見出し画像

手芸の神に忌み嫌われた子、姪に救われる。

姪の通う小学校では、年に一度バザーがある。

有志の子どもたちが、自分で作ったものを持ち寄って売る、ちょっとしたチャリティイベントだ。

値段は10円から200円くらい。
儲けなんて誰も考えていない。

「募金の足しになれば」くらいの、優しい経済圏である。

去年までの姪の出品物は、フェルトのマスコットだった。

丸めて、縫って、ボタンの目をつけるだけ。
失敗のしようがない、平和な工作だ。

ところが今年、姪は五年生になった。

「今年は、ハンカチに花の刺繍をしたものを出したい」

成長である。

そして、大事件でもあった。

忌み嫌われし一族の隅っこ、参戦する

うちの母は洋裁の学校を出ている。

母の妹、つまり私の叔母は和裁の学校を出ている。

はたから見れば、うちは「手芸の神に愛されし一族」だ。

ただし、私はその神の氏子名簿から、最初から除外されている。

私と、妹。
姪の母である妹も、同じく手芸の神に見放されている。

「刺繍とか、無理でしょ。私たち」

妹があっさり戦線離脱を宣言した。

正しい判断だと思う。

グラニーバッグ二部作を経験している私は知っている。

丁寧にやろうが、力を入れようが、手芸の神は容赦なく牙を剥いてくる。

それでも私は、名乗りを上げた。

理由は単純である。

かわいいものが好きだからだ。

実力はない。

ただ、やる気だけは一族一多い。

「じゃあ、私がやる」

姪は「え、いいの?」という顔をした。

母も「あんたが?」という顔をした。

誰も止めなかった。

誰も、本気で期待していなかったのだと思う。

そんな中、私だけが謎の自信でスタートラインに立った。

桜、いびつになる

日曜の午後、リビングのテーブルに刺繍セットを広げた。

図案は、桜とひまわり。

母に教わりながら、姪と並んで針を持つ。

母が姪に教える。

「こう刺して、こう抜くだけよ」

ワンフレーズだった。

それだけで、姪の手元にみるみる桜の花びらが咲いていく。

さすが、洋裁の学校仕込み。

寸分の狂いもない、正しい桜。

糸の張り具合まで、お手本の写真そのものだった。

同じ説明を、同じタイミングで聞いていたはずの私の手元では、事件が起きていた。

花びらのはずが、なぜか歪な五角形になる。

しかも一枚ごとに歪み方が違うので、統一感すらない。

一枚だけなら、まだいい。

五枚並べると、桜というより、事故現場だった。

「大丈夫、大丈夫。味があっていいよ」

姪の優しい嘘に、心がすり減った。

「味がある」は、褒め言葉が見つからないときに使う言葉だと、大人になった今なら分かる。

これでは、手伝いに来たはずが、ただの荷物である。

母は洋裁の達人。

妹は最初から戦線離脱。

姪は順調に花を咲かせている。

一族の中で、私だけが手芸の神から完全に見放されていた。

小さくため息をついたのが、隣の姪に聞こえていたらしい。

弟子入り、逆転する

見かねたのか、姪が針を置いた。

そして、私の隣に体ごと移動してきた。

「叔母ちゃん、ここ持って。糸はこう。んで、こっち引く」

五年生の指導は、驚くほど的確だった。

無駄な説明が一切ない。

私が失敗すると、

「あ、それ、そっちに引っ張っちゃったパターンだ」

と、原因まで言い当てる。

もはや師匠だった。

「なんでそんなに分かるの?」

聞いてみると、

「学校で先生がそう言ってたから」

とのこと。

弟子は私。

師匠は小学五年生。

一族の力関係が、リビングのテーブルの上で静かに更新された瞬間である。

言われた通りに針を運ぶこと数十分。

不格好だった花びらが、少しずつそれらしい形を取り戻していく。

桜が、なんとか桜に見えてきた。

「ほら、できるじゃん」

師匠からの評価は、大人げないくらい嬉しかった。

調子に乗った私は、ひまわりにも挑戦した。

こちらも姪の監修のもと、どうにか完成にこぎつけた。

母のものと並べると、実力差は一目瞭然だった。

でも、遠目に見れば、ちゃんと「花」ではある。

十分な戦果である。

戦績、忌み嫌われし者、なんとか生還

バザー当日。

姪のハンカチは、無事に完売した。

桜も、ひまわりも、それぞれ誰かの手に渡っていった。

あとで姪が教えてくれた。

「叔母ちゃんの、いびつな方から売れてたよ」

姪は笑っていた。

味わい、というやつが需要を生むこともあるらしい。

戦績。

桜、いびつ発生。

弟子入り先、小学五年生。

最終的な出来映え、及第点。

一族内の手芸ヒエラルキー、最下位確定。

でも、まあ、それでいい。

姪は今年も、手芸の神に愛されている。

私は今年も、忌み嫌われている。

でも、師匠がいるなら、来年もやってみようと思う。

そのときはもう少し、まっすぐな花びらが刺せますように。

……いや。

来年も、姪に教えてもらおう。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集