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オタク気質の私が漫画のヒロインについて考えてみた〜前編・90年代のヒロイン〜

こんにちは、発達障害マダムの大磯りんご飴です!

幼い頃から様々なアニメや漫画が身近にあった私ですが、特に少女アニメのヒロインには憧れの感情を抱いたものです。

時が経ち人生経験を重ねた事で心境が変わった今の私は、当時のヒロインについてどのように考え方が変わったのでしょうか?

今回は前後編に分けて漫画のヒロインについての考察を書かせて頂いていますが、前編にあたるこの記事では90年代に流行った少女アニメのヒロインについてお話ししたいと思います。

※今回のお話の中には私の独断による辛口批評が含まれておりますので、苦手な方はご注意下さいませ。

私に大きな影響を与えたヒロイン達

90年代のヒロインの中でも、現在も私の中に強く存在するヒロインは2人います。

1人は、現在に至るまで30年以上高い人気を誇る"美少女戦士セーラームーン"のメインヒロイン、月野 うさぎです。

もう1人は、1995年にアニメ化し現在までシリーズ化している"ふしぎ遊戯"の初代ヒロイン、夕城 美朱です。

皆さん既に知っている有名なヒロイン達かと思いますが、簡単に説明致しましょう。


月のプリンセス・月野 うさぎ

セーラームーンとの出会いは幼稚園時代、周りの女子達が注目していた事で私も興味を持ちました。

セーラームーンことうさぎは、食べる事と寝る事が好きなドジっ子で、初期はルナや他のセーラー戦士、衛から呆れられる言動も数多く存在していました。

そんな彼女ですが、物語が進むにつれて持ち前の明るさと親しみやすさで次第に周りを惹きつけていき、最終シリーズ"セーラースターズ"では女神の如く世界のために敵の心と真正面から向き合う姿勢を見せました。

長年続いたシリーズの中で玩具展開も精力的に行われ、セーラームーングッズを持っている事が一種のステータスになっていました。

私も例外ではなく、セーラームーンの変身コンパクトや必殺技ステッキで遊びながら
「りんご飴ちゃんはセーラームーンになるんだ!」
と本気で思っていました。


朱雀の巫女・夕城 美朱

美朱との出会いは小学校時代、当時は夕方にアニメを見るのが日常茶飯事で、ふしぎ遊戯を見ていたのもその流れでした。

母親の願いを叶えるために名門校を目指す一方で本当は食べる事やのびのび生きる事が好きな美朱ですが、図書館で偶然見つけた"四神天地書"という本に興味を持ち、その本の中に吸い込まれて紅南国を救う"朱雀の巫女"に選ばれます。

本の世界で初めて出会った鬼宿とのロマンスや親友の唯との対立など、様々な人間関係や数多い困難に立ち向かううちに、本当に大切なものに気づきそれらを守るために立ち続ける気概を手に入れます。

ふしぎ遊戯は母も興味を持ち原作コミックを揃えたほどですが、母のコミックを勝手に読ませて頂きまして美朱の物語の顛末を知り、
「鬼宿に愛される美朱みたいになりたい」
と愛され願望を持ったものです。


昔のヒロイン達に対する、現在の私の感情

うさぎと美朱の物語を見聞きしてから30年近く経った現在の私の、彼女達に対する考え方はどのように変わったのか、これからお話ししていきます。


うさぎと美朱の共通点

90年代当時はあまり意識した事がありませんでしたが、うさぎと美朱は根本が似ている同じタイプのヒロインだと思います。

食いしん坊で成績はあまり良くないドジっ子感情が揺れ動きわがままな一方で、周りの人々を惹きつける親しみやすさがあります。

特筆すべきは、うさぎだったら衛、美朱だったら鬼宿といった、愛する人のためならば強大な敵に立ち向かう事も厭わない、愛情の深さと覚悟の強さです。

現実世界の女子達と同じような等身大の少女が愛の力で強くてかっこいい女性に生まれ変わる成長物語が90年代のトレンドで、当時の女子達には高い人気を誇っていました。


刺激される劣等感

ここまでうさぎと美朱を褒める文章を書いてきましたが、現在の私にとって彼女達はむしろ劣等感や嫌な思い出を刺激する、苦手意識がある存在に変わってしまいました。

食いしん坊のドジっ子でわがまま、だけど親しみやすいと言われる雰囲気の持ち主……2人の共通点は実は私にも共通する事柄だったのです。

決定的に違う点は、愛する人のために困難に立ち向かう覚悟で、私はそれを手に入れる事ができませんでした。

元夫からよく言われていたのが
「子供や家族のために如何に犠牲になるかが親としての気概だ」
という言葉で、家事や育児を到底好きになれなかった私はその考え方にずっと苦しめられてきました。

次第に精神を病んで周りのために尽くす事自体に嫌気がさした私は、半ば八つ当たりのように
「私にうさぎや美朱みたいになれって言うの?」
「うさぎや美朱みたいになんかなれっこない」
と、私の一番できない事をやってのけて女神のような存在になったうさぎや美朱に苦手意識を持つようになりました。

周りの人々のために女神の如く自らを犠牲にしたヒロインは他にも存在しますが、とりわけ彼女達に矛先が向いた理由は、私と同じ性格の持ち主だからだと思います。

実際、美朱と同じ渡瀬悠宇先生の作品のヒロイン、"妖しのセレス"の御景 妖と"ふしぎ遊戯 玄武開伝"の奥田 多喜子も愛する人のために犠牲になる覚悟を手に入れましたが、彼女達には美朱ほど劣等感を刺激されませんでした。

理由としては、妖はものすごく気が強く誰であろうと啖呵を切る度胸があり、多喜子は大正女子らしい奥ゆかしさがあるという、私とは全く違うタイプだったため、美朱より遠い存在に思えた事が考えられます。


親近感を覚えた令和のヒロイン

数多い欠点や高ぶりやすい感情を持ちながら持ち前の親しみやすさで周りを惹きつける90年代のヒロインですが、令和の現在ではむしろ
「自分勝手でわがまま」
「感情が高ぶり過ぎて重い」
と、逆に苦手意識を持たれる事も少なくありません。

現在の読者や視聴者に親しまれやすい令和のヒロイン像は、

  • 思慮深く自立している

  • 空気を読んで感情に任せて動かない

と、うさぎや美朱、私とは真逆のタイプとなっています。

そんな中、うさぎや美朱を超えると言っても過言ではない、私と全く同じタイプのヒロインと出会いました。

それが、マガジンポケット(通称:マガポケ)で連載中の"みいちゃんと山田さん"(通称:みい山)のヒロイン、みいちゃんこと中村 実衣子です。

みいちゃんをはじめとしたみい山の女子達については後編でお話ししようと思いますので、次回も読んで頂けると嬉しいです。

それでは次回の記事でお会いしましょう、ごきげんよう!

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