食物均等配分の神、すいか13個に立ちすくむ①
父の一言から、この悲劇は始まった。
「会社の人から、2つもらった」
涼しい顔ですいかを2つ抱えて帰ってきた、あの日の夕方。
今思えば、すべての元凶は、あの余裕の表情だったと思う。
我が家は、ごく普通の住宅街にある。
ただし、車で30分も走れば、すいかの名産地と呼ばれるエリアに突入する。
だから夏になると、すいかが1個や2個、風のようにふらっと流れ着くことがある。
2個くらいなら、想定内だ。
その日の夕方、母もジムから帰ってきた。
「友達からもらっちゃった」
すいか2個。
これで4個。
まだ、想定内である。
恐怖の兆しは、まだ影も形もない。
翌日、妹が旦那さんの実家から、すいかを2個持ってきた。
これで6個。
このあたりから、少し雲行きが怪しくなってきた。
すいか6個というのは、正直かなりの物量だ。
冷蔵庫には入りきらない。
仕方がないので、床に転がしておく。
すると母が言った。
「すいかは転がしておけば長持ちする」
そうなのだろうか。
それを裏付けるエビデンスは、我が家には一切ない。
母の勘だけが頼りの、根拠なきすいか延命措置である。
しかし、当時の私たちは、それで納得していた。
なぜなら、まだ6個だったからだ。
そうこうしているうちに、電話が鳴った。
祖母だった。
町内会のカラオケクラブに参加している祖母から、こんな電話がかかってきた。
「お姉ちゃん、いいものあげるから、会館まで取りにおいで」
いいもの。
その響きに、私は一抹の不安を覚えた。
祖母の言う「いいもの」には、これまでにも前科がある。
漬物の大瓶だったり。
正体不明の乾物だったり。
しかし、無視するわけにもいかない。
私は愛車を出すことにした。
愛車、というのは父のおさがりのシルバーの軽自動車である。
装飾という装飾を一切排除した、そこはかとなく社用車みを感じさせるフォルム。
実用性には全振りしている。
文句は言えない。
言えないが、もう少しかわいい車でもよかった。
会館に到着すると、祖母が待ち構えていた。
そして開口一番、
「あんたんちの犬、すいか好きでしょ」
と言った。
嫌な予感しかしなかった。
我が家の犬、トイプードル(天使)は、確かにすいかが好きだ。
ただし、母が小さくカットしたすいかの、ほんの先っちょを、ちょっぴり食べるのが好きなだけである。
7個ではない。
絶対に7個ではない。
ところが祖母は、
「これ、持って帰り」
と、すいか7個の搬入を命じてきた。
どうしたことだろう。
このインフレは。
会館を見渡すと、レーザーカラオケの機材の隣に、すいかがまだ10個くらい鎮座していた。
すいかの名産地の近くだけあって、参加者それぞれがすいかを持ち寄った結果、会場全体がすいかインフレを起こしていたらしい。
祖母はすでに7個を確保していた。
そして、
「もって帰れ」
の一点張りだった。
ここで下手に断ると、さらに増える。
長年の経験が、それだけは教えてくれていた。
私はおとなしく、愛車のトランクと後部座席に、すいかを積み込んだ。
そして帰宅した。
玄関には、すでに6個のすいかが待っていた。
そこに、新たな7個が加わった。
6個。
プラス。
7個。
我が家のすいかは、
合計13個になった。
家族全員、リビングに転がる13個のすいかを前に、しばらく言葉を失った。
誰も悪くない。
みんな、善意で持ってきた。
犬だって、すいかは好きだ。
ただ。
13個はいらない。
我が家に、13個のすいかを受け止める器はなかった。
このままでは、すいかに囲まれて夏が終わる。
私は、リビングに転がる13個を眺めながら考えた。
どうすればいい。
どうすれば、この13個を、誰一人すいかで苦しむことなく、平和に消費できるのか。
その夜、私はまだ知らなかった。
翌朝、自分が「食物均等配分の神」として、すいかの配給活動を始めることになるとは。
