ミュシャを旅する2026 1日目 4/15.16 フィンエアー乗り継ぎ失敗 スラヴ叙事詩に世界一近い宿
「Keepメモ」※事前に準備した旅の栞
4/16-24休み
15水 仕事の後2230の飛行機
16木 イン1500 済レギオジェット予約
0755空港着。SIM交換、スリーが通話あり。食事を摂り水を買ったら❴1100レギオジェットバス❵で1325ブルノ着して駅へ移動、1355発S41列車で1439モラフスキークルムロフ駅着。1442発441バスで1452広場着。1500アパートメントにチェックインして朝食2日分含め買物、洗濯して夕食でカレーを作ってビールを呑む。
ここから結論
結論から言おう。ヘルシンキで乗り継ぎ失敗した。
国際線乗り継ぎで乗り継ぎ時間が2時間を切る場合は、最初から正直に列に並ぼうなどと思うな。チケット見せてショートカットする前提で考えろ。真面目に、順番に、などと考える典型的な日本人はヘルシンキで何人も乗り継ぎを失敗していた。
待っているだけでは助からないのが現実だ。
ここから現実
4/15 仕事を定時で終えた私はすぐに家に帰り、シャワーを浴びて着替えた後、用意してあった荷物と共にセントレアへ向かった。
セントレア到着予定は20時頃、問題なく間に合う時間だ。夕飯は食べていないが、機内食もあるし問題はないだろう。
ド平日の帰宅ラッシュ時間にキャリーとトランクケースを引きながら、旅の予定を何度も反芻する。今回の旅も楽しめるといいのだが。
電車がセントレアに近づくと、周りが旅行者ばかりになってきた。
帰国する人、出国する人、一人一人に様々なドラマがあるのだろう。そんな事を考えていると程なく空港に着いた。
とりあえず荷物が邪魔だからさっさと預けてしまおう。フィンエアーの受付でキャリーとトランクケースを受託手荷物として引き渡した。
フィンエアーは標準で荷物を2個預けられる。前回のカタールは1個だったのでこれはかなり助かる。チェコで過ごす7泊8日だけでなく、前後1日は機中泊だ。荷物はなるべく減らしたつもりだが、それでも約10日分の荷物は結構な量だった。
まあ今回は割とネタ的なものも持ち込んでいるからな。アパートメント(民泊)も利用するので日本土産や向こうで食べる食材も用意したのだ。具体的には
・抹茶味のキットカット
・日本酒
・梅酒
・お土産用ちょっと高級なチョコレート
・カレールーとカレー野菜、サトウのごはん
である。
アパートメントでは当然ながら食事は出ないので、チェコで日本のカレーを作るつもりなのだ。そのために色々と調べることになったのは大変だったが、所謂遠足の準備のようなワクワク感と共に過ごした時間は楽しかった。
肉エキスを含まないカレールーを探したりね。
何をどこで使ったかは後述だ。
さて、荷物を預けて先に進むと出国前のセキュリティ検査だ。荷物検査でなぜか呼ばれて、行ってみるとライターについて聞かれた。火力が一定以下じゃないと持っていけないらしい、マジかよその境界線をどうやって決めてるのか不思議すぎる。
火炎放射器みたいなのは認められないって観点だと思うが、基準は検査する人の胸先三寸にしかならないだろう。
とりあえず実際にライターに火を灯して見てもらった、問題ないらしくそのまま通過した。
出国前に空港内を見て回る。まだ時間はあるし、どこか店に入って少し休むとしよう。そう考えながら歩いているとCoCo壱番屋を発見。フィンエアーの機内食はそこまでボリューム多くないらしいし、日本を出る前にカレーを食べ納めよう、やはりカレーは大正義。

