手芸の神に忌み嫌われた子、反旗を翻す。
私には、かわいいものに目がないという一面がある。
ハンドメイド作家さんのインスタやブログを眺めては、「かわいい」「かわいい」と言いながら、ただただ作品を眺めている時間が好きだ。
編み物、刺繍、レジン、なんでもいい。
誰かの丁寧な手仕事を眺めているだけで、こちらまで満たされた気分になる。
問題は、私自身が、手芸の神に心底忌み嫌われているという点だった。
小学生の頃からのかぎ針編みの戦績を振り返れば、作れるのは、うさぎとくまとアルパカの三種のみ。
それ以外を作ろうとするたび、糸は絡まり、形は歪み、最終的には正体不明の毛玉として供養されてきた。
私と手芸の神の間には、長きにわたる因縁があるのだ。
そんなある日。
いつものように作家さんのブログを巡回していたら、ひとつのバッグに目を奪われた。
グラニーバッグ。
丸っこくて、上のほうにきゅっとギャザーが入った、なんともかわいいフォルムのかぎ針編みバッグである。
一目惚れだった。
これは作るしかない。
もちろん頭の片隅では、長年の戦績が警告を発していた。
おまえは手芸の神に嫌われている。やめておけ。
と。
だが私は、逆境に強い女でもある。
むしろ、これまで負け続けてきたからこそ、自分の敗因というものを、きちんと分析していた。
原因は、ふたつ。
ひとつ。
抗いがたい、せっかち。
ひとつ。
糸をぎゅうぎゅう、力業で編み込んでしまう癖。
説明書を最後まで読まず、細かい目数などものともせず、パワーだけで完成形にねじ伏せようとしていたのだ。
手芸に、パワーは要らない。
だから今回は決めていた。
説明書通りに。
丁寧に。
作家さんの作品に寄せて、色味まで揃えて。
細編み、くさり編み、長編み。
ひとつひとつの目を、いつになく神妙な気持ちで数えながら編み進めた。
せっかちな私にしては、我ながら大人しい二時間だった。
そして、約二時間後。
完成した。
なんてことでしょう。
かわいい。
本当にかわいい、グラニーバッグができあがっていた。
もちろん、作家さんの丁寧な説明書のおかげであることは、百も承知である。
それでも私は、両手でそれを高々と掲げた。
ほらみろ、手芸の神。
やればできるじゃないか。
因縁の相手についに一矢報いた気分だった。
しばらくその場でひとり、達成感に浸っていた。
ただ。
小さい。
冷静になって手元を見ると、そのバッグは、初心者でも作りやすいようにと、あらかじめ小ぶりに設計されたものだった。
中に入るのは、スマホと小さな財布くらい。
かわいい。
ただし、スマホと小さな財布を入れたら、もう満員である。
それ以上は何も受け付けない、強気な満員御礼だった。
けれど、そんな些細なことは、勝利の余韻の前ではどうでもよかった。
私の中で、むくむくと新しい欲が膨らんでいく。
もっと大きい、グラニーバッグを作りたい。
同じ要領で、ひとまわり大きく編めば、もっとたくさん物が入る。
もっと実用的で、もっとかわいいバッグになるはずだ。
勝った女は、調子に乗るのも早い。
私はもう、次のバッグのことを考えていた。
次回、手芸の神に忌み嫌われた子、そして敗北する。
