梅を一キロ漬けるつもりが、気づけば梅干し業者になっていた話。
我が家の梅干しは、かつて祖母がでっかい樽いっぱいに漬けていたものだった。
祖母が引退してからは、誰もその技を継がなかった。
以来、我が家は「買うか、もらうか」の梅干し難民時代を、十数年にわたって過ごしていた。
そんなある日、私はふと思いついてしまった。
梅仕事ってやつを、やってみたい。
これこそ、丁寧な暮らし。
トマトの一件で、私が「丁寧な暮らし」という言葉にとことん弱いことは、すでに身をもって学んでいたはずだった。
だが人間、喉元過ぎれば何とやらである。
学習能力というものは、思い出よりも憧れに簡単に負ける。
さっそく私は、梅干し師匠こと祖母にお伺いを立てた。
「梅、漬けてみようと思ってるんだけど」
「ああ、やってみな」
軽い。
あまりにも軽い返事だった。
作り方を聞くと、これがまたシンプルだった。
梅を洗って、焼酎をばーっとかけて、塩をまぶして樽に放置。
夏のよく晴れた日に三日干す。
以上。
シンプルすぎて、逆に不安になる。
「ばーっと」に単位はないのか。
「よく晴れた日」の判断基準は誰が握っているのか。
質問したいことは山ほどあったが、祖母の顔には、
「もう聞くな」
と書いてあった。
念のため母にも確認した。
「そうなんじゃない?」
とのこと。
祖母が作ると、それはそれでちゃんとおいしい梅干しになるらしい。
感覚と経験だけで受け継がれてきた技術というものは、聞けば聞くほど再現性がなくて怖い。
もはやレシピではない。
口伝の秘術である。
私は自分なりに調べ、スーパーで梅を一キロ買ってくると祖母に告げた。
梅干しの一粒一粒を大切に。
なんなら名前をつけるくらいの気持ちで育てたい。
それが私の「丁寧な暮らし」のビジョンだった。
頭の中では、すでに梅の一粒一粒に「太郎」「花子」と名前をつけている自分がいた。
すると祖母が言った。
「ああ、大丈夫。おねえちゃんが梅漬けるっていうから、頼んどいたから」
……なんとなく、嫌な予感がした。
「頼んどいた」の主語も、何を頼んだのかも、まったく分からない。
それでも話は、私の知らないところで勝手に進んでいた。
後日、祖母の家に梅が届いたと呼ばれた。
玄関先には、段ボールが三箱。
中には、二十キロの梅がそれぞれぎっしり詰まっていた。
合計。
六十キロ。
どういうことだろう。
もう、名前なんてつけられない。
一粒一粒どころか、もはや「粒」という単位で数える気力が失われていく。
太郎も花子も、この時点で戸籍を失った。
さらに祖母は、当然のように言った。
「そこの樽も持っていきな」
指差した先には、八十型と呼ばれる大きな樽が四個。
持ち手のついた円柱形のそれは、どう見ても家庭用ではない。
梅干し工場の見学に来たのかと思った。
違う。
私がやりたかったのは、丁寧な、名前をつけたくなるような梅仕事である。
梅干し業者になりたいわけではない。
そう訴えたところで、祖母は、
「持ってきな」
としか言わない。
祖母のイエスマンである私に、拒否権はなかった。
気づけば軽自動車の荷台に、六十キロの梅と樽四個を積んで帰路についていた。
荷台がずしんと沈んだ、あの音は一生忘れないと思う。
信号待ちのたびにバックミラー越しに見える梅の段ボールが、なぜか誇らしげに見えたのは、気のせいだと思いたい。
そして初夏。
梅仕事は、想像を超える物量戦になった。
梅を洗うだけで両腕が悲鳴を上げる。
シンクの中で梅たちが波のように揺れている。
もはや静物ではない。
群れである。
焼酎をかけて、塩をまぶす。
それを四つの樽に詰めていく。
流れ作業というより、工場の朝礼に近い。
途中、父が不安そうに聞いてきた。
「これ、うちで漬けるやつだよな……?」
私も同じ気持ちだったので、目をそらして塩をまぶし続けた。
そして真夏の三日間の天日干し。
庭中にザルを並べ、時間ごとにひっくり返し、天気予報とにらめっこする。
にわか雨の予報が出た日は、家族総出で梅の避難作戦が発動した。
洗濯物より梅が優先される。
我が家はいつの間にか、そういう家になっていた。
近所を通る人には、
「壮観ですねえ」
と声をかけられるようになった。
回覧板を持ってきた向かいのおばさんには、
「今年は豊作なんですねえ」
と真顔で言われた。
豊作もなにも、これは全部、私が招いた事態である。
そう説明する気力は、もうなかった。
ひと夏が終わる頃。
我が家には、出荷を待つ梅干し業者のような顔つきの梅干しが、四つの樽いっぱいに完成していた。
味見をする。
これが、悔しいくらいにおいしい。
祖母の「ばーっと」「よく晴れた日」という曖昧な指示は、結果だけ見れば完璧に機能していた。
母には、
「これ、もう親戚全員に配れるね」
と言われた。
父には、
「来年はもっと減らそう」
と言われた。
祖母には、
「ほら、やればできるじゃない」
とだけ言われた。
誰も、私が目指していた「一粒に名前をつける丁寧な暮らし」については、何も言わなかった。
そして私は悟った。
我が家において、
「ちょっとやってみたい」
という言葉は、
「家族総出で大量生産する」
という意味になるらしい。
次に何かを始めるときは、まず祖母に相談する前に、数量を確認しようと思う。
……たぶん。
【本日の戦績】
梅、六十キロ搬入。
樽、四個。
軽自動車の荷台、限界到達一回。
父の不安げな一言、一回。
近所のおばさんへの説明、断念一回。
名前をつけられた梅、太郎・花子の二粒のみ。
その後、行方不明。
「丁寧な暮らし」への到達率、限りなく低め。
梅干し業者としての完成度、非常に高め。
祖母のイエスマン、続投決定。