ココイチカレーを堪能したら搭乗時間まで待機だ。前回のドーハ経由と違い、今回はフィンエアーなのでヘルシンキ経由となる。何が不安かと言えば、乗り継ぎ時間が50分しか無い点だ。ネットで調べるとなんとか行けるっぽいが、大丈夫だろうか?
まあ今更考えても仕方がないし、フィンエアーがこの乗り継ぎ予定でチケット販売するのだからなんとかなるのだろう。一抹の不安を見なかったことにして搭乗口で飛行機を待つ。
掘り下げず後回しにするこの考えが後に致命傷となった。
予定時間を10分ほど過ぎてからゲートが開き、私は飛行機に乗り席に向かう。
Bの席だから3席並びの真ん中だ。出来れば通路側が良かったが、、、面倒だから放っておいたらチェックインが遅くなって自動配置になったんだよなあ、と考えながら席へ向かうと、果たして席には西洋系の若い女性2人。しかもどう見ても姉妹。おいおいおいおいおい挟まれるのかよこれ気まずいだろおいおいおいおいおい、と考え席を代わってくれって英語でなんて言えばと考えていると、向こうから「私達家族で姉妹なんで窓際並びにしてくれない?」との話。むしろ助かったわと思い、問題ないよと伝えて通路側の席に座る。どうやら前の3席にはご両親と兄弟が座っているらしく、楽しそうにご家族でおしゃべりをしていた。
良かった、これで真ん中の席に座ってたら気まず過ぎて耐えられない所だった。てかむしろなんで私をここに配置した?フィンエアー?大丈夫か??ネットでのチェックインによる自動配置だったんだが、自動でここに配置されるのは意味がわからんぞ???
向こうが席を選択していたまさにその瞬間に私がチェックインした結果こうなったのかもしれんが、謎だ。
さて、離陸だ。
ルートは北極経由でヘルシンキ空港へ向かうコース。機内食は一種類なので選択の余地はない、飲み物はビールにした。
「追加でジュースとか要る?」と聞かれたが、ペットボトルの水があるしいいかなと思い断った。
マカロニグラタンみたいなやつと、日本の蕎麦、そしてパン。前も思ったけど蕎麦はサラダ扱いなのか?よくわからん、私から見ると主食が3つなんだが?
タブレットで漫画を読んで少し時間を潰したあと、使い捨て歯ブラシでささっと歯を磨いて、のどぬーるマスクを着けて寝た。仕事の後だったので、それはもうサクッと眠りに就けるだろうと考えていた。
が、ふと斜め前の席が視界に入った際に、アニメ葬送のフリーレン第9話を見ている人がいることに気付き、そこから頭の中で「ゾルトラーク」が延々と鳴り響き続けてなかなか眠れなかった。
朝、と言うには早い3時過ぎ頃に目が覚めた。
ヘルシンキ時間と日本時間で6時間ほど時差があるので、実際には搭乗してから10時間ぐらいは経っている。到着まであと3時間余り、少し喉がイガイガするなあと思いフルーツ喉飴を舐めてケアをしておく。ここで風邪を引いたら楽しい旅行は終わってしまうから念入りにケアした。
しばらくすると朝食が配膳され、よく話に聞くフィンエアーのブルーベリージュースもいただいて一休み。画面で乗換えのゲートが確認できるので、プラハ行き飛行機のゲート番号を確認しておく。ゲートは比較的近いっぽいな、なんとかなりそうだ。
そのまま予定時間より少しだけ早めに飛行機はヘルシンキ空港へ到着した。
到着前に北極圏通過証明書みたいなのを渡された。旅の記念というやつか。こういうのは嫌いじゃない。
飛行機が止まった、さあ乗り継ぎを急ごう。
という気持ちとは裏腹に、飛行機ってのは到着してすぐには降機出来ない。
降りた時には残り時間は50分を切っていた。
先に進み荷物検査の場所まで来ると、早朝のヘルシンキ空港には乗り継ぎする人の長蛇の列。
