芋出し画像

盞合傘に敗れた女、ゲリラ豪雚をたずもに受けおも颚邪ひず぀ひかない。

倏の終わりの昌䌑み。

䌚瀟の近くにある曞店は、私にずっお束の間の聖域だった。

新刊の棚をサラッず流し読みしお、気になった文庫本を手に取る。

それだけで、午前䞭のパ゜コン仕事でカチコチになった脳みそが、少しだけほぐれる気がする。

その日も、お気に入りの゚ッセむ本を䞀冊買い、爜やかな気分で店を出ようずした。

たさに、そのずきだった。

ザァァァァァァァッ。

芖界が、䞀瞬で癜く染たった。

ゲリラ豪雚である。

さっきたで申し蚳皋床に晎れおいた空が、バケツどころかプヌルごずひっくり返したような猛烈な土砂降りになっおいた。

アスファルトに叩き぀けられた雚粒が跳ね返り、足元たで容赊なく濡らしおいく。

「あちゃヌ  」

心の䞭で小さく呟いた。

本屋の出入口付近には、同じように足止めを食らった人たちが、あっずいう間に集たっおきた。

私も人混みの隙間から、しばらく倖を眺める。

するず、少し離れた軒䞋に、芋芚えのある背䞭があった。

䜐藀さん仮名だった。

取匕先の印刷䌚瀟の人である。

い぀芋おもどこかシュッずしおいお、でも嚁圧感がなく、絶劙に話しかけやすい。

そしお、私はこの人が、ほんのり奜きだった。

「奜き」ず蚀い切るほどでもない。

䌚えたら、ちょっず嬉しい。

話せたら、もっず嬉しい。

そのくらいの、非垞に慎たしい奜意である。

私は䞀歩前ぞ螏み出した。

「䜐藀さん、ひどい雚ですねヌ」

䜐藀さんは驚いたようにこちらを振り返り、それからホッずしたような笑顔を浮かべた。

「あ、どうも。本圓ですね。急に降り出しおびっくりしたした」

「䜐藀さんも雚宿りですか」

「そうなんです。これからもう䞀瀟、営業先を回っおから䌚瀟に戻る予定なんですけど  完党に灜難ですよ」

䜐藀さんは匱り切った顔で、肩にかけたビゞネスバッグを小さく抱え盎した。

その靎は、すでに少し濡れおいる。

これから雚の䞭を営業に向かわなければならないサラリヌマンの悲哀が、そこにはあった。

その姿を芋た瞬間、私の䞭の「䜙蚈なお節介魂」が猛烈に立ち䞊がった。

そしお、ほんの少しだけ、別の䜕かも立ち䞊がった。

  ここで私が傘を貞したら、ちょっずカッコよくない

奜きな人には、ちょっずくらい良いずころを芋せたい。

人間ずは、そういう生き物である。

幞い、私の通勀カバンには、いざずいうずきのための折り畳み傘が入っおいた。

黒地に小さな氎玉暡様の、䜕の倉哲もない軜量傘。

私はカバンからサッずそれを取り出した。

「これ、䜿っおください」

「えっ いやいや、ダメですよ そんなの申し蚳ないです」

䜐藀さんは慌おお䞡手を振った。

真面目な人なのだ。

だが、私も匕かない。

「私の䌚瀟なんお、ここから目ず錻の先ですし、もう戻るだけですから。䜐藀さんはこれから営業ですよね こんな雚でびしょ濡れになっお䌚瀟蚪問するわけにいかないじゃないですか」

「でも、そうしたらあなたが濡れおしたいたすし  」

「倧䞈倫です 私、もう少しここで本を芋おから垰りたすから。本圓に気にしないでください」

私は䜐藀さんの手のひらに、半ば匷匕に折り畳み傘の柄を抌し぀けた。

逃げ堎をなくした䜐藀さんは、

「  本圓にありがずうございたす。助かりたす」

ず恐瞮しきりで頭を䞋げた。

「じゃ、お気を぀けお」

私は頌れる先茩颚を吹かせながら手を振った。

䜐藀さんも笑っお、もう䞀床頭を䞋げる。

よし。

完璧だ。

䞀人の人間を雚から救い、しかも奜きな人にちょっずいいずころを芋せた。

今日の私は、間違いなくカッコよかった。

もしかしたら。

本圓に、ほんの少しだけ。

䜕かいいこずが起こるかもしれない。

  ず思っおいたのは、最初の䞉分間だけだった。

文芞曞コヌナヌを圓おもなく歩いおいるうちに、急激に䞍安になっおきた。

  埅およ

私、抌し぀けがたしくなかった

「これ䜿え」ず蚀わんばかりに傘を抌し぀ける女、普通に怖くない

そもそも䜐藀さん、断りにくかっただけなんじゃ  

䞀床ネガティブな思考のルヌプに入るず、もう止たらない。

新刊の垯に曞かれたキャッチコピヌも、たったく頭に入っおこない。

さっきたで「今日の私、ちょっずカッコいい」ず思っおいたのに、数分埌には「痛い女の暎走」にたで評䟡が急降䞋しおいる。

我ながら、感情の株䟡倉動が激しすぎる。

いっそのこず、さっさず䌚瀟に戻ろう。

䜐藀さんはもう、ずっくに傘を差しお営業先ぞ向かったはずだ。

そう思っお、私は再び本屋の出入口ぞ向かった。

軒䞋は、さっきよりさらに混雑しおいた。

雚足が䞀向に匱たらない。

人混みをかき分けながら倖に出ようずした、そのずきだった。

人の向こう偎に、芋慣れた背䞭があった。

  あ、䜐藀さん

ただいたのだろうか。

声をかけようずしお、私は足を止めた。

䜐藀さんの隣に、䞀人の女性が立っおいた。

同じように雚宿りをしおいた、綺麗なOL颚の女性だった。

䜐藀さんは、その女性に䜕か話しかけおいる。

そしお、優しく笑った。

次の瞬間。

䜐藀さんは、私が枡したあの折り畳み傘を、パッず開いた。

そしお、その女性を傘の䞭ぞ招き入れた。

二人は肩を寄せ合うようにしお、ゲリラ豪雚の街ぞ歩き出した。

私の小さな氎玉暡様の折り畳み傘の䞋で。

ぎたりず身を寄せ合いながら。

私は、混雑する軒䞋の陰から、その光景をじっず芋぀めおいた。

しばらく、䜕も考えられなかった。

そしお、最初に浮かんだのは、怒りでも悲しみでもなかった。

ただ、

  ああ

ず思った。

そういうこずか

いや。

正確には、

なるほど、そういう手もあったか

だった。

盞合傘。

なるほどね。

傘を䞀本持っおいお、隣に雚で困っおいる女性がいたら、声をかけお䞀緒に䜿う。

少女挫画で五䞇回くらい芋たや぀だ。

至極圓然の、実にスマヌトな展開である。

私は、たんたずその舞台装眮を提䟛しおしたった。

たるで乙女ゲヌムの遞択肢を、埋儀に党郚倖し続けおいるような気分だった。

しかも今回、遞択肢を遞んだのは盞手ではない。

私自身である。

自分で傘を差し出し、自分で舞台を敎え、自分で盞合傘の盞手から倖れた。

自爆営業ずは、このこずだ。

「  そうかそうか」

思わず、そう呟いた。

前日に曞いたばかりの恩垫の話を思い出す。

先生の口癖が、たさかこんなずころで私の口から出るずは思わなかった。

教育ずは、恐ろしい。

あの女性が䜐藀さんの䌚瀟の同僚なのか、たたたた居合わせた芋知らぬ人なのか。

あるいは、圌女なのか。

それは私にはわからない。

これからも、たぶん知るこずはない。

ただ、ひず぀だけ、動かしがたい事実がある。

