19歳女子大生、祖母の紹介で昼カラバイトに入ったら、男性パート要員として即戦力扱いされた話。
大学1年の夏、祖母が唐突に言った。
「あんた、夏休み暇でしょ。バイト紹介したげる」
聞けば、近所のスナックの昼営業、通称「昼カラ」の仕事だった。
11時から16時まで。
カラオケ5曲とソフトドリンク1杯で1000円。
ランチはカレーか、やきそばか、やきうどんで500円。
今はもうない店だが、当時はそんな昭和の香り漂う価格設定で営業していた。
オーナーは、祖母の日本舞踊仲間のおばあさん。
昼は自分がママとして立ち、夜は息子夫婦がスナックとして店を回すという、二毛作経営の店だった。
カウンター5席、ボックス席2つ。
満席でも15人入ればぎゅうぎゅうという、小さな箱である。
客は、ほぼ常連。
祖母の友人か、町内会のメンバーばかりだった。
「治安はいいし、若い子が夏だけ手伝うにはちょうどいいのよ」
祖母は自信満々にそう言った。
そのときの私は、自分がどんな戦場に送り込まれるのか、まったく想像していなかった。
仕事内容自体は、いたって単純だった。
キッチンでドリンクを用意する。
作り置きのカレーを運ぶ。
オーナーが焼いたやきそば、またはやきうどんを運ぶ。
ここまでは、ごく普通のバイトである。
問題は、もうひとつの業務内容だった。
カラオケ機の操作。
合いの手。
そして――
デュエットの男性パート。
昼カラの客層は、祖母を筆頭に、ほぼ女性だった。
デュエット曲がリクエストされるたび、店内をぐるりと見回しても、男性の姿はない。
息子さんは夜担当なので、まだ出勤していない。
そんなとき。
オーナーの視線が、キッチンの入り口に突っ立っている私に、まっすぐ飛んできた。
「あんた、歌えるでしょ。男性パート」
19歳。
女子大学生。
なのに私は、店内唯一の男性パート要員として、白羽の矢が立った。
そう。
私は歌えた。
なぜなら私は、幼少期から祖母の所有するレーザーカラオケで、歌謡曲と演歌の英才教育を受けて育った人間だからである。
「男と女のラブゲーム」の男性パートも。
「昭和かれすすき」も。
「ロンリー・チャップリン」も。
一度も照れることなく、朗々と歌い上げられる。
19歳女子大学生としては、あまり一般的ではない技能だと思う。
だが、その特技がまさか、こんな形で社会に求められる日が来るとは思わなかった。
夏の間、私は日々、見知らぬマダムたちとデュエットを繰り返した。
「私を捨てないでね」
と歌う祖母の隣で、
「捨てるわけないだろ」
と、精一杯低い声を作って歌う19歳女子。
カレーを運びながら、やきそばの湯気の向こうで熱唱する19歳女子。
もはやバイトなのか、劇団の巡業なのか、自分でもわからなくなってくる。
しかも、マダムたちは本気だった。
一曲歌い終わると、
「次、これ入れて!」
「ゴリちゃん、今度はこっち!」
と、次々にリクエストが飛んでくる。
こちらが一息つく間もない。
興が乗ると、祖母たちは席を立つ。
マイクを握ったまま、踊り始める。
小さな店内で、演歌に合わせて舞う祖母世代のマダムたち。
その横で、男性パートを歌う19歳の孫。
今思えば、なかなかシュールな絵面だったと思う。
昭和と演歌と日本舞踊と、19歳の大学生。
いろいろなものが、ひとつの小さな店に全部詰め込まれていた。
正直、楽しかった。
楽しかったのだが。
いつも決まって、家に帰ると倒れるように眠った。
たいした肉体労働はしていない。
カレーを運んで、やきそばを運んで、歌っただけだ。
それなのに、なぜかいつも、魂ごと持っていかれたような疲労感があった。
マダムたちの熱量には、19歳の気力ではとても太刀打ちできない、年季の入った圧があったのだと思う。
結局、その夏だけしっかり働いた。
翌年は、別のファミレスでバイトをした。
ファミレスは、驚くほど普通に疲れなかった。
オーダーを取って、料理を運んで、レジを打つ。
デュエットもなければ、舞も始まらない。
あまりに平和で、拍子抜けしたくらいだった。
あの夏の、あの店だけの濃度は、いったいなんだったのだろう。
今でも、ときどき思う。
そして、たぶん答えは出ない。
ただ、ひとつだけ確かなことがある。
祖母に仕込まれた歌謡曲と演歌の英才教育は、19歳の夏、まさかの形で実戦投入された。
そして私は、見事に即戦力だった。
【その日の戦績】
デュエット出演回数――数えるのをやめた。
覚えた男性パート――「男と女のラブゲーム」「昭和かれすすき」「ロンリー・チャップリン」、ほか多数。
祖母の英才教育――まさかの実戦投入、無事に開花。
マダムたちの熱量――19歳女子、完敗。
翌年のファミレス――デュエットも舞もなく、平和すぎて拍子抜け。
そして祖母は今も、私が男性パートを歌えることを、当たり前の特技だと思っている。
そろそろ訂正しておいたほうがいいのかもしれない。
それは、英才教育の賜物であって、
標準装備ではない。