ええ、、、何これ、、、。ヘルシンキ空港は所謂ハブとして機能しているとはネットで見たが、パンクしているようにしか見えない。
これでも列がサクサク効率よく進むようになってるのか?こんなの捌けるの?無理じゃね??
と思うが、ひとまず大人しく列に並ぶ。
が、これは間違いだった。間違いだったんだよ。
列は全く進まない。
駄目だわこれ。
貴重な時間を無駄にした。
列から抜けてチケットを握りしめ、スタッフらしき人を探して先に通してくれと伝えてショートカットさせてもらう。
時間は残り30分を切っている。
これまずいか?なんとかなるか?
焦りながらも急いで進み、次はパスポートコントロールへ。ここでもショートカットさせてもらったが、時間は既に危険水域に入っている。周りの日本人と少し喋るが、ヴェネツィアやパリに行く人ももう時間がヤバいらしい。私はプラハだがこれ時間ヤバくね?等と話しているうちに列は進み次は自分という所まで来た!あと少しだ!!
そして!
前の人が!!
空港スタッフと全く意思の疎通が出来ず!!!
スマホをいじりながらあれこれやっているのを眼の前で見せられて長々と足留めされた!!!!
何日間?って聞かれてんだよ!!はよ答えて先進んでくれ!!!頼むよ!!!!
神様ぁ助けてよぉぉ!!!!!
うわあぁああぁああぁ!!!これもう終わったんじゃね!?終わったんじゃね!!??と心の中は暴風雨。
この時点でゲートクローズの時間。
パスポートコントロールをパスして僅かな希望を胸に走ってゲートに向かうが、既に飛行機は飛び立っており私は取り残された。
初めての海外旅行は飛行機遅延6時間、そして今回2度目の旅行は乗り継ぎが間に合わずヘルシンキに取り残された、か、、、
頭おかしくなりそうだわ!!!!
とりあえずゲート受付に座っていた職員のおばあちゃんと話すが、「お気の毒にねえ、フロントへ行って振替便を聞いてみなよ」みたいなこと言われた。ちなみに私は英語リスニングまともに出来ないので、大体3割聞き取りで残りは推測だ。この先も全てそのレベルで会話していると思ってくれ。喋る方も小学生レベルだ。
正直焦ってイライラしながらゲートまで来たんだが、間に合わなかったのは今更覆しようがない。飛行機はもう飛んでるしな。
あと対応してくれた職員さんがまじでミス・マープルに似た可愛いおばあちゃんだった。家では孫の相談を安楽椅子探偵で解決してそう。
とか考えていたら段々と落ち着いてきた。
しばらく現実逃避していたがそろそろ動くとするか。
まずは乗継相談窓口を探した。TransferDeskというやつだ。そこでチケットを見せて、乗り継ぎを逃したから次の便でお願いできない?と聞く。話は割とスムーズに進んで、3時間後の便に振り替えることが出来た。チケットを受取りゲート番号を確認して、ゲートまで移動し搭乗する場所を確認しておく。ここまで確認できれば飛行機についてはなんとかなるだろう。あとは先に着いているはずの受託手荷物を受取るには、預け証を見せて窓口に直接言う必要があるな。
次は空港のWi-Fiスポットに接続してレギオジェットのHPへ。11時発のブルノ行きバスをキャンセルし、13時発に切替えた。出発15分前までは無料でキャンセル出来るという利点が、前回に引き続き今回も役に立った。
IDOSで調べると、その後の列車やバスも丁度2時間遅れる形でなんとかなりそうだ。
更にBooking.comのメッセージ機能を使って、今日泊まる宿に2時間ほどチェックインが遅れる旨を伝える。
これで一通り調整できたか、、、
振替便の飛行機がプラハに着くのは10時50分頃だから、着いたらスタバでコーヒーでも飲んで一息つこう。
少し時間が出来たので、ヘルシンキ空港を見て回る。

