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しだれ梅 青ブラ文学部「一輪挿しの花」


 3月に入ったばかりのある土曜日。
 昼すぎに帰宅すると、庭のしだれ梅が一気に咲いていた。
 その朝は、バタバタと急いで家を出たので気づかなかった。
 「出かけた後から咲いたのか?」
 花は青い空を背景にその一帯を濃いピンクに染め、コントラストが見事だった。しばらく彼は、早春の訪れを眺めていた。
 
 「そう言えば・・」
 彼は玄関を掃除した時に、下駄箱の下にあった紙箱に一輪挿しの花瓶を見つけていた。亡き母が置いたまま忘れたのであろうその一輪挿しに、しだれ梅のひと枝を飾ってみようと思いついた。
 夜はまだ肌寒い。玄関はその外気のせいもあり、どこか寒々しい空間だ。一人暮らしの夜の玄関にこそ、春を飾ろうというわけである。
 彼は、なるべく短くつぼみの多い枝を選んで切ると、一輪挿しに生け、下駄箱の上に置いた。
 「ん?」
 しだれ梅はしだれた枝に下向きに花が咲く。だがこのしだれ梅は、逆向きで一輪挿しにやって来た。下向きの花は上向きに方向を変えさせられて咲いている。では蕾たちはどちら向きに咲くのだろうか?枝が上向きになっても、花は下向きに咲くのだろうか?
 春休みの自由研究だ。彼の童心が浮き立った。しだれ梅には迷惑な話かもしれないが、君たちがどう答えを出すのか楽しみだとでも言いたそうな顔でニヤリとして、彼はまた午後から外出した。
 
 久しぶりに集まった同級生たちとの飲み会でしこたま飲んで帰った彼は、日曜日は昼まで寝ていた。帰宅した時に玄関のしだれ梅は見忘れた。
 独身の彼は同級生達にどうすんだこれからと心配されたが、家事炊事は苦にならないし、当分ははひとりを楽しむさと答えたが、流石にしだれ梅がどっち向きで咲くのか楽しみなんだよとは言えなかった。お前大丈夫かぁ?と言われるに決まっている。狭い庭の手入れで母を手伝って来て、去年のしだれ梅の剪定が上手くいったのか、今年は見事に新しい枝にたくさんの花が咲いたんだと言おうにも、男達は誰かの言いだしっぺから妻との関係の愚痴話に花を咲かせて、彼だけそういうものかぁとうなづくしかなかったのである。

 昼間の玄関は下駄箱の上の窓から当たる光で、そこそこ明るい。
 「どれどれ?」
 しだれ梅の蕾たちは、ほころびかけている。中に一輪、これと思う花があった。上を向いて咲いていた。
 「枝が逆向きなら、花も逆向きなんだ」
 つまりは本来の枝の向きの通りに咲くと言うわけだ。彼はふと、夫にかしずく従順な女性を想像した。いやいや、同級生の妻たちと同様、現代女性は黙ってはいないはず。   
 彼は母が使い残した吸水性スポンジを取り出し、充分水を吸わせると下駄箱の上、受け皿からはみ出させて一輪挿しのその枝を本来の下向きに刺し変えた。
 「何やってるの?それ、前衛生け花のつもり?」
 まだ見ぬ妻があきれた様子でつぶやいた。彼は「ほんとだな」と苦笑した。

                              (了)



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