短編物語「たまたま作戦」
今となっては昔の話。インドのある地方に、一人の商人がいた。
その商人には、美貌で知られる妻がいた。たいそう美しいばかりでなく、たいへん賢い妻でもあった。
あるとき。商人は、仕事で旅行に出かけなくては
ならなくなった。町を出る前に、彼は妻に言った。
「私は遠くへ旅をし、おまえを置いていかなければならない。それほど危険を伴う旅なのだ。私が二年以内に帰らず、おまえがそれまでに私のことをまったく耳にしないようだったら、私が死んだものと
思ってくれ。そうすれば、おまえは自由で、誰と
でも好きな相手と再婚してかまわない」
そして二年が過ぎたとき、この地方を治める総督が、商人の妻のたいへんな美貌を伝え聞いて、使いを送り、求婚をした。商人の妻は、総督に次のような返事をした。
「閣下、数言を費やすことをお許しください。尊敬する我が夫が亡くなったことを確信するまでは、閣下の結婚のお申し込みをお受けするわけにはいかないのでございます。わたくしは夫をたいそう愛しておりましたし、今なお、夫が出ていった日と同じように深く愛しております。ですから、たいへん申し訳ないのでございますが、あと数か月お待ちいただかなくてはなりません。夫が、明日、帰ってくる
かもしれないのでございますから」
それから数か月が過ぎたので、総督は再び使いを
送った。そこで、商人の妻は、持っているなかで
一番いい服を着て、一番美しい宝石で身を飾った。
ちょうど家を出ようとしたそのとき、夫が長旅に
疲れきって、家の中庭へ入ってきた。夫は、妻が
花嫁のように飾り立てているのを見て、ひどく驚いた。それで妻は、急いで、夫の留守のあいだに起きたこと、すなわち総督に求婚されたことをすっかり話して聞かせた。
夫は、しょげかえった。そして考えた。いま、妻を行かせなければ、きっと総督の怒りを買い、殺されるか、そうでなくても牢獄に放りこまれるだろう。だが、行かせれば、妻とは永遠の別れとなる。約束の歳月がとうに過ぎてから帰ってきた自分がすべて悪いのだが、やはり愛する妻を失うのは、あまりにも辛すぎる。いったい、どうしたらいいのだろう? 困惑し、深い悲しみに沈んで、夫はベッドの上に
座り、最後に妻に助言を求めた。
すると、賢い妻は
「あなた、そんなに落ちこむことはないわ。なんとか、切りぬける方法があるかもしれません」
そう答えると、彼女は鶏が今朝産んだばかりの四つの大きな卵を手に取った。それから一つの卵をインクに浸したので、それは真っ黒になった。あとの
二つを緑色とピンクに染め、最後の一つはそのまま白色にしておいた。
そして、四つの卵をすべて篭(かご)に入れ、しっかり蓋をしてから、
「たまたまの思いつきですけどね」
と言い残し、総督の御殿に出かけていった。
総督に贈り物を渡す順番がきたとき、妻は卵を入れた籠を差しだして、言った。
「この四つの卵を取りだして、別々に割ってくだ
さい」
総督は、言われたとおりにした。すると、どの卵
からも、同じ中身が出てきた。白身と黄身である。不思議に思って、総督は訊ねた。
「この贈り物は、いったいどういう意味だね?」
商人の妻は答えた。
「お怒りにならないでください、総督さま。実は、こういうことなのでございます。わたくしの愛する夫が、たったいま、遠い国から帰ってまいりました。わたくしは夫を愛しておりますから、これからも二人で暮らしたいと存じます。どうか、この卵をご覧くださいませ。色が白でも黒でも、緑でもピンクでも、中身は同じでございます。女についても、同じことが申せます。髪の黒い女、緑色の目の女、バラ色の頬の女など、いろいろな女がおりますが、結局はみな、同じ女であることに変わりはございません。わたくしは、夫を心から愛しておりますので、どうか、ほかの女性を奥方になさいますよう、お願い申し上げます」
総督は、この話をじっと聞いていたが、しばらく
すると口を開いた。
「そなたの言うことは、間違っておる。たしかに
女というものは、いろんな外見をもっている。それと同じように、中身についても、女は十人十色だ。意地の悪い女、欲深い女、見栄っ張りな女、自分勝手な女……」
ひと息つくと、総督は、商人の妻の目をじっと見つめ、言葉を続けた。
「そして、憎らしいまでに、操の固い女。そなたを卵にたとえるなら、けっして割れない卵だな」
総督は、なんとしてでも夫と添い遂げようという
妻の愛と意志の強さに、心をうたれた。そして、
不服従を許し、金や宝石を与えて、商人との結婚
生活を祝福したのだった。
(総督と、約束や。説くと、嘘。)
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