人生は、「失う」ことでできている
皆様こんにちは🌸ゆとぎです😊
今日もここに来てくださり、
本当にありがとうございます🩷(u_u*)✨
皆様が大好きですっ❤️❤️( ´ ▽ ` *)✨✨
今日は、
「失うこと」
について考えた時のお話です🌸
「失う」は悪いこと?
私たちは、
「失う」
という言葉を聞くと、
どこか悲しいことのように感じます。
失敗すること。
別れること。
なくしてしまうこと。
できれば避けたいものとして考えがちです。
でも、
本当にそうなのでしょうか。
生まれた瞬間から失う
人は
生まれた瞬間から、
ずっと何かを失い続けているんですよね。
赤ちゃんは、
赤ちゃんである時間を失い、
子どもは、
子どもの時間を失います。
大人は、
少しずつ若さを失っていく。
今日という日も、
この文章を読んでいる今この瞬間も、
少しずつ過去になっていて。
だから
私たちは、
生きているだけで、
何かを失い続けているんですよね。
だからこそ得られるもの
でも、
その「失う」があるから、
新しいものを得ることができるんですよね。
幼児でいる時間を失うから、
小学生になれる。
春が終わるから、
夏がやってくる。
昨日を失うから、
今日という一日を生きられる。
そう考えると、
「失うこと」は、
「得ること」の反対ではなく、
同じ出来事の裏表なのかもしれません。
選ぶということ
以前も
綴ったことがありますが、、
「何かを選ぶということは、
同時に、
何かを選ばないということ。」
時間を仕事に使えば、
その時間は家族と過ごせませんし、
その道を行けば、
あの道は選ばなかったことになる。
何かを得るたびに、
私たちは、
何かを手放しています。
選択とは、
小さな喪失の積み重ねなのかもしれません。
自分で選べること
人生には、
避けられない「失う」があります。
時間、
若さ、
命。
でも、
自分で選べることもあります。
それは、
「何を失うか」
つまり、
時間を何に使うのか。
何を手放して、
何を大切にしたいのか。
その選択は、
自分で決めることができるんですよね。
最期には
知識を得れば、
知らなかった自分を失います。
経験を得れば、
経験していない自分を失います。
親になれば、
親ではなかった自分を失います。
そして、
最後には、
命さえも失います。
でも、
それは終わりではなく、
生きた証でもあるのかもしれません。
失うことは、
変化そのもの。
だから私は、
失うことを、
少しだけ優しく見つめてあげたいと思うんです🌸
おわりに
人生は、
「失わないように生きること」
ではなく、
何を失って、何を得たいのか。
その選択を、
繰り返していくことなのかもしれません。
だから私は、
何かを失うことを恐れるより、
何を喜んで手放したいのか。
そのことを、
大切に考えながら生きていきたいと思います🌸
本日も最後まで読んでくださり、
本当にありがとうございました🌸m(_ _)m✨
