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社長室の掃除当番に3年間負け続けた女、最後に金庫を持ち上げる。

うちの会社は、そんなに大きくない。

大きくないから、清掃スタッフなんていない。

新入社員が交代で、社長室の掃除をする。

やることは大したことじゃない。

朝ちょっと早く出社して、社長が読む新聞をデスクに並べる。
ざっと掃除機をかける。

以上。

同期は5人いたから、月曜から金曜まで一日ずつ担当すれば、一人あたり週一のはずだった。

はずだったのだが。

後輩が入るたびに、同期は一人、また一人と掃除当番から抜けていった。

理由は毎回同じ。

じゃんけんだ。

私は、そのじゃんけんに、なぜか3年間負け続けた。

もはや実力である。

誰か研究してほしい。

いつもは、いない人

社長室掃除には、暗黙のルールがひとつある。

「社長が来たら、即解散」

社長がドアを開けた瞬間、掃除機のスイッチを切る。

「おはようございます」

とだけ言って、部屋を出る。

それが3年間で、身体に染みついた儀式だった。

だから、その日もいつも通りのはずだった。

朝、掃除機をかけていたら、社長が、

「おはよー」

と入ってきた。

よし、解散だ。

カバンを持って帰ろうとしたところで、社長がデスクの裏のクローゼットに向かって、ごそごそし始めた。

そのクローゼットには、大きい金庫と小さい金庫が、隙間なくみっちり並んでいる。

うちの会社の大事なものが、全部そこに詰まっている。

いつもなら、ここで私の出番は終わりだ。

だが、その日は違った。

「え? え?」という声

私が帰り支度をしていると、幹部たちがぞろぞろとミーティングにやってきた。

専務、上司、その他数名。

社長室が、一気に人口密度の高い空間に変わる。

そして、社長の、

「え? え?」

という声が響いた。

聞けば、大事な書類を、金庫と金庫の隙間に落としたという。

その隙間、見た目は指一本入るか入らないか。

ミリ単位の世界だ。

人間の腕が入る仕様には、そもそもなっていない。

幹部たちが、順番に挑戦する。

長い棒を突っ込んでみる人。

無理な体勢でクローゼットに頭を突っ込む人。

誰も成果を出せない。

書類は隙間の奥で、ひっそりと沈黙を守っている。

そこで、誰かが言った。

「手の細い子なら、いけるんじゃない?」

全員の視線が、掃除機を持ったままの私に集中した。

なぜ私なのか。

たぶん、こういうときだけ役に立つ体型ではなく、手だったのだと思う。

招集される、掃除係

再招集された私は、恐る恐る隙間に手を入れた。

……ギリ、届かない。

指の先が書類にかすった気はするが、つかめない。

焦れば焦るほど、書類が奥へ逃げていく気さえしてくる。

もちろん、気のせいである。

長い棒も試した。

これも不発。

しかも棒の先で書類を押し込んでしまい、一同から小さなため息が漏れた。

空気が、じわじわ重くなる。

そのとき、ふと目に入ったのが、隙間の手前に鎮座する小さいほうの金庫だった。

大きさは、両手でなんとか抱えられそうなサイズ。

重さは、見当もつかない。

でも、これをどければ、隙間はもっと広がるはずだ。

「これ、持ち上げちゃっていいですか?」

社長は困惑した顔で言った。

「いや、無理だよー、それ」

心底、無理だと思っている声だった。

掃除係の新入社員が、社長室の金庫を持ち上げられるわけがない。

そこで、私の上司が言った。

「いや、この子できると思う」

なんの根拠があっての発言かは、いまだにわからない。

ただ、その一言で、私の中に謎の使命感が生まれた。

持ち上がった

金庫に両手をかける。

膝を使って、ぐっと持ち上げる。

すっ。

上がった。

拍子抜けするくらい、すんなりと。

社長室の空気が、一瞬止まった。

それから、

「お、おお……」

という声が、あちこちから漏れた。

金庫をずらしたことで、隙間は無事に広がった。

書類は、あっさり回収された。

すごく大事な書類だったらしい。

私には、その重要性はよくわからない。

でも、幹部たちの安堵した表情を見る限り、本当に大事だったのだと思う。

社長室の掃除は、月曜から金曜、ただ静かに終わるはずの仕事だった。

それが気づけば、私は「金庫を持ち上げる女」として記憶されることになった。

ご褒美は、一万円

後日、社長からポケットマネーで一万円をいただいた。

「これでみんなで飲みに行きなさい」

とのことだった。

同期たちと居酒屋に繰り出し、生ビールで乾杯した。

「なんであんた、そんな力あるのよ」

同期にそう聞かれた。

こちらが聞きたい。

私だってわからない。

ただ、あの隙間を見た瞬間、なぜか、

「これはいける」

という妙な確信があっただけだ。

戦績。

掃除係。

じゃんけん3年連敗。

金庫、持ち上げる。

書類、無事回収。

報酬、一万円の生ビール。

割に合っているのか、いないのか。

いまだによくわからない。

ただ、ひとつだけわかったことがある。

じゃんけんに3年負け続けた女の勝率は、ゼロではなかった。

金庫一個分、勝っていた。

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