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ぎっくり腰になった女、恩師に鍛えられて筋トレ沼に落ちる。

高校時代、私はラグビー部のマネージャーをしていた。

運動神経がいいわけでも、体力に自信があったわけでもない。

高校女子の体力があれば、それほど大変なこともない、そんな役目だ。

そんな平和な係の私が、ある日、盛大にぎっくり腰をやらかした。

原因は、お茶の入ったやかんを持ち上げただけ。

ラグビーとは何の関係もない。

敵は屈強なラガーマンでも、激しいタックルでもなく、やかんだった。

ぎっくり腰になった私を見て、先生は心配するより先に言った。

「少し体力つけようか」

それだけである。

普通、生徒が腰を痛めたと聞けば、まず休ませるものだと思う。

だが、うちのラグビー部の顧問は違った。

先生は、部員たちの間では「鬼軍曹」として名高い人だった。

声はでかい。

指示は的確。

部員たちには、容赦のない走り込みメニューを平然と課す。

グラウンドでは、先生の一声で二十人の男子が一斉に姿勢を正す。

遅刻した部員が、グラウンド十周を命じられているのも何度も見た。

水を運びながら、

「先生、それはさすがに多すぎでは」

と思ったことも、一度や二度ではない。

ところが、マネージャーである私たちに対しては、なぜか妙に優しかった。

同じ人間とは思えないくらいの落差である。

なんてことない世間話も、進路の相談も、趣味の話も、なんでも聞いてくれる。

おまけに博識で、聞けば大抵のことは答えが返ってくる。

鬼軍曹の皮を被った、ただの物知りおじさんだったのかもしれない。

そんな先生から下された、最初の指令。

それが、階段の上り下りだった。

校門前にある、なんてことのない外階段。

そこを、ひたすら上って下りる。

次に、校庭を速足で一周する。

リハビリと呼ぶには、あまりにも地味なメニューだった。

だが私は、言われたことを素直にやるタイプである。

文句も言わず、黙々とこなした。

途中、部員に、

「マネージャーが何やってんすか」

と半笑いで聞かれたこともある。

「リハビリです」

と答えると、

「うわ、まじめか」

と言われた。

ラグビー部というところには、ときどき「まじめ」が半笑いの餌食になる文化がある。

腰の痛みが引いてくると、先生のメニューは静かにグレードアップしていった。

スクワット。

ランジ。

名前も知らない体幹トレーニング。

「これ、正式名称あるんですか」

と聞くと、

「あるよ」

とだけ返される。

結局、教えてもらえなかった種目もいくつかある。

他のマネージャーたちは、

「なんでそこまでやるの」

という顔で見ていた。

無理もない。

誰も、ぎっくり腰のリハビリのつもりで、自重トレーニングを始めたりはしない。

「腰、もう治ったよね?」

と聞かれるたび、

「治ったけど、なんかもうやめられなくて」

と答えると、たいてい微妙な顔をされた。

私だけが、校庭の隅でひとり、黙々とスクワットを繰り返していた。

はたから見れば、若干の修行僧である。

ところが、これが想像以上に性に合っていた。

運動神経は、お世辞にもいいとは言えない。

体力だって、最初はまるでなかった。

それでも続けていると、できることが少しずつ増えていく。

昨日はきつかった回数が、今日は平気になっている。

昨日はできなかったことが、今日はできる。

筋肉痛すら、なぜか、

「今日も仕事したな」

という謎の達成感に変換されていった。

その手応えが、楽しくて仕方なかった。

ある日、先生に言った。

「先生、なんか、これ、楽しいです」

すると先生は、満足そうに、

「そうかそうか」

と言った。

そして、また新しいメニューを追加した。

褒められたと思ったら、仕事が増えた。

今思えば、あれが沼の入り口だった。

心配して始まったはずのリハビリは、いつのまにか、私だけの特別強化合宿になっていた。

そして私は、まんまとそこにハマった。

本来なら、腰を痛めたら運動なんて怖くなるはずである。

私の場合は、なぜか逆だった。

腰を治すために始めたトレーニングのほうに、すっかり心を持っていかれてしまった。

「できるようになる」という感覚が、どうにも楽しかったのである。

もはや趣味と呼ぶには執着が強すぎて、人格の主成分になっている疑いすらある。

先生は、あのとき自分が何を植えつけたのか、たぶん気づいていなかったと思う。

ただ淡々と、目の前の生徒の体力づくりに付き合ってくれていただけなのだろう。

けれど、その地味な階段の上り下りと、校庭の隅のスクワットが、何十年後かの今の私につながっている。

私は今でも、重いものを見ると、

「これ、持てるかな」

ではなく、

「これ、どうやって一人で運ぼうかな」

と考える。

洗濯機を一人で運んだり。

社長室の金庫を素手で運んだり。

初対面の同僚から、

「怪力ですね」

と認定されたり。

あの頃は、ただ腰を治すためにやっていた。

まさか何十年後かに、こんな方向へ成長するとは思わなかった。

ちなみに、今でも先生に会うと、私は近況として、

「最近こんな重いもの運びました」

と自己申告している。

先生はいつも、

「そうかそうか」

と言う。

あの返事だけは、当時から一ミリも変わっていない。

先生。

あのとき鍛えてくれて、本当にありがとうございました。

おかげさまで、腰だけでなく、筋肉まで一生ものになりました。

そして私は今日も、重いものを見ると、ちょっとだけ燃えます。

【本日の戦績】

腰の痛み、リハビリで撃退一回。

校庭スクワット、無自覚特訓期間・数か月。

筋トレへの目覚め、恩師の指導により発生一回。

その後の人生、パワー路線に確定。

先生の口癖「そうかそうか」、使用回数、数えるのをやめた。

先生への感謝、時効なし。

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