最後の波が、夏を連れていく
急に海を見たくなった。
湿った潮風が頬をかすめ、
唇にほんの少しだけ、塩の味が残る。
そして、海を見ていたら、
ふと思い出した。
一昨年の夏。
あの頃は、
まだ夏が始まる前だった。
「海に行きたいね」
そんな話をしていた。
どこへ行くのかも、
いつ行くのかも、
決まっていたわけじゃない。
ただ、そんな話をしていた。
結局、その約束が叶うことはなかった。
あれから二年。
今年の夏、
私はひとりで海を見ている。
もう、苦しくはない。
寂しいわけでもない。
戻りたいわけでもない。
ただ、海を見ていたら、
あの頃のことを思い出した。
あのときの、声や空気。
まだ見えてなかった未来。
そして、
叶わなかった「海に行こう」。
それだけだった。
記憶は、
消えるわけじゃない。
少しずつ、形を変えていくだけ。
あの声も、もう耳の奥では鳴らない。
遠い記憶のひとつになった。
波が寄せてくる。
砂浜に形を残して、
また、何もなかったように引いていく。
残った跡も、
次の波が少しずつ消していく。
でも、
消えたからといって、
そこに波が来なかったわけじゃない。
確かに、
そこにあった。
あの夏を過ごした。
それでいい。
今年の夏も、もうすぐ終わる。
波のように。
寄せて、
触れて、
少しずつ形を変えながら。
そして最後には、
静かに、
遠くへ。
最後の波が、今年の夏を連れていく。
私はもう追いかけない。
ただ、
遠ざかっていく海を見ながら、
「元気かな」
と、
心の中で
そっと言った。
幕張の浜で撮ったもう一枚。

