえます。
親である私も、最初からすぐに受け入れられたわけではありません。
診断名がついたとき。
手帳を申請したとき。
学校で配慮をお願いしたとき。
福祉サービスを使うことを考えたとき。
そのたびに、どこかで自分を責めていました。
「私の育て方が悪かったのかな」
「私のせいなのかな」
「この子たちは、これからどうやって生きていくんだろう」
そんなふうに、何度も考えました。
でも、少しずつ思うようになりました。
障害は、その子の価値を決めるものではない。
障害は、
その子が劣っているという意味ではない。
ただ、その子が生きていくうえで、
人より多くの工夫や支援が必要になる部分があるということ。
できないことがあるから、価値が低いわけじゃない。
助けが必要だから、弱いわけじゃない。
みんなと同じやり方が合わないからといって、
その子の人生まで否定されるわけじゃない。
私は、子どもたちにそう伝えていきたいです。
世の中には、
努力すればできる。
がんばればできる。
みんなやっているんだからできる。
そんな言葉がたくさんあります。
でも、発達特性のある子どもたちを育てていると、
その言葉だけでは届かない場面があります。
がんばっていないのではなく、
すでに毎日がんばっている。
わがままなのではなく、
本当に苦しい。
できないのではなく、
やり方が合っていない。
そういうことが、たくさんあります。
だから私は、
子どもたちに「普通」を目指してほしいわけではありません。
誰かと同じようにできることよりも、
自分の困りごとを知ること。
助けてと言えること。
自分に合う方法を探せること。
できない自分を責めすぎないこと。
そして、
自分には自分の生き方があると思えること。
そちらのほうが、ずっと大事だと思っています。
「普通の人ができることをできない人」
その言葉を、私は責めたいわけではありません。
きっと、説明しようとして出てきた言葉だったのだと思います。
でも、私は母親として、
その先にある言葉を子どもに渡したい。
「あなたは、できない人なんかじゃないよ」
「苦手なことがあるだけだよ」
「助けてもらっていいんだよ」
「工夫しながら、幸せに暮らしていけばいいんだよ」
そう伝え続けたいです。

障害者手帳は、
この子たちを小さくするためのものではなく、
この子たちの暮らしを守るためのもの。
できないことを数えるためではなく、
生きやすくするためのもの。
私はそう思っています。
いつか子どもたちが大きくなったとき、
「私は普通じゃないからだめなんだ」
ではなく、
「私は私の特性を知っている」
「必要な助けを使っていい」
「自分の人生を、自分の形で作っていい」
そう思えるようになってほしい。
そして支援は、甘えではなく、
幸せに暮らしていくための道具。
私はこれからも、
その言葉を少しずつ、子どもたちに渡していきたいです。

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