3キロカレーを完食したら、佐藤さんに見られた話。
社外の打ち合わせ帰り、社長が言った。
「せっかくだから、どこかでランチ食べて帰ろうか」
当たりの日である。
社長がいる日のランチは、たいてい奢りだからだ。
向かったのは、上司たちがよく通う、おしゃれ居酒屋系のランチ店だった。
メニューはチキンカレーとシーフードカレーの二択しかないのだが、これがとにかくうまい。
社長にもぜひ食べてもらいたいと、上司がわざわざセッティングした店だった。
ただし、ここのカレーには、少しおかしなところがある。
サイズ展開だ。
スモール、レギュラーまではいい。
そのあとに、
1キロ。
3キロ。
5キロ。
と続く。
かなり潔い。
普段の私は、レギュラーサイズのチキンカレー、800円くらいの堅実な女である。
一度だけ、上司の奢りで1キロのチキンカレーを食べたことがある。
ぺろりと完食した。
体は正直だった。
その日、メニューを覗き込んだ上司が、こともなげに言った。
「3キロのシーフード、行ってみたら?」
3キロのシーフードカレーは、3000円。
一瞬、財布の中身と胃袋の実力を天秤にかけて固まった。
そこへ、同期が言った。
「こんなチャンス、そうないですよ」
細身なのに、なぜかよく食べる男である。
その通りだった。
結局、私と同期は3キロのシーフードカレーを、上司と社長はレギュラーサイズを注文した。
社長は「3キロのカレー」というパワーワードにすっかり興奮している。
「え、ほんとに食べられるの? 大丈夫?」
未確認生物でも見るような目だった。
食べられるか食べられないかで言えば、私は特に心配していなかった。
そして届いた、3キロのシーフードカレー。
海老もイカもたっぷり入った、ちゃんとおいしいやつだった。
私と同期は、社長の心配をよそに、あっという間に完食した。
社長はもう大喜びである。
「デザートも食べなよ、デザートも!」
と、ランチでは絶対に頼まないアイスクリームのせプリンまで注文してくれた。
役得である。
さて食べようか、というそのタイミングだった。
店の入り口から、わらわらと人が入ってきた。
取引先の印刷会社の人たちだった。
四人組。
その一番後ろに、佐藤さん(仮名)がいた。
ほんのり好きな人である。
私の運の悪さは、こういうところで妙に仕事ができる。
ただ、不幸中の幸いがひとつあった。
3キロのカレーの器は、すでに店員さんが片付けてくれていた。
テーブルの上に残っているのは、プリンとコーヒーだけ。
何も知らなければ、健全なOLの、健全なランチ風景である。
完璧だった。
問題は、社長だった。
社長は隣の席に座った印刷会社の人たちと、ごく自然に世間話を始めた。
「このお店のカレー、おいしいんですよ」
そこまではよかった。
私はプリンを食べながら、心の中で小さく頷いた。
そうそう。
今日は普通の、健全なランチ。
すると社長が、満面の笑みで続けた。
「ねえ、3キロのカレー食べなよ。若い子たち食べられるでしょ?」
嫌な予感がした。
「この子たち、今ペロッと食べたんだから。すごいでしょう」
ごく自然に。
そして、盛大にバラされた。
印刷会社の若手社員が、こちらを見る。
「ああ、なんか、食いそうな感じですよね」
あきれと納得が半々の、絶妙な顔だった。
私はプリンを食べ続けた。
もう、プリンしか食べるものがなかった。
そのとき、ふっと会話に入ってきたのが、佐藤さんだった。
「たくさん食べる人って、魅力的ですよね」
ただのフォローだと分かっている。
分かっているのだが。
私の中の何かが、ちょっとときめいた。
現金なものである。
3キロの恥ずかしさと、ひとことの破壊力が、脳内で謎の相殺処理をされていた。
とはいえ。
3キロカレーの件は、佐藤さんには知られたくなかった。
魅力の種類が、たぶん違う。
そして社長が、さらに追い打ちをかけた。
「よし、次は5キロに挑戦しようね!」
私は笑った。
食べられるとは思う。
思うのだが。
5キロカレーを食べるときは、佐藤さんのいないところがいい。
戦績。
3キロのシーフードカレー、完食。
社長の暴露、1回。
佐藤さんの神対応、1回。
ときめき、1勝。
5キロカレーの開催地、非公開。