今日、私は䜐藀さんず盞合傘をするこずはなかった。

私が枡した傘で、䜐藀さんは「別の誰か」ず盞合傘をした。

  以䞊。

実にシンプルな事実であった。

「  さお」

私は、なんずなくもう、この本屋に甚はない気がした。

カバンを抱え盎す。

そしお、雚宿りの人混みをかき分けた。

そのたた、ザヌザヌ降りのゲリラ豪雚の䞭ぞ、ノヌガヌドで飛び蟌んだ。

ゎリねえの名に恥じない、枅々しいたでの物理特攻である。

もっずも、傘䞀本や二本ならゎリ抌しでどうにかできおも、さすがに倩候だけはゎリ抌しの察象倖らしい。

䞀瞬で党身が濡れた。

前髪は額に匵り぀く。

ブラりスは肌にべったり吞い぀く。

靎の䞭は、䞀歩歩くたびに、

「グチュ、グチュ」

ず嫌な音を立おる。

雚粒が顔に圓たっお痛い。

氎滎が目に入っお前が芋えない。

けれど、私は早足で歩いた。

逃げるように。

でも、堂々ず。

顔が濡れおいるのが、雚のせいなのか、それ以倖の䜕かのせいなのかは、誰にも刀断できない。

完璧な隠蔜工䜜である。

䌚瀟に戻るず、フロア䞭が隒然ずなった。

「えっ、ゎリねえ」

「どうしたの、その栌奜」

「朝、傘持っお出たよね」

䞀瞬、時が止たった。

「  えっず、貞したした」

「誰に」

「取匕先の人に」

「は」

「なんで」

「意味わかんない」

最も的確な感想だったず思う。

同僚たちがワラワラず集たっおきお、タオルを差し出しおくれる。

私は滎り萜ちる雚氎をぬぐいながら、極めお冷静な声で蚀った。

「  どうせ濡れるなら、䞀緒だず思っお」

「はい」

「䜕が」

「倧䞈倫」

呚囲から困惑の声が䞊がる。

自分でも䜕を蚀っおいるのか、さっぱりわからなかった。

人間、極限状態になるず語圙力が消倱するものらしい。

隣の垭の同僚が、心配そうに枩かいお茶を枡しおくれた。

「もう、倉なこず蚀っおないで早く服也かしなよ。そんなにびしょ濡れじゃ、絶察颚邪ひくから」

私はお茶を䞀口飲み、濡れた前髪をかき䞊げた。

「倧䞈倫です。私、颚邪なんおひきたせんから」

——そしお、その宣蚀通り。

私は颚邪ひず぀ひかなかった。

その倜、念のために葛根湯を飲み、熱いお颚呂に浞かっお早めにベッドに入った。

翌朝。

目芚めた私の䜓調は、絶奜調だった。

熱もない。

錻氎もない。

喉の痛みの欠片すらない。

恐ろしいほどの頑䞈さである。

私の免疫现胞は、私の「倱恋にもなっおいない䜕か」など䞀切気にせず、完璧な仕事をしおくれたらしい。

身䜓だけは、驚くほど健党だった。

盞合傘には敗れたけれど。

健康には、圧勝した。

それからしばらくしお、私はたた䜐藀さんに䌚った。

「この前は、傘ありがずうございたした」

そう蚀われた。

私は笑っお、

「いえいえ、圹に立っおよかったです」

ず答えた。

ずびっきりの笑顔で。

だっお、私は知っおいる。

あの日、私が差し出した傘は、ちゃんず誰かの圹に立った。

たずえ、その「誰か」が私ではなかったずしおも。

そしお䜕より。

ほんのり奜きな人に、ほんのりいいずころを芋せたかっただけの女は、ゲリラ豪雚に完膚なきたでに敗れたずいうのに、翌朝にはピンピンしおいた。

恋には匱い。

雚には匷い。

どうやら私は、そういう女らしい。


【本日の戊瞟】

折り畳み傘、投入䞀本。

䜿甚者䜐藀さん。

盞合傘の盞手別の女性。

盞合傘、芋事に䞍成立。

ゲリラ豪雚、ノヌガヌドで完党被匟。

颚邪、圓然のごずく䞍戊勝。

免疫现胞、絶奜調で職務を完遂。

恩垫の口癖「そうかそうか」、たさかの䌝染刀明䞀件。

恋愛運、惜敗。

健康運、圧勝。

䜙蚈なお節介、たぶん収支トントン。

いいなず思ったら応揎しよう

この蚘事が参加しおいる募集