ベタだがムーミンショップとか定番だよな。今買っても荷物になるので、買うとしたら帰りだな。帰りの乗り継ぎは2時間弱あるので大丈夫、なはず。


時間が来た。ヘルシンキ発の便に乗り込み、3時間遅れでプラハへ。元々7時55着だったのが、10時50分着となった。
8時に着いていた場合、9時のブルノ行きバスに間に合ったら当日のスラヴ叙事詩観覧が間に合うかもしれん(16時閉館)、と考えていたが甘かった。
空港の荷物回収ベルトコンベアを横目にサービスフロントへ行き、旧便のチケットと荷物預け証を渡して荷物を受取りたい旨を伝える。程なくして「23番のベルトコンベアに出すよ」と言われて、無事に荷物受け取りを完了した。荷物に異常がないことを確認し、ついでなのでスマホとタブレットのsimをAmazonで購入したプリペイドsimに交換し、動作確認を行う。タブレット側のsimはブツブツと頻繁に接続が切れてしまうが、まあ最低限は使えるからいいかと考えて諦めた。
時間は既に11時半過ぎだ。バス乗り場が近いTerminal2に移動して、スタバでコーヒーを飲む。
空港は問題無いが、この先気を付けるべきなのはトイレのコントロールだ。ブルノ行きのバスはミニバスで、バス内にトイレは無い。
チェコは公共のトイレが基本有料で、数も少ない。飲み物は飲み過ぎないようにしていかなければならない。
12時半を過ぎたのでTerminal2を出て、駐車場を抜けて公道の前に出る。バス停の看板を確認し、レギオジェットバスを待つ。レギオジェットのバス停は2箇所あり、迷っている観光客がいた。予約時に席を決めたかを聞き、席が8席しか無いバスならここで私と同じバスだと伝えると、理解出来たらしくもう片方のバス停へ歩いていった。
時間の30分前にはミニバスは着いており、運転手はいない。5分前に運転手が戻ってきたので、チケットのQRコードを見せて荷物を積んで乗車した。
ミニバスは多少遅れつつ進み、15時30分頃にグランドホテルブルノ前に辿り着いた。ちなみにミニバス内にてIDOS上で、ブルノ駅からモラフスキークルムロフ広場までの切符を買っておいた。列車とバスなど複数の交通手段でも一括で買えるので楽。
列車の発車時間は55分だ、あまり時間は無い。
昼ご飯を買いに行くのは諦めて、駅の構内を進む。列車の番号もホームも去年と同じだったこともあり、問題無く乗車出来た。
だが、なんか周りの人の視線が気になる。普通ならブルノにでも宿を取って、日帰りでモラフスキークルムロフやイヴァンチツェに行く人が多いのだろうが、私はモラフスキークルムロフで2泊するのだ。割と大きなキャリーとトランクケースを石畳の上で引き摺って、モラフスキークルムロフを目指す東洋人1人観光客。うむ、めっちゃ怪しいな。
途中で検札官が切符の点検に来たが、IDOSのQRコードを見せて終わった。
16時40分にモラフスキークルムロフ駅に到着し、そこからバスに乗り込む。
前方から乗車して、運転手に「ドブリーデン(こんにちは)!」と挨拶。スマホ上に表示したIDOSチケットのQRコードを読み取り機に翳して、読み取れたら「ジェクユヴァーム(ありがとう)」と伝えてバスの席へ。バスは「次で降りますボタン」を押さない場合は素通りしてしまうので要注意。列車もトラムもバスも、停車したあとはボタンを押さないとドアは開かない。乗る時も同様だ。立って待っているだけでは駄目なのだ。

17時前にモラフスキークルムロフ広場に着き、バスを降りる。
この時期のチェコは日照時間が日本より長く、19時過ぎまで普通に明るい。
石畳はキャリーを引くには不便で、この時点で無茶な引き方をすると車輪が破損して旅終了の予感をひしひしと感じた。気をつけねば。
そのまま道を真っ直ぐ進み、モラフスキークルムロフ城へ。



そして、裏手にある庭の更に横にある短いトンネルを抜けてすぐ右側の道沿いにある民家。


ここの離れが2日間泊まるアパートメントだ。看板もあった、間違い無い。

民家の入口前にあるテーブルと椅子で住民と思われる女性が寛いでおり、私の姿に気付く。彼女は奥に人を呼びに行ったようだ。
1人でキャリーを引いてここまで来た旅行者らしき東洋人、そりゃ判るよなあ。
奥から50前後ぐらいの男性が出てきて、私は挨拶をしてからBooking.comの画面を見せながら定型句を話す。
「Excuse me.English please.My name is 〇〇 from japan.I reserved by “Booking.com”.Check in please.」
概ね毎回こんな感じだ。
ヨーロッパとはいえここは有名観光地ではなく田舎、男性も英語はあまり得意ではないようだが、事前に料金はクレジット払いしてあるし、私の場合は逆に片言のほうが聞き取りやすいまである。



中を一通り案内してもらい、パスポート番号等を記入する台帳の説明を受けたらチェックイン完了だ。
ああ、そうだ。これを渡しておこう。「Just morment please.This is japanese matcha chocolate snack for you.」と伝えてトランクケースから抹茶味のキットカットを取り出し渡す。
何これ?みたいな顔をしているので、もう一度日本の抹茶味のチョコ菓子だよ、お土産にどうぞ、と伝えるとありがとうと言われて握手が始まった。
嬉しそうにキットカットを持っていく50前後であろう男性を見ながら、「ククククク、濃い抹茶味に平伏せ。これがコンテナトラックごと盗まれると評判の日本のチョコレートよ、、、!!」と独りごちる。
荷物を置いて一息つくと、時間は既に18時近くなっていた。まだ外は明るいが、時間はあまり無い。必要なものを買い出しに行こう。
事前にGoogleマップで調べておいたが、歩いて12分ほどの場所にチェーン店のスーパーAlbertがあるのでそこを目指す。





ゆっくりと風景を見ながら物珍しそうな様子で街を歩くと、当然ながら物珍しそうな顔で見られた。目が合ったりした人にはすれ違いざまに挨拶をする。
東洋人が珍しいのか、二車線の道向かいにいる1人の若者がおもむろに大きな声でドブリーデンと言ってきたので負けずに返しておいた。俺のドブリーデンを舐めるなよ小僧。
やはりドブリーデン。ドブリーデンは全てを解決する。
スーパーではカットされた豚肉と少々のパン、そしてビールとお茶を買った。2泊だが持参したカレー一回戦分で大盛3皿つまり3食分あるので、今日の夜と明日の朝夜を賄うと食料は足りてしまうのだ。ドリップ珈琲も持ってきたのでこれだけで充分だ。レジで会計をして帰路を急ぐ。結局昼食を摂っていないのでお腹が空いてきた。サクッとカレーを作ってしまおう。




アパートメントに戻るとまずは部屋の設備を細かく確認した。
建物に入ってすぐに急な階段があり、上にあがるとベッドが4つあるキッチンを備えたリビング兼寝室、もう一部屋にはシャワーと洗面台とトイレがあるという作りだ。
ドライヤーは表記が無かったので無いかと思ったが、ちゃんと洗面所にあった。だが、洗濯機の表示はあったが梯子状の乾燥設備のみで洗濯機は無かった。
とりあえず飯から行こう。
キッチンの鍋に油を引き、豚肉を少なめの塩胡椒で炒める。レンジは無いので並行して中鍋でサトウのごはんを湯煎していく。肉に軽く火が通ったら、レトルトパウチのカレー野菜を投入してトマトピューレと水を入れる。そのまま沸騰するまでじっくりと加熱し、カレールーを入れてさらに煮込む。
ああ、ちなみにカレールーは成城石井にある肉エキス無しのカレールーだ。肉エキスが入っていると空港で引っかかるからここは気を付けた。
ヴィーガン表示があるのでわかりやすく見つけやすい。
煮込む段階で火は弱めて、その時間で服の手洗い洗濯をして干しておく。明日の朝はまだ濡れていても、明日の夜には乾くだろう。
しばらくするとカレーにとろみが出てきていい感じに仕上がる。ごはんとカレーを盛り付けて、ビールは買ってきたガンブリヌスを飲むことにする。


ガンブリヌスとはビールの神様の名前だ。
うん、悪くない。コクを足すために入れたトマトピューレが強くて、カレーとハヤシの合いの子みたいな感じだな。
加えるのはチーズでも良かったかもしれん。でもチーズ入れるとこびり付くから鍋洗うの面倒なんだよなあ。
私は冬キャンプが好きだが、洗い物が面倒だし寒い中しんどい思いをしたくないので炊飯はしない。それくらいズボラなのだ。
ふむ、モラフスキークルムロフまで来て、カレーを作って食べているとは。予定通りとはいえ笑ってしまう。
カレーを食べながら明日の予定を確認する。朝からスラヴ叙事詩、そして午後からはイヴァンチツェだ。
イヴァンチツェにあるかつてのミュシャ生家、今は資料館、は16時に閉まってしまうが、ピヴォヴァルイヴァンチツェ開店は18時だ。イヴァンチツェの街でうまく時間を潰せる何かがある事を祈ろう。
シャワーを浴びて明日の準備をして寝る。
前回みたいに初日に予定詰めなくて良かった。
とりあえず1日目は移動メインで終わった。明日から本格的に活動開始だな。
ちなみに飛行機関連の写真が全然無いが、乗り継ぎトラブルでそんな余裕無かったからだ。
この先も1人でドタバタしながら、失敗しながら楽しく旅をする。
海外旅行に行ってみたいが一人は不安だ、という人は是非見ていって欲しい。
そうそう、世界で最もスラヴ叙事詩に近い宿に泊まったけどスラヴ叙事詩の匂いはしなかったよ。
ただ、朝起きて屋根の窓開けるとモラフスキークルムロフ城が見えるのはとても気分が良かった。